70 落ち着けぬ人々
王城から脱出を果たした妾達は、一旦ジャルマンの街にある領主の館に戻ると、驚くリーシャ達に手早く事の顛末を語った。
王子とはいえ、私のエルとアルト様にそんな無作法な事をするなんてと憤慨していたが、事は急を告げると素早く理解して魔界に向かうため簡単に身支度を整える。
「アルト様、それで魔界に連れていくメンバーは如何いたしますか?」
むぅ……その質問も尤もだ。
「そうであるな……魔界に直接むかうのは、妾とエルと骨夫にリーシャ……」
後は、魔界猫王のマタイチくらいか。
カートにはアマゾネス・エルフ達との繋ぎになってもらい、ハンターキャッツの二匹はラライル組と行動を共にしてもらい、連絡係を兼ねてもらおう。
おっと、ラライル組で思い出した。
「シンザンの元部下で慶一郎のチームに寝返った者達がいたであろう? あやつらの一人を連れていきたい」
魔界で竜族とひと悶着起こすのだから、やつらの領地の情報が欲しい。
七輝竜の直属だったあやつらならば、かなり内部事情にも詳しいだろう思われるからな。
「そんなこともあろうかと、聞き取り調査だけはしておきましたわ」
自慢気にリーシャは、荷物の中にある厚い紙の束をチラリと見せてくる。
マジであるか! さすができる子は違う。
妾に誉められて嬉しそうに笑顔を見せるリーシャ。犬のように尻尾があったらすごい勢いで振られていそうだ。
ついでにエルにも、お姉ちゃんを誉めて誉めてー! と頬擦りする辺り抜け目もない。
しかし、調査書があって情報が集まっているなら竜人を連れていくこともないか……?
いや……。
「まぁ、この通り調査だけはしておりましたけれど、現地での案内人という意味では誰か同行させた方が良いかもしれません」
妾の意を汲んで、リーシャが提案してくる。
うむ、その通りだ。
「あのお二方なら、この屋敷におりますので、早速お呼びしましょう」
リーシャは早速メイドに声をかけ、竜人達にここに来るよう伝える。
流れるような手際の良さに、妾は再び彼女を誉めてやった。本当に我が陣営に引き入れて正解だったわ。
間もなくして、竜人の女戦士ドゥーラと、慶一郎のチーム「竜人解放同盟」のスパイとして、竜族側に潜り込んでいたエージェントであるレグルの二人が姿を現した。
急な呼び出しではあったものの、そこは一流の戦士達。きっちりと上役の前に出るに相応しいだけの身支度を整えていた。
「お呼びにより参上いたしました!」
ビシッと姿勢を正しながら、二人の竜人が挨拶をしてくる。
そんな頼もしい二人に、妾達がこれから魔界に向かい、場合によっては竜族の領地に殴り込むかもしれないと伝えた。
次の瞬間、ドゥーラとレグルは腰が抜けたように崩れ落ちる!
「む、無理ですわぁ……竜族領地に乗り込むなんて、正気やおまへん……」
「無謀と勇気はちゃいまっせ、アルトはん……」
どこの言葉であるか、それは。
急に訛りが出るほど素になって怯える二人は、その恐ろしさを説きはじめた。
「七輝竜の内、イーシス、シンザン、ウジンは武力を司っています。対して、残る『嫉妬のアルジュ』、『強欲のジルチェ』、『色欲のリュシエル』、は知略に長けてるんです。そしてリーダーたる『傲慢のスーチル』こそ、七輝竜いう群れの知と暴の権化なんです!」
ふーん、すごいね。
いまいち驚いた様子のない妾達に、竜人達は懐疑的な目を向けてくる。
いや、マジで感心はしているのだよ?
しかし、アレであろう? 現在は武力パートを担う人材がかけているのだろう? ならば残りの七輝竜を相手にしても、結構いけるのではないかな。
そんな感想を漏らす妾に、ドゥーラ達はさらに迫ってきた。
「甘いです、アルト様! 知略パートの奴等は多対多の攻防に長けた者達。少数で挑んでは勝てません!」
わ、わかったから落ち着いて欲しい。
まぁ、確かにこちらは一騎当千の強者揃いとは言え、数の暴力には対抗できぬ事もあるだろう。
確かに竜族側に戦力がある内は、手出しせん方が無難か……。
「まぁ、こちらから仕掛けるというのはあくまで最悪の時の話よ」
だいたい、今は竜族と魔界連合が小競り合いをしている事だろうし、どちらかが圧倒的に優位にでもならぬ限りは妾達の出番もあるまい。
介入したくてもできはしない。その言葉に、竜族達はホッと胸を撫で下ろす。
そもそも、妾達が人間界に身を隠したのはウジンを倒したから、その報復攻撃を警戒しての事だしな。
いたずらに注目されても困るだけだ。
「あ……そういえば、シンザン達がこの人間界に来る前は、ウジンの事を何か聞いていたりしたのか?」
そう尋ねると、ドゥーラ達は小首を傾げて何も聞いていないと答えた。
「そもそも、七輝竜の面々はお互いに興味を持っていませんので……」
そうか……ならば、いまだにウジンが帰ってこない事にたいした注意を払っていない可能性もあるな。
次いでマタイチに、ここに連れてこられるまでに妾達の居城に何者かが訪れたかを確認する。
「竜族はおろか、誰一人として来ませんでしたにゃ」
それはそれで少し寂しいが、とにかく妾達が竜族に目をつけられていないという事でもあるだろう。
「よし、人間界の介入も抑えられたであろうし、今の内に魔界に戻ってこれからに備えよう」
連合軍が勝つにしろ、竜族が勝つにしろ問題となるのはその後なのだ。
他の魔王への牽制や同行を調べ、竜族の今後の動きにも目を光らせねばなるまい。
「ところで、ドゥーラとレグルのどちらが妾達に同行するのだ?」
いざという時の案内人なら、どちらか一人でよいと思う。
「それはレグルでしょう」
「それならドゥーラですね」
ほぼ同じタイミングで、二人は相手の名前を口にする。
互いに面倒事を押し付けられたと感じたのか、バチバチと火花を散らしてにらみ合いを始めた。ええ……そんなに行きたくないのぉ。
なんだか、こちらがひどく嫌われてるみたいで少し悲しくなってくる。
そんな間にも何かと言い争っていた二人だったが、いつしかじゃんけんで勝負をしていた。
もう、どっちでもいいから早くしようや。
「ああっ!」
「しゃあーっ!」
勝利のチョキを頭上に掲げるレグルと、敗北に踞るドゥーラ。
よーし、決まったね? もうこれ以上はないよ?
そんな訳で、先程割り振りしたようにチーム単位でそれぞれ行動を開始する。
「それじゃあ、魔界に向かう皆さんはこっちに集合ー!」
引率の先生みたいに手を上げて呼び掛ける骨夫の元に、妾達は集まった。
「よーし、じゃあしゅっぱーつ!」
たんに転移口を潜るだけだが、こういうのは雰囲気が大事と、骨夫は妥協を許さない。
そういう物なんだろうか……どうでもいいけど。
転移口を潜り抜けると、魔界の空気を感じられて懐かしいなんて思いが沸いてくる。
たった一週間とちょっとくらいしか離れていないのに、不思議な物だ。
アレか、やっぱり我が家が一番というやつか。
そんな風に感慨に耽っていた妾達は、目の前にいる奴等の姿に一瞬、動きが止まる。
そこには、十数人の武装した竜人達がこちらを見て固まっていた。
ええーっ! 誰も来ておらぬと言っていたではないかっ!
なんで、このタイミングで竜人達が!?
「お、お前ら……」
どこから現れた!そう言葉が続く前に、弾かれたようにエルとハミィが飛び出す!
一瞬の瞬きをする間に竜人を数人、次々と殴り倒していった。
「なっ! くそっ!」
妾達が敵だと判断して、奇襲から逃れた者達が反撃に移ろうとする。だが、遅い!
「見えざる巨人の包容 大山より連なる重圧は 汝らの動きを封ず!」
詠唱という新たな技法で練られた妾の魔力は、今までを遥かに超える力で竜人達の身動きを封じた!
「がっ……ごっ……」
しかし金縛りの威力が強すぎたのか、何人かの竜人は口の端から泡を吹いている。
死なせる気は無いので少し拘束を弱めてやると、恐怖に怯えた目で妾達を見つめてきた。
よしよし、これから尋問するのだから、少しくらいびびってもらっておいた方がいい。
「お、お前ら何者なん……」
「おおーっと、質問をするのは妾達の方だ! おぬしらは、聞かれた事にだけ答えよ。さもなくば……」
奴等の言葉を遮り、こちらの言い分を伝えた妾は、骨夫の方をクイッと顎で指す。
「ひゃはは、この上腕骨がうめえんだよぉ!」
竜人達の視線の先には、何かの骨をガリガリとかじりながら虚ろに笑うアンデッドの姿があった。
無論、ただ脅すだけの演出だが、見事に竜人達は引っ掛かったようである。青い顔をして、まさか自分達も食われるのか……と、不安そうに妾と骨夫を交互に見ていた。
「これからいくつか貴様らに質問をする、素直に答えれば解放してやろう」
本来なら、こんな妾の言葉に説得力などあるまい。
しかし、妾達サイドに竜人のドゥーラがいたことで、何人かが安堵したように力なく笑っていた。
「さて、では最初の質問だ……貴様らは、ここで何をしていた?」
至極まっとうな質問。それに一人の竜人が答える。
「わ、我々は七輝竜のお一人、ウジン様の行方を調べに来たのだ」
脅しがまだ効いているようで、彼は素直に口を割る。
うーん、そうかぁ……まだ大丈夫かなと思っていたけど、もうウジンの捜索が始まったかー。
なんとか、妾達に注意が向かぬようにせねば。さて、どうしたものか……。




