65 思わぬ結果
結局、その夜はエルのベッドに行くことはなかった。
だって、それを考えるだけですごくドキドキするんだもん……。
あと、あれよな。エルからちゃんとしたレディとして尊敬されるように、慎みを持った行動をしなくてはならんと反省したというのもある。
「めっちゃもの足りなさそうな顔してますけど、大丈夫なんですか?」
そんな事を骨夫に言われたりもしたが、妾は大人だから大丈夫に決まっておる。
まぁ……エルが寂しくてどうしようもないと言うのであれば、また添い寝してやるのもやぶさかではないが。
しかし、エルからそのような申し出もなく、結局のところ二日ほどが過ぎた。……くそう、もっと寂しがれエルめ。
その間、妾とリーシャ、骨夫などは今後の行動について話し合いを行い、エルとハミィはラライル組なんかを交えながら組手などをして過ごしていた。
そういえば、エル達と組手等をやっている面子の中に、シンザンが連れていた竜人達の姿があった。
とはいえ、あの女性竜人のドゥーラとやる気の無さそうだったレグルとかいう奴の二人だけだが。
意外な事に、レグルは最初から反竜族の冒険者チーム『竜人開放同盟』の一員であり、七輝竜の傍にいてスパイ活動を行っていたらしい。
もっとも、元が考えなしな七輝竜の面々の近くにいても大した情報は得られず、その行動予定などを逐一報告するのが任務だったようだが。
ドゥーラの方は、妾達が勝利したと聞いた瞬間に寝返った。
シンザンの側近をやっていたのがよほどストレスだったのか、気持ちいいほどの掌返しっぷりを見せれくれて、改めて七輝竜の人望の無さを感じさせる。
まったく、妾とは大違いであるな。
さて、もう一人の竜人ゴルンは、鞍替えするのを拒否していた。
彼はゴリゴリの竜族シンパで、ドゥーラや慶一郎の説得も効かず、逆にシンザンの仇を討とうと挑んで来たほどだ(エルの腹パンで沈んだが)。
仕方なく拘束した後、下手な場所に置いておけないので、アマゾネス・エルフの村で面倒を見てもらう事になった。
「おのれ、殺すなら殺せ!」
そう叫ぶゴルンに対し、
「安心してください、殺したりしませんよぉ。ただ、気持ちいいだけです♪」
ペロリと舌舐めずりし、捕食者の目でそう答えていたカートの姿が印象的であった。
ちなみに、アマゾネス・エルフの村に送り込む際、ラライル組の連中も同行するという。
一応は竜人が暴れると厄介だから、護衛という形ではあったが、『緑の帯』の知られざるエルフの村という所に、彼らの冒険者魂が触発されたからだろう。
だが、朝に転移魔法で村に向かい、夕方に彼らが帰還した時にはラライル以外の三人は搾り取られたミイラみたいな感じになって戻ってきた。
ラライルは顔を真っ赤にして何も語らず、艶々の様相で「みんなも喜んでました」と声を弾ませるカートの様子からして、よほどの宴が催されたのだろう。
最初は良かったけど、後半から拷問と変わらねぇ……後に三バカはそう語っていた。
まぁ、そんな肉体労働派とは裏腹に、妾達頭脳労働派は会議室に籠って様々な情報の精査と検証に時間を費やしていた。
一番気になる魔界の情勢を知るために骨夫を魔界にやって、妾の城の留守を任せていた魔界猫の王であるマタイチを連れてきてもらう。
「じゃあ、行ってきます」
そう言って転移口を潜った骨夫は、
「ただいまー」
と、すぐにマタイチの首根っこをつかんで戻ってきた。
突然の事に慌てていたマタイチだったが、妾やハンターキャッツ達の顔を見て落ち着いたようだ。猫とはいえ、王の威厳を見せて妾に一礼する。
「これはアルト様、お見苦しい所をお見せしてしまいましたにゃ」
「ふっ……構わぬよ」
楽にせよと妾が言うと、マタイチはちょこんと椅子に座り、配下であるハンターキャッツ達に声をかける。
「お前達、ちゃんとお役にたっているかにゃ?」
「もちろんですにゃ!」
「バリバリですニャ!」
元気よく答える二匹に、マタイチはうんうんと頷いて近況についても尋ねる。
「エル様がまた竜を狩りましたにゃ!」
「竜の肉が美味しかったですニャ!」
無邪気に話す、スケアクロウとカクリコン。だが、それを聞いたマタイチは、よだれを垂らしながら真顔で二匹を見つめていた。
ええい、食い意地のはった奴め。王とはいえやはり猫よな。
とりあえず、干し肉にしてあった竜の肉を与え、マタイチに集めさせていま情報を提出させる。
それによれば、『焔の竜王』の次男トゥーマによる魔界連合への賛同者は着々と集まっているらしい。
ただ、他の種族の王達はやはり静観の流れとの事だ。
「それもそうでしょうねぇ……」
ふむう、と唸るようにリーシャが言う。
結局のところは竜族の内輪揉めであり、勝利してもその後のアドバンテージはトゥーマに握られるかもしれない。
そんな戦に好んで首を突っ込みたがる魔王はおるまいというところで妾とリーシャの意見は一致していた。
もっとも、人間界の動向や七輝竜が半壊している話を聞けば、どういう状況になるかは解らんがな……。
そうして皆が一息吐いた時、コンコンと会議室のドアをノックする音が響く。
リーシャの許しを得てドアを開けたメイドが、緊張した面持ちで「旦那様から連絡が入りました」と告げてきた。
──修理中の家屋を通りすぎ、この屋敷のもっとも奥にある領主の身内にしか入ることを許されない、ちょっとした禁忌の部屋に妾達は集まっていた。
リーシャ、妾、エル、骨夫、ハミィの五人は、部屋の中央に鎮座する大きな水晶玉に映るトーナン殿と向かい合う。
彼は今、王都からこの水晶玉を通して妾達とコンタクトをとっているのだが……その表情は優れない。
「……なんともまずい事になった。魔界との開戦になるかもしれない」
苦々しく声を絞り出すトーナン殿に、妾達も息を飲む。
どういう事か……。人間界の者達が混迷を極めそうな今の魔界に手を出せば、更なる混乱を引き起こす事はトーナン殿も理解していたはずだ。
「もちろん私もその辺は充分に説明し、ひとまずは魔界の情勢が落ち着くのを待つ方向に向かっていたのだ……アレがなければ」
アレ? アレとはいったい、なんの事だろう?
「二日ほど前、この王都で竜族の攻撃があった」
な、なんだってー! その場にいた全員が突拍子もない陰謀論を聞いたように驚愕する!
しかし、王都を襲撃する予定だったイーシスは、エルとハミィによって倒されていたはずではなかったか!?
まさか他に別動隊が……?
「それで……王都を襲撃したのはどのようなドラゴンだったのです?」
「それが……姿は無かったのだ」
妾の問いに、トーナン殿も不思議そうに答える。
「目撃した者の話では、突然空に穴が開き、そこから強力なドラゴンのブレスが吐き出されたらしい」
ぶはっ!
妾と骨夫がむせかえった!
何事かと皆の目が集まるが、なんでもないよと手を振って返す。
だが、妾と骨夫は顔を見合わせて冷や汗を流していた。
何故なら、その王都への攻撃とは……シンザンとの戦いの際に骨夫が転移口でどこかに飛ばした、あのドラゴンブレスである可能性が高いからだ。というか、そんな現れ方をした以上、確実にそれだろう。
やべぇ……と小刻みに震える骨夫と同じように、妾もドキドキしながらトーナン殿の話の続きを聞いていた。
幸い、ブレスは城の一部を掠めただけで死傷者はいなかったらしいので、そこだけはほっと胸を撫で下ろす。
だが、まさか自分の行動が開戦派の後押しをしてしまうとは……おのれ、運命のいたずらめ!
「しかし、その攻撃のせいで話が開戦の方向に向いた時に、飛び込んできたもう一つの情報が止めだった……」
なにぃ……まだ何かあったというのか。
「冒険者組合のネットワークに、『巨大竜の解体作業なう』やら、『竜肉美味すぎ問題』などと、竜を倒した情報が拡散されていたのだ」
その話に、今度はエルとハミィがぶはっ! と噴き出す。
くっ……わかるぞ、その気持ち!
だらだらと冷や汗を流すエル達を怪訝そうに見ながら、トーナン殿は話を進める。
「それで竜族など恐るるに足らず、やられたらやり返そうぜという方向に話が行ってしまったという訳なんだよ」
ぬぅ……まさか隙を生じぬ二段構えで妾達を翻弄するとは……運命の神とやらは、よほど性格が悪いと見える。
「たまたま今回は討てたとはいえ、竜という災害にも匹敵する存在をその辺の魔獣のように甘く見るのは危険過ぎる」
苦々しくトーナン殿は言葉を漏らす。確かに彼の言う通りだ。
大規模な軍隊でさえ、下手をすれば全滅させられるのが竜という存在。だからこそ、それを討ち取った者は『竜殺し』として賞賛されるのだ。
そしてそんな竜族がごまんといるのにちょっかいを出そうなど、魔界を舐めるにも程があるというものだろう。
「お父様、開戦派の勢いを削ぐ、よい方法があります」
今まで黙って話を聞いていたリーシャが、初めて口を開く。
しかも、打開策もあるというその言葉に、皆が一斉に耳を傾けた。
「何を隠そう、その竜殺しをやってのけたのは、ここにいるエルとアルト様達なのです」
それを聞いて、なんと! とトーナン殿は驚きの声を上げる。
「彼らに直接、竜と魔界の恐ろしさを説いてもらい、現実を見てもらえば欲を満たすよりも損失の方が大きくなる事を理解していただけるでしょう」
ふむ……リーシャの言うことも、一理ある。
希望的観測よりも、当事者の話の方が説得力はあるだろうしな。
「すまんが、王都へとご足労願いたい」
リーシャの言葉で素早く判断を下したトーナン殿は、妾達を王都へ呼び寄せる事を決めた。確かに彼が説得するより、妾達の方が直接話した方が可能性はあるやもしれぬ。
となれば無論、断る道は無し!
血気に逸る馬鹿者や、欲に目が眩んでいる愚か者にビシッと言ってやろうぞ!
とりあえず妾達のやらかしは内緒にしつつ、次なる目的地、人間界の王都に向かう事で一致する。
「自分達で撒いた種は自分達で刈り取らねばな……」
ポツリと呟いた妾の言葉に、エル達も力強く頷いた。
うう……でも開戦派を勢い付かせたきっかけは妾達なのだよなぁ……。なんかすまぬ……。
心の中でエル達に手を合わせ、妾達は骨夫が発動させた転移口に踏み入った。
あー……転移口でバレたりしませんように……。




