72 『強欲』参上!
もう一度言おう。
魔界の他種族連合と竜族との戦いは、連合の大敗北に終わった。
なにせ竜族側は七輝竜の内、『色欲』と『嫉妬』の二人しか戦場に出ていなかったという。にも関わらず、軍勢の七割が死傷を越えたというのだからたまらない。
しかし、どのような手を使ってそこまでの被害を築き上げたのか?
降伏した竜人達に、その経緯を尋ねた。
「『色欲』のリュシエル様はあらゆる敵を魅了し、『嫉妬』のアルジェ様は敵のコンプレックスを刺激して同士討ちさせるんです」
あー、なるほど。そんな事をされれば、あっという間に軍勢が大混乱に陥るのも道理である。
竜族の能力にしてはセコく感じるが、集団相手には有効だろう。
知略担当とはいえ、それでも上位の竜族であるリュシエルとアルジェを単身で倒すのは難しい。
かといって多人数で向かえば同士討ちの危険がある。
うむむ……なんとも面倒な相手だなぁ。
しかし、特に『色欲』の相手を魅了する能力には、注意が必要である。
どうやら女の竜族らしいが……またエルが引っかけたり(もしくは引っかからぬよう)気を付けねばならんな。
なんせ気がつけば、彼の回りには女が増えていくのだからな。困ったものだ。
妾と同じ事を考えたのか、リーシャやハミィも無言でジッとエルの方を見ている。……が、何を勘違いしたのか、エルの隣にいた骨夫が「私は大丈夫、魅了なんてされませんよ」とか妙に格好つけて言ってきた。まぁ、とりあえずスルーはしておくが。
さて、竜族大勝利! 希望の未来にレディ・ゴー! な雰囲気だが、やはりそう上手くはいかなかったらしい。
「この度の敗北を受けて、いよいよ他種族の魔王達が重い腰を上げました。それゆえ、竜族も戦力増強のために任務から帰って来ないウジン様を捜索しにここへ来たのです」
ふむ、それでこの城内をうろついていたのだな。納得した。
確かに強大な七輝竜という戦力が、いざという時に欠けては痛かろう。
しかしなぁ……まさかウジンが倒されたあげく美味しくいただかれていたなんていうのは、彼らにとって想定外もいいところだろうなぁ。
おう、そういえば、連合を率いていたはずの竜王の次男トゥーマはどうしているのか?
「トゥーマ様は敗走の途中で行方知れずに……故に長男のヅィーア様が新たに『焔の竜王』の名を継承しています」
ほぅ……結局のところ、竜族の跡目争いは長男の勝利か。
とはいえ、妾はもともと次男サイドとも組んではいなかったので、特にダメージがある訳ではない。
むしろ魔界はおろか人間界の支配も目論む長男ヅィーアが『焔の竜王』を継いだ事で、明確な敵として分かりやすくなった。
「できれば他の魔王とも連携を取れたら良いのですが……」
リーシャは竜族のみに敵を絞り、余計な衝突を避けたいと提案するが、それは難しい。
というか、他の魔王に他種族と連携を取ろうなどという考えがあるとは思えぬ。精々、自分が動くのは面倒だし、兵を貸してやる位ならやってもいいといった所だろう。
魔王なんて、我の強いわがままな連中ばかりであるからな。妾の父上以外は。
とにかく、どう動こうかと相談しようとした時、「くぅ~」と腹の鳴る音がした。
だ、誰だ。こんな忙しい時に!……すいません、妾です。
変態の相手をさせられ、そのあとバタバタと魔界に戻り竜人達との会敵。そして相手をしていたので、いつの間にか空腹を抱えていたようだ。
緊張感が途切れ、皆に呆れられるかとドキドキしたが、少し休憩しますかと笑顔で言われてホッとする。
ついでにエルが何か作りますと言って、マジックアイテムのどこでもキッチンを起動させた。
エル特製の調味ダレに漬け込んだ竜の肉を、じっくりと炙ってシャキシャキの野菜と一緒にパンに挟む。
シンプルなだけに、香ばしく焼けた素材の味がしっかりと感じられてとても良い。
丁寧にスジ切りされた竜肉は、簡単に噛みきれるほど柔らかく、隠し包丁による切り込みから染み込んだタレと、肉本来の肉汁が絡み合って極上のスープが口の中で踊るようだ。
濃厚ながらしつこくはないその味わいに、はしたないことだがガツガツと食いつき、ペロリとたいらげてしまった。
簡単な軽食ですがとエルは言うが、とても満足のいく一品であり、それを告げると彼ははにかんだ笑みを浮かべた。
はぁ……かわいい。
リーシャ達にはもちろんだが、先程寝返ったばかりの竜人達にもエルは料理を振る舞う。
七輝竜の竜肉と聞いて最初は恐る恐るだった竜人達だが、一口食べた後は一気に食らいついていた。
ふふふ……どうだ、エルの料理の味は!
竜人達が夢中になるのが何となく嬉しくて、妾は胸中で誇っていた。
「はぁー、確かに美味いな。まさかシンザンの野郎がこんなに美味く化けるとは……驚きだ」
その声は妾達でも、竜人達からでもない場所から聞こえた。
妾達から離れた部屋の入り口付近で、もぐもぐと咀嚼しながら感心したように一口かじった竜肉を眺める一人の男。
一見すれば中々のナイスミドルといえる男性だが……唐突すぎるこの男の登場に、妾の本能が警鐘を鳴らす!
それは、この男が七輝竜並みに危険だと告げている証拠でもあった。
「まさかウジンを探しに来て、シンザンの肉を食えるとはな……面白いもんだ」
大きく口を開け、残りをそこへ放り込むと、男は改めて妾達に正面から対峙する。
すると竜人達がざわつき始めた……困惑と恐怖から。
「あ、あなたは……ジルチェ様……」
誰とはなく呟いたその名前……そう、それは『強欲』を冠する七輝竜の一人の名!
「な、なぜあなたがここに……!?」
竜人達の困惑の元はそこか。どうやらこやつは、ウジン探索の任務でここにいるわけではないらしいな。
ベロリと舌なめずりして、ジルチェと呼ばれた男は、口の端を持ち上げて笑みの形を取る。
「ああ、安心しろよ、俺は勝手にここに来ただけで、お前ら竜人の動向なんかどうでもいいんだ」
本当に竜人達に興味はないようで、一瞥もせずに言い放つ。
それよりもお前らだと、奴は妾達にギラギラとした視線を向けてくる。
「ククク……しかし今日はついてるぜ。ウジンなんかよりももっと強い奴等に会えるとはな」
同族である竜肉を平然と食らい、不敵な笑いを顔に張り付けているジルチェ。
ぬぅ……なんだ、こやつの余裕な態度は?
確か『強欲』は、『色欲』や『嫉妬』と同じく知略担当の奴だったはず。にも関わらず、焦り一つ見せないというのは……まさか、こやつはウジンよりも強い?
そんな妾の警戒をよそに、ジルチェはまるで品定めでもするみたいに、妾達に舐めるような視線を向けてくる。
そうして、その視線が一点で止まった。
その先にいたのは……。
「お前がこいつらの中心……だな」
そう言って、エルを見据える。
ちなみにエルとジルチェの間にたまたま立っていた骨夫が、「え? 私?」などと恐縮そうに照れたがもちろんスルーされていた。
「その歳で化け物どもと渡り合う胆力と強さ。これからの成長と延び代を考えれば、お前が一番の実力者と言える」
ふふん、中々の目利きっぷりだな。誉めてつかわそう。
エルを誉められて、我が事のように嬉しくなった妾は、ほんの少しだけジルチェに対して好印象を持った。
「だからこそお前が欲しいぞ、小僧!」
前言撤回。
いきなり何を言っているのか、コラァ!
こちらとしては、変態の相手は阿呆王子だけでこりごりなのだ。これ以上、頭を抱えたくなる案件を増やさんで欲しい!
妾と同じように、警戒感を露にしたハミィ。当のエルもすでに魔剣を抜いて臨戦体勢だ。
そしてリーシャも……って、なんでほんのり顔を赤らめているのか!?
「ち、ちがうんですよ! ただ、ほんの少しだけ『おじさまと美少年』というシチュエーションに萌えてしまって……」
人間界の一部には、そういう趣味が根強いジャンルとしてあるらしい。
う、ううん……まぁ、実害が無ければ人の趣味をどうこう言うつもりは無いが……。
「もちろん、エルを渡すつもりなんてありませんわ! それはそれ、これはこれです!」
趣味と現実を、しっかり分けられているなら結構。
「ククク……絶対に手に入れてやるぞ、小僧」
戦闘準備万全の妾達を前に、怯むことなくねっとりとした執着を隠そうともしないジルチェ。
まさに『強欲』の称号に相応しい欲しがりっぷりだ。
だが……エルは絶対にやらんからな!




