67 領主達の思惑
「改めて紹介しよう。こちらが此度、我が領内に現れた巨竜を倒したエルトニクスとアルトニエル殿だ」
トーナン殿に紹介され、妾達を見る者達がザワリとどよめいた。
まぁ、当然であろうな。
エルのような可愛らしい少年や、妾のような見目麗しい美女がそんな荒事を成したと言われてもピンと来るものはいないだろう。
……いや、護衛の兵士や魔法使いの中には、妾達の力に気付いた者もおるようだ。
ふむ、王族や領主の護衛を任されるのは伊達ではないということか。
「次いで我々、各領主も紹介しておきましょう」
そう言うと、トーナン殿は上座に座る阿呆王子から時計回りで領地と領主の名をセットで説明してくれた。
ピーフルト地方領主フォルセ・ボクトー・イルショニア
空席(トーナン殿)
ディンイズ地方領主ノキタス・グルニカ・ゼンイルチ
ダンヤド地方領主ナンバルン・キサルワ・ジルザ
各々が名を告げられるたびに会釈をしてきたが、その表情は概ね二つに分かれる。
興味深そうな物と、忌々しげな物。
前者はフォルセ、後者はノキタスとナンバルンといった具合だ。
おそらくは、トーナン殿との友好度の高低によるものだろう。彼の発言を補強するであろう妾達は、敵対的な者からすれば邪魔者でしかないからな。
そんな感じで、ざっと敵味方を判別した妾達であったが、いつのまにかメイド達が椅子を用意してくれていたので、そこにふわりと腰かける。
その優雅さに見とれたのか、護衛の者達から小さなため息を吐く音が聞こえた。
「フフフ、アルトニエル殿はサキュバスのように魅力的な方だな」
華麗なる妾の仕草に、ボルキアは感服したようにため息混じりで言葉を漏らす。
うん、多分誉めたつもりなんだろうけど、淫魔に例えるってどういう意味だ、貴様……。
「セクハラです、王子」
領主の中で唯一の女性であるフォルセが、眼鏡の位置を直しながら鋭い目付きで阿呆王子を睨み付ける。
「いや、そういうつもりでは……」
「セクハラです、王子」
弁解しようとしたがバッサリ切り捨てられて、ボルキアは「サーセン……」と小さく呟いて項垂れた。
うーん、この場での力関係は完全に領主>王子みたいだな。
「しかし、本当にその方達は竜殺しなのですかな?」
四大領主の一人、ナンバルンが嘲りのこもった口調で疑問を投げ掛けてくる。
「見たところ、怪しげな魔族の美女と普通の少年……竜殺しを行った冒険者が名前を出していないのを良いことに、適当な駆け出しの冒険者を用意しただけでは?」
その言葉に、ナンバルンの隣に座るノキタスも口元を隠して頷いて見せる。絶対、笑っておるな、こやつら。
まぁ、確かに妾達をパッと見ただけでは、そういった印象を持つのも解らんでもない。
人を小バカにしている態度を隠そうともしないのは気に入らぬが、まずは妾達の力を見せつけてやる必要がありそうだ。
「よかろう、では実力をお見せしようではないか」
ナンバルンの言葉を受けて立った妾は、座ったままで手のひらを胸の前で翳す。
んー、そうだなぁ……ここは解りやすい火の魔法……あ、物は試しだし、ハッタリを効かせる意味も込めて魔法の詠唱もやってみるか。
確か、こう……ポエミィでオサレな雰囲気の事を言いながら魔力を練れば良いのだよな……。
「『暗天に座す始源の女王 瞬光たる勇兵は疾く疾く来たり 我が眼前に顕現したりて 伏さざる愚者の結末を示せ……』」
即興で考えたなんちゃってポエムに乗せて、妾は歌うように魔力を紡ぐ。
すると妾が翳した手のひらの上に、握り拳ほどの炎の塊が浮かび上がってきた。
その光景に、室内にいた魔法使い達がざわつきだす!
それもそのはず、妾が作り出した火球は小さいながらも太陽のごとき熱量を思わせ、明らかに並みの魔法とは桁違いの魔力が込められているのが、解る者には解ったからだ。
これを見て、驚かぬ魔法使いはおるまい。というか、一番ビックリしているのは妾だった。
ええええっ! ナニコレ!?
表面では平静を保ちつつ、内心では心臓がバクバクと激しく脈打つのを収めるのに必死だった。
すごーい! 詠唱すごーい!
単に、ポエムな文言を組み込むだけでしょう? なんて舐めててすいませんでした。
同じ魔力量を込めているのだが、今まで勘や経験で適当に発動させていた物とは違い、適当でも詠唱という行程を挟む事で構築された魔法は、出力やコントロールの安定性が段違いである。
なるほど、人間の魔法使いがわざわざ魔法を使う時に使用するわけだ。
そういえば以前、エルが「一手間かけるだけで料理はぐんと美味しくなるんですよ」と言っていたが、これもそういう事なのかもしれないな……違うか?
「ぐえぇぇぇっ!」
唐突に、苦悶の表情で護衛の魔法使い達が倒れ込んだ!
中には嘔吐や失禁している者までいるようだが……もしや、妾の魔力に充てられたか!?
慌てて手のひらの火球を消滅させると、護衛達もどうにか立ち直る。
ざわつく室内において、妾は自身の消した火球に思いを馳せていた。
いやぁ、消すのもスムーズにいけたなぁ……ここまでコントロールが容易になるのか。これは詠唱の研究をしがいがあるぞ!
エルがシンザンを倒した時は、なんだか置いていかれたような気がしたけれど、妾もまだまだ強くなれる! エルと共に高みを目指せる!
そう思うと、自然と顔がにやけてくるのだった。
「な、なるほど……アルトニエル殿が、竜殺しに相応しい魔法使いであるということは理解しましたよ」
「いや、その美しい外見からは想像もできませんでした。まさに綺麗な薔薇にはなんとやらですな」
先程まで妾を小娘と舐めていた風だったノキタスとナンバルンが、態度を一転させて下手に出てくる。
わかればよろしい。
まぁ、護衛の魔法使いが全員体調を崩している今、妾を止められる者はいないと怯えが入っているのもあるかもしれんが。
「しかし、これ程の方が味方についているなら、ますます竜族など恐るるに足らず! やはり魔界への進攻作戦を決行すべきですなぁ!」
オイオイオイ。何を盛り上がっているんだ、貴様らは。
妾達はそれを止めに来たんだっつーの!
「アルトニエル殿は魔界の貴族だ。友好的にというならまだしも、進攻作戦などに協力する訳がなかろう!」
「私もそう思いますわ。何より、そんな作戦を実行すれば『緑の帯』を挟んで魔界と隣接する、我々の領土が尤も被害を被るのは目に見えています」
妾の意を汲んだトーナン殿が言い放ち、フォルセもそれに同意を示す。
しかし、ナンバルン達も黙ってはいない。
「ふん! 貴様らは魔界との交易で懐が潤っているのだろう? ならば我々よりも多くの防衛費を回せよう。おお、それに我々以上に戦費も多く負担していただかなくてはな」
「左様。我らの領地と格差がある以上は、仕方がありませんな。まぁ、魔界に進攻して領土となりを得た暁には、負担の不平等といった今回みたいな事が起こらぬよう、我々にも平等に利益を分配していただきますが」
「ふざけるな!出すものは出さずに利益だけを得ようなどと、よくも図々しく言えた物だな!」
「懐具合に差がある以上、出資に差が出るもの仕方がないと言っている!それに魔界との交易を独占している貴様らがどの口で図々しいと言うのかっ!」
じわじわと、ヒートアップしていく四領主のせめぎ合い。
ようはアレだな。領主達の財力の格差が今回の魔界進攻論を招いたという事だ。
確かに魔界との交易をしているトーナン殿やフォルセ殿は、財政的にナンバルンやノキタスの領地に比べて潤っているだろう。
しかし、冒険者に対する支援や、『緑の帯』を切り開いて魔界の者達と交渉をするという作業に費やした投資もバカにならないはすだ。
そういった所に目を向けず、結果だけを欲しがる辺り、ナンバルン達は悪い意味で貴族的とも言えるかもしれんな。
「まぁ、みんな落ち着け」
熱くなっていた場に水を打つように、ボルキアが口を開く。
「俺に良い考えがあるんだが、ちょっと聞いてくれないか?」
自信満々な王子の言葉に、ヒートアップしていた領主達も何を言うのかと耳を傾けていた。
注目されたボルキアは、ニッと笑って妾に向かって片目を瞑る。
そして、思いがけぬ事を言い出した。
「俺と、そこのアルトニエル殿が結婚すれば、全てが上手くいくだろう!」
…………………………はい?
突然、訳の解らぬ事を言い出す阿呆王子に、その場にいた全員が「何言ってんだ、こいつ」といった表情で言葉を失っていた……。




