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魔王の娘と勇者の子孫  作者: 善信
66/101

66 人間界の王族

 通信用の水晶玉(マジックアイテム)から出ている魔力の波動を頼りに、骨夫の転移魔法で移動した妾達は転移口(ゲート)の前で待っていたトーナン殿に出迎えられた。

「よく来てくださった……それにしても転移魔法とは便利ですな」

 ちらりと商売人のような一面を見せながらも、すぐに彼は真面目な顔付きになる。


「さて、先程も話した通り状況はよろしくない。エルとアルト殿には竜族の恐ろしさと魔界の混沌を説明し、皆を止めるよう説得してほしい」

 うむ、なんなら三割増しくらいで語ってみせよう。

 力強く頷く妾達に安心したのか、トーナン殿は表情を緩めてエルに話しかける。

「しかし、お前がその歳で『竜殺し』をやってのけるとはな。やはり血は争えんということか」

 微笑ましく語ってるけど、結構とんでもない事を言っておる。なに、エルの親も『竜殺し』なのか?

 だが、何より気になったのは、エルの両親の話が聞けそうだということ。

 いずれは妾の身内となるやもしれんし、ちょっとは人となりを知っておきたいものだ。

「ふむ……そのエルの両親というのはどのような御仁ですかな?」

 さりげなく話を振ると、トーナン殿は自慢話のする時のように嬉々と語りだした。


「エルの両親とは古い仲でしてな。我が領内で恐ろしい竜が暴れた時があり、それを討伐したのが当時冒険者だったエルの両親だったのです」

 ほほう、エルの両親は冒険者であったのか。

 しかし、当のエル本人が知らんかったって顔をしているのはどういう訳だ?

「エルが産まれてからは冒険者を引退して田舎で暮らし始めたからな。知らなくても無理はない」

 なるほどな。まぁ、確かに子供が産まれて引退しする冒険者は少なくない。

 だが、妻だけならいざ知らず、夫婦揃って引退とは少し珍しいかな。

「あの二人は、こちらが見ていて恥ずかしくなるほど仲むつまじい夫婦でしたからな」

 離れて暮らすような生活は嫌だったのでしょうと、当時の二人を思い出してにこやかにトーナン殿が笑う。エルとしては少し恥ずかしげだったが。


「確かエルの父君は優れた薬師だったとか?」

「左様。私の家内の為に定期的に魔法薬を届けてくれていました」

「と、するとエルの母君は魔法使いか何かだったのですか」

「いえ、かの者は優れた戦士でした。夫婦二人だけで冒険者チームを営んでいましたからな」

 なんと。意外な答えに少し驚いた。

 てっきり冒険者パーティで『竜殺し』を成し、エルの両親はそのメンバーだと思っていた。だが、たった二人でそれを成しえる剛の者だったとは……。

 そんな二人の血を引いているなら、エルの強さも頷けるというものよ。

 しかし、やたらラブラブで女方がえらく強いカップル……はて、どこかで会ったような、ないような?


「エルよ、よければお主のご両親の……」

 名を聞こうとしたその時、コンコンと部屋のドアをノックする者がいた。

『トーナン公、間もなく会議が再開いたします。『獅子の間』へお戻り下さい』

 ドアの向こうから聞こえて来たのは、丁寧で品の良さそうな声。

 印象からすると、おそらくできる老執事といった感じであろうか。

「わかった。それと、今回の議題の重要な参考人として、客人を二人お連れするので、皆に伝えておいてくれ」

 突然の客人などというワードにも疑問の声を挟まずに、『かしこまりました』とだけ答えて老執事(予想)の気配が遠ざかっていった。

 あの態度だけでもトーナン殿の権力(ちから)と、彼への信頼感が伺えるというものよ。


「待ってください! 二人……ということは、あーしと骨夫殿は参加できないのでしょうか!?」

 置いていかれそうなハミィがトーナン殿に迫る!

 うーん、でも仕方があるまい。骨夫の姿はちょっとショッキング過ぎるし、一見、普通のギャルにしか見えない上に過保護ぎみなハミィでは、王公貴族の参加する会議には場違いだ。

 少しでもエルが侮られたら、即噛みつきそうな危険もあるしな。

 それでもなにかと食い下がるハミィ。しかし、それをやんわりと制したのはエルだった。


「心配してくれるのはありがたいけど、王城内で危険は無いよ。ここは僕とアルトさんに任せて、ハミィは骨夫さんと一緒に何かあった時の為に備えていてね」

 そう言われてしまうと、ハミィも反論できはしない。

留守番を任された犬のように項垂れて、かしこまりましたと承諾した。


 さて、そんな護衛の忠義心溢れるハミィに比べて、妾の部下である骨夫の方といえば……

「ククク……働け働け住民ども……」

 紅茶片手に、窓から城下町を見下ろして支配者ごっこに興じていた。

 完全にお休み気分であるな、この野郎は。少しはハミィを見習ってほしいものよ。

 そんな事を思いながら、妾は拳を握りしめた。


「では……エル、アルト殿。参るとしましょうか」

 涙目で正座する骨夫を説教していた妾に、トーナン殿が声をかけてくる。

 これから始まる舌戦に向けて、気を引き締まった顔をする彼に、妾達も真剣勝負に挑む面持ちで頷いた。


 トーナン殿を先頭に長い廊下を歩き、一際大きな扉のある部屋の前に到着する。

 扉を守る二人の兵士が一礼して扉をノックし、妾達の入室を告げた。

 音もなく扉が開くと、小さめなダンスホールくらいの部屋に二十人ほどが詰めているのが見えた。

 扉の内側にも兵士が二人、部屋の四隅に兵士と魔法使いらしきコンビが四組。

 そして部屋の中央、一番奥の上座に座る王族らしき人物と、大きなテーブルを挟んで二つずつ対面に並ぶ四つの席に座る者達。一つ空いているのはトーナン殿の席なのだろう。

 あとは壁際で茶の用意をしている数名のメイドと、記録官らしき者達である。

 素早く室内の状況を把握した妾とエルは、特に脅威となりそうな物が無いことを確認して頷きあった。


「トーナン公……そやつらがそなたの報告してきた『竜殺し』の者達か?」

 上座にある、一際仰々しい椅子に座る青年が声をかけてくる。

 王族……王族でよいのだよな、アレ?

 妾がいまいち確信を持てなかったのは、そやつの格好があまりにもそれっぽくなかったからだ。

 南方に咲く花の柄を散りばめた半袖シャツに、ゆったりとした半ズボン。

 サンダル掃きでダルそうに椅子にもたれる姿は、街のチンピラかチャラいあんちゃんにしか見えない。

 もう一度問いたくなる。

 アレが王族でよいのだよな?


「あの方は王位継承権第三位である、現王ゼイエイン様の三男ボルキア王子です。見ての通りの阿呆ですが、一応話を聞く責任ある人間が必要なので置いてあります」

 胡散臭げに上座の人間を見ていた妾に、トーナン殿が説明してくれた。くれたはよいが……ちょっと、言い過ぎではないかの?

 あまりに歯に衣着せぬ物言いに、こちらがハラハラしてしまう。

「クックックッ……初対面の者にそんな紹介の仕方は無いだろう……泣くぞ?」

 肩を揺すり喉を鳴らしながら、ボルキア王子は口元を押さえる。

 ほう、あんなに無礼な口を叩かれたにも拘わらず、笑って反すこの余裕……案外、器がでかいのか。

「ククク……ククッ……うぅ……グスッ」

違った! 結構ガチで傷付いてる!メンタル弱っ!


「ト、トーナン殿?」

「はぁ……大丈夫ですよ、アルト殿。おい、アレを」

 トーナン殿が指示を出すと、メイドの一人が何かを王子に差し出す。

 それを受け取った彼は、すかさず口の中に放り込んだ。

「…………フフフ、甘い」

 コロコロとあめ玉を口中で転がしながら、王子は満面の笑みを浮かべた。


「フハハ、甘いなぁ! 何かこう……テンションが上がってくるよなぁ!」

 あっという間にご機嫌になったな王子とは裏腹に、回りの人間は疲れたような笑みを浮かべている。それだけで、こやつがいつもこんな(・・・・・・)調子なのだ(・・・・・)と知れるというものだ。

 こう言っては何だが、トーナン殿の阿呆と評したのは間違いではないと思える。

 でも、そんな阿呆に責任ある立場が勤まるのか?

 継承権三位ということは、もっと上位の者がいるであろうに。


「皇太子のカルチュア様と、継承権二位のロウガン様は各領内を巡行するために出払っているのですよ」

 そうして、ため息を一つ吐いたトーナン殿は恥ずかしそうに言葉を続ける。

「ちなみに現王ゼイエイン様においては、先のドラゴンブレスの攻撃に憤慨し、表に飛び出そうとして階段から転がり落ちて現在、療養中です……」

 目の前の阿呆(王子)と血の繋がりが確実にあるであろう、心暖まるエピソードに、妾も知らずに生暖かい笑みがこぼれる。

 うーん、何か色々とタイミングが悪かったようだが……こんな王族で大丈夫なんだろうか、人間界は……。

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