68 行動的な阿呆は恐ろしい
何を言い出すのかと思えば、この阿呆め。
なんで妾が貴様なんぞと……そう思ったのは妾だけではない。
「王子、冗談は時と場所を選んで……」
「いやいや、待てトーナン候。話は最後まで聞くものだぞ」
諌めようとしたトーナン殿を、ボルキアは制する。
むぅ……何やら、自信のある答えを持っている様子。百パーセントこやつとの結婚は無いが、何を言うのかと若干興味が湧いてきた。
エルは面白く無さそうだが、多様な意見に耳を傾けるのも必要だ、聞くだけ聞いてみようと耳元で囁いてやると、渋々納得したみたいだ。
さぁて、阿呆王子。
聞かせてもらおうか、結婚に伴うメリットというやつをな!
「まず、こんな美女は滅多にいないし、是非ともわが手元に置きたい!」
またギリギリの発言であるな、おい。フォルセ殿判定を!
「セクハラです」
アウト判定が出たぞ、こらぁ!
ある意味、王族らしい発言ではあったが、そんなのに靡く者ばかりだと思うなよ!
「つ、次に魔界の貴族であるアルトニエル殿を妃に迎えれば、彼女の持つ魔界の領地を平和的に手に入れられる」
想像していた反応と違ったのか、おかしいな……と首を傾げつつ、ボルキアは次のメリットを説明する。
これにはノキタス達も頷くが、そんなものは貴様らだけのメリットではないか!
……いや、これから妾達のメリットを説明するのかもしれんし、焦らず最後まで話を聞いてみよう。
「………………」
ん?
しばし待ったが、王子はドヤ顔のままふんぞり反ったままだ。
続きを話そうとしないあたり……もしかして終わり!?
「話はそれだけかな?」
一応、聞いてみる。すると、当然っすよといった感じで奴は頷いた。
やっぱり阿呆だなぁ、こやつ。
仮にも政略結婚の体を取るなら、妾が乗ってきそうなメリットを示さなくてはいけないというのに。
ひょっして、ボルキアと結婚できるのが妾のメリットなんて言うつもりなんだろうか?
「まぁ、魔界のいち貴族が人間界の王子と結婚するってだけですごいメリットだよな!」
言いやがった……。
少しは、本音を隠せと忠告したくなる。よく陰謀渦巻く特権階級の中で生きてこれたな。
「まぁ、アレ過ぎて誰も利用しようと思いませんから」
妾の内心を推し量ったのか、フォルセ殿がポツリと呟いた。
それはそれで悲しい答えだ……。
「で、どうだアルトニエル殿……いや、夫婦になるなら呼び捨ての方がいいかな?」
勝手に話を進めるでない! ていうか、なんでこの流れで妾がオーケーすると思った!?
呆れて棒立ちになる妾の前に、遊び人の風体をしたボルキアはペタペタとサンダルの音を鳴らしながら近付いてくる。
「俺の寵愛を受けられる幸運に感謝しろよ」
ウィンクしながら決める阿呆王子の姿に、悪寒が背筋を登ってくる!
これは殴っても許されるよな!
妾の頬に触れようと伸ばしたボルキアの手を、ガッと掴む!……妾ではなく、エルが!
「……アルトさんは貴方と結婚なんてしませんよ」
子供っぽい独占欲が見え隠れする台詞。それ自体を、エルは恥じている様子だった。
しかし……いい! すごくいい!
妾に言わせれば、こんな風にストレートな感情を露にする彼に、胸が高鳴ってしまう。
めっちゃ強くて大人びた所も見せるくせに、妾絡みだと年相応のワガママを見せるなんて可愛い過ぎるではないかっ!
うへへ……おっと、いかん。涎が。
こっそり口元を拭う妾に気付かず、エルとボルキアは静かに火花を散らす。
「ふむ……アルトニエルの従者か、少年? 主人を『さん』付けで呼ぶのも、主人の幸せを邪魔するのも感心せんな」
ふん、エルは妾の幸せに十分貢献しておるわ。
「僕はアルトさんの従者じゃありません。僕は彼女の……」
うんうん、妾の? 妾の?
密かにワクワクしている妾に対して、エルは少し言い淀む。
「……彼女の旅の仲間です」
ようやく絞り出したその答えは、なんとも平凡な物であった。
んもー! もっと素敵な関係であると告げても良かったのに!
エルの答えを聞いたボルキアは鼻で笑い、益々エルを見下すようにやれやれと首を振った。
「そうか、旅の仲間か。アレだな、冒険者とかいう食い詰め者の類いだろう?」
その物言いには、多くの冒険者を領地に抱えて支援しているトーナン殿、そして似たような環境なのかフォルセ殿が顔をしかめる。というか、完全に睨み付けていた。
「安心しろ、彼女は今日から君とは別の世界の人間に戻る。王族、貴族といった上流階級の人間にな」
一応、その上流階級の人間である領主達が「お前と一緒にされるのは嫌だなぁ」といった顔をする。妾も嫌だよ。
しかし、エルにとってはその「身分の差」といった物に感じる物があったのか、僅かに俯いてしまった。
うわぁ、ハミィがこの場に居なくて良かった……。
エルをここまで見下しているのだ、下手をすればこの阿呆の首が飛んでいたやもしれぬ。
「なぁ、アルトニエル。君からも言ってやってくれ。少しばかり役に立ったからって、庶民に懐かれすぎるのは困ると!」
ビクッと身を震わせるエル。
だが、妾はそんなエルの頭を優しく撫で、ボルキアに向かってニッコリ微笑んで見せた。
「黙れ、この阿呆がっ! お主なんぞが妾の伴侶に相応しいとでも思ったのか? 女を口説くなら、せめてエルの千分の一でも頼れる男になってからにするのだな!」
ふん! と腕組みしながら、堂々と振ってやった!
そして、パッと顔を上げるエルにビシリと親指を立てて見せる。
フッ、そんなにキラキラした目で妾を見上げよって……また惚れ直させてさしまったか。妾も罪な女であるな。
「そ……んな……王族と繋がりが持てるのだぞ!?」
信じられないと言わんばかりに、ボルキアが迫ってくる!
やれやれ、生まれの良さしか誇れる物がないとは哀れよな。
妾に掴みかかろうとした王子の手首を握っていたエルは、グッと指に力を入れる。すると「痛い!」と叫んでボルキアはその場にへたり込んでしまった。
一瞬、護衛の兵士が身構えるが、トーナン殿がそれを制する。
「見苦しいですよ、王子様。ここは潔く諦めてください」
エルから子供を諭すように声を掛けられ、王子はがっくりと項垂れて肩を震わせた。それを見たエルも、これ以上は大丈夫と判断したのか、ボルキアの手首を放す。
ふむ、庶民と舐めた相手にへこまされプライドが傷つけられたかな?
しかし、そういった挫折を知って人は……おや?
ぷるぷると肩を震わせて泣いているのかと思ったのだが……逆にボルキアは笑っていた。
え、なに? ちょっと怖い……。
クククと、口元を押さえてボルキアはゆらりと立ち上がり、勝利したかのように胸を張ってみせる。
「なるほどな、では結婚は諦めよう。しかし、アルトニエルには今夜一晩、付き合ってもらおうか」
いや、付き合わんわ! 何を言い出すのかな、こやつは。
しかし、ボルキアはエルに握られ手形の付いた手首を見せつけてニヤリと笑う。
「庶民の王族に対する暴行……これは重い罪になる。その少年を救いたければ……わかるな?」
うわぁ……下衆いとか卑怯とかいう前に、三流悪役の台詞過ぎて目眩がしそう。
だが、そんな王子にナンバルン達が乗ってきた。
「そうだな、王族への暴行となれば最悪、死刑でもおかしくはない」
「それが嫌なら、我々に協力することで罪を償う事だ」
竜殺しの力を得たいがためだろう、二人はまるで鬼の首でも取ったかのように捲し立ててくる。が、そんな奴らに水をぶっかけるみたいにトーナン殿達も参戦してきた。
「今のは、王子の強引なやり方に非がある。そんなことで死刑などと、脅しにしても雑過ぎるぞ」
「そうですよ、王子。あんまりおいたが過ぎると、お兄様方に訴えます」
フォルセ殿の言葉に一瞬、ビクッとしたボルキア。お兄さん達が怖いのか?
しかし……。
「……ふん、兄たちに怒られるなど、日常茶飯よ! そんな事で目の前の美女を見過ごせるものか!」
普段から、こんなくだらない事で怒られてるのか、お前は!
それでも反省していないのは、やはり阿呆であると評価されるだけのことはある。
「トーナン候! その小僧を、この場に連れてきたのは貴公だ!なんなら貴公に責任を取ってもらってもよいのだぞ!」
ノキタスの言葉に、トーナン殿の表情が固くなる。ちっ、直接妾達にではなく、回りを責めてきたか。
「トーナン候に責任て……俺はおっさんに手を出す趣味はない!」
「ちょっと黙ってて、王子!」
自身に賛成していたノキタスに叱られて、ボルキアはシュンと小さくなった。
しかし、ノキタスの言うことにも一理ある。故にその点を突かれたトーナン殿もフォルセ殿も、苦虫を噛んだように顔をしかめた。
……ふぅ、やれやれ。
魔界進行に協力なぞ出来んが、かといって人間界の王族と敵対したい訳でもない。
丸く納める為には、妾が一肌脱ぐしかあるまいな。
「よかろう。妾が一晩、付き合ってやろうではないか」
その言葉に、エルはもちろん領主達も驚いた顔をした!
「ア、アルトさ……」
動揺するエルに落ち着けと頭を撫でて、瞬きしながらアイコンタクトを送る。なぁに、我に秘策ありというやつだ。
それで何かを悟ったのか、とりあえずエルは押し黙る。
そんなエルとは対称的に、元気いっぱいのボルキアが高らかに笑い声を上げた。
「フハハハ、最初からそうやって素直になっていれば良いのだ! よーし、今日の会議は終了。続きは明日だ!」
強引に会議を打ち切らせて、阿呆王子は妾をエスコートするように隣に並ぶ。
「さぁ、アルトニエル……後でこっぴどく怒られても後悔しないくらい、素晴らしい夜にしようではないか!」
兄たちにビビるという本音をちょろっと漏らしつつ、ボルキアが妾の肩に手を回してきた。調子に乗んな。
その手をつねり上げ、引き剥がしながらトーナン殿にエルの事を頼んで、妾と阿呆王子は『獅子の間』を後にする。
策があるとはいえ、この背中に向けられるエルの泣きそうな視線だけは、少々心残りではあった……。
──妾達がたどり着いたのは、ボルキアの寝室。
その部屋で目を引くのは三、四人は一緒に寝ても全く余裕そうな、大きなベッドだ。
彼はいつもここに一人で寝てるのだろうが、なんだか広すぎて落ち着かず、逆に眠れなさそうな気がする。
「さあ、アルトニエル。ベッドに上がりたまえ」
ベロりと舌舐めずりしながら、いやらしくボルキアが笑みを浮かべた。
まったく……これから18禁な展開を期待しているようだが、そうはいかん。
さっさと我が秘策の餌食になって貰おうか。まぁ、たんに夜が明けるまで幻術に掛けておこうというだけだが。
さぁて……こやつの弱点とか知れたら良いし、『黒歴史を暴露するたびに快感を得る』シチュエーションにでもしてやろうかな。
そんな事を考えながら魔力を発動させようとしたその時、ボルキアが「ああ、そうそう……」と呟いた。
「ちなみにこの部屋の中では、一切の魔法は使えない。そういう細工が施されているからな」
え……うそ……。
妾は慌てて魔法を使おうとしてみたが、何かに阻害されたように効果は発揮されなかった。
こ、こやつ! 阿呆のくせに意外と用心深い!
動揺する妾の姿に嗜虐心をそそられたのか、ボルキアは上半身の服を脱ぎ捨てる。
「楽しもうぜぇ、アルトニエル」
下卑た笑みを張り付けながら、ジリジリと迫ってくる阿呆王子。
い、いかん……これは絶体絶命のピンチかも……しれん……。




