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魔王の娘と勇者の子孫  作者: 善信
64/101

64 いかにして少年は修行を成したか

 恥ずかしい……。

 いつの間にやら集まっていた、冒険者達の前で醜態を晒してしまった妾は、両手で顔を覆いながら自責の念に苛まされたていた。

 シンザン攻略の為に、後からリーシャが冒険者を送り込む作戦だったではないか……。

 獣化までして、完全に戦闘態勢だったラライル組の連中のあきれ顔を思い出すと、また顔が熱くなる。

 なんで忘れていたのだ、妾のお馬鹿……あと、骨夫も止めよ!


 そんな妾達を尻目に、エルはラライル組の連中と交遊を温めていた。

 そうか、三郎と虎二郎以外は初顔合わせであったな……。

「しかし……こう証拠を見せられても、いまだに信じられんな……」

 転がるシンザンの首と、それを成し得た少年の姿を交互に見ながら慶一郎が困惑の声を漏らす。

「本当に坊やがやったのかい? アルトお姉様が殺ったって言うなら信憑性もあるけど……」

 あどけない子供にしか見えないエルが、七輝竜を倒したといっても信じられぬのも無理はない。

 だが、見かけに騙されてエルの力を見抜けぬのも、迂闊というものだぞ。


「直接手合わせした俺達なら納得いきますよ。なぁ、三郎」

 なぜか自慢げな虎二郎に促され、三郎は複雑そうな顔でまぁなとだけ答えた。

 まぁ、手合わせと言っても腹パンされて、のされただけだから面白くない感情があるのも解るがな。


「さて……とりあえず当面の危機は去った訳ですし、一旦街に戻りませんか?」

 ここにいても、もうやる事はありませんし……とエルが促す。

 ラライル組達は何もしないでトンボ帰りになるが、確かにもうやる事はないからな。

 ある意味、一財産になるであろうシンザンの亡骸を回収や解体する作業はあるが、それにも専門的な人手がいるだろう。リーシャに手配してもらって、そういった職人も集めなければなるまい。

「アルトさん、行きましょう」

 恥辱から立ち直り、今後の方針について考えていた妾に、エルが声をかけてくる。

 その天真爛漫な笑顔は、恥ずかしさに焼かれていた妾の心を癒してくれるようだ……。

 はぁ、マジ天使だわ……。


 エルが調理したいというので、竜の肉を一部だけ確保して妾達は帰還することにした。

 その際、食材を保存でき、なおかついつでも調理可能なスペースを作れるといったマジックアイテムをエルは披露する。

 ハミィの変わり様といい、魔剣の変化やそのマジックアイテムといい……このわずかな修行の期間に、いったいどんな出来事があったというのだろう。

 その辺は後でゆっくりと……とエルが言うので、楽しみにしておこうか。

 だが、七輝竜の半数近くを失った竜族がどういう行動に出るかも調べなくてはならないし、竜王の次男による魔族連合結成の進み具合も気になる所だ。やることは山ほどあるが……。

「どんな料理がいいですか?」

 とりあえず、少しの間にこにこ顔のエルの作る料理と、彼のいる時間を楽しむとしよう。


「お帰りなさいませ、アルト様。まぁ、エルも!?」

 緊張の面持ちで妾達を迎えたリーシャが、パッと満面の笑みを浮かべる。

 彼女にとっても、エルがいたのは嬉しい誤算だったのだろう。

「ラライル組の方々以外に手練れの冒険者チームが捕まらなくて心配していましたが、エルが戻って来てくれたのですね」

 流石はエルだわと感心したリーシャは、スーッと床を滑るように移動してきて、エルを捕まえると激しく撫でくり回す!

 しかし、続いて転移口(ゲート)から現れた見慣れぬギャル(ハミィ)の姿に、表情を一変させた。

「エル……あちらの方はどなたかしら」

「あ、あれは……」

「うふふふ……もうエルってば、どうして少し目を離しただけで私の知らない女の人を連れて来るの? お姉ちゃん、悲しいわぁ……」

 妾とまったく同じ意見を持って、エルに迫るリーシャは顔こそ笑ってはいるものの、醸し出す威圧感(プレッシャー)は並の物ではない。

 愛しそうに撫でていた手も、いつの間にかエルが目を逸らさぬように押さえる拘束と化している。


「お、落ち着いて、お姉ちゃん。あれは、ハミィなんだよ」

「そう、ハミィさんと仰るの……ハミィ?」

 聞き覚えのある名前に、どこの馬の骨を連れてきたと言わんばかりだったリーシャの威圧感がスッと緩む。

「もしかして、あなたが持っていたあの魔剣の……」

「はい。今はこんな姿になっていますが、そのハミィです」

 ぺこりとハミィは頭を下げ、リーシャはあらまぁと口元を押さえる。

 んん……なにやらハミィの態度が妾の時と違う気がするのは気のせいだろうか。

「エル、これは一体どういう事なの?」

「あー、うん……それじゃあ、みんな揃ったら話すよ」

 それを聞いたリーシャが、メイドにお茶の用意を命じる。

 そうして全員が揃い、各々が適当に腰を下ろすと、エルとハミィは単独行動をとってからの経緯を話始めた。


「──なるほどな」

 話を聞き終え、妾はふぅと息をついてから温くなった紅茶を口にする。

 魔法薬(ポーション)の素材を集めるついでに親戚(・・)のいる村に寄った事。そして、魔剣の封印を解いてもらった事(キッチンアイテムもそこで手に入れたらしい)。

 修行中に偶然、道に迷っていた七輝竜の一人『暴食』のイーシスと会敵し、開放されていたハミィの魂喰いを発動させて勝利!

 その際、魂の喰い合いをしていたハミィがイーシスの肉体で自身を補完しようとして、今の状態になったようだという事。

 はぁ……なんとも、信じがたい話ではあるな。

 しかし、魔剣開放による竜の波動を身に付けたエルや、七輝竜イーシスの肉体に宿ったハミィという動かぬ証拠がある以上、信じぬわけにはいくまい。


「イーシスは、人間界の王都への襲撃を担当していたらしいんです」

 にも関わらず、道に迷うという間の抜けた奴で助かったという所だろう。

 実際、その計画が予定通り行われていたら大変だった。

 何故なら、いま王都では四大領主と王族による、魔界への対処の仕方が話し合われているはずだからだ。

 エルが単独行動を取ってから少しした頃、トーナン殿はリーシャに留守を任せてその会議に向っていた。

 何やら、開戦したがってる領主や貴族もいるそうだが、まぁ彼は魔界との戦争反対派であるし、損得の問題を持ち出せばそっちの方に話が向かうこともあるまい。

 しかし、開戦派がそこまで乗り気だった理由はなんなのだろうな。


「もしかして……では……」

「うん……と思う……から……」

 ん? なにやらエルとハミィがヒソヒソと話合っている。

 どうかしたのか?

「いや……あの……その開戦派の切り札ですけど、もう心配いらないかと」

 やけに確信したような口調で、エルは告げる。何か知っているのか?


「開戦派の切り札……多分、勇者の一族を名乗る者だと思います」

 何っ!? と、いうことは……妾に痛い目を見せたあの二人みたいな連中が!?

 それを想像するだけで震えが止まらぬ。

 骨夫も、カチャカチャ鳴りながら震動していた。

「……やっぱり、魔族の方には勇者って肩書きは恐怖なんですかね」

 妾達の震えを見て、魔族一般の物と捉えたらしいエルが、寂しげに笑う。

 まさか個人的に勇者の一族も因縁があるとも言えんので、エルには悪いが勘違いしたままでいてもらうしかあるまい。

「僕が親戚(・・)の所に寄った時にそんな噂を聞いたんです。そして、その村に彼ら(・・)が滞在中だということも」

 なっ! では、エルは勇者の一族と会ったのか!?

「だけど、僕達でその連中を懲らしめておきました。だから開戦派も切り札を失っただろうし、大人しくなると思います」

 ……ええっ! 勇者の一族、倒したの!?

 人間界の英雄的存在であろうに……良いのか?

「英雄的な一族だろうとなんだろうと、わざわざ争いの種を撒くような真似をしていたら反省させないといけません!」

 まるで身内の不始末(・・・・・・・・・)に怒るみたいに(・・・・・・・)、エルは拳を握って力説してみせた。


 むう……素晴らしい!

 魔界との平和的な関係を守ろうとする考えもだが、勇者の一族を懲らしめる力も素晴らしい。

 エルと妾が力を合わせれば、きっと人間界と魔界は上手くいくような気がするぞ。

 しかし、あれだな……そんなに勇者の一族がいるなら、化け物(チャルフィオナ)を相手にしなくても、父上を復活させられるかもしれん。

 それとなく、勇者の一族(そいつら)に会ってみたいなと話を振ってみる。

「た、多分、僕に手痛い目に合わされたから雲隠れしたと思いますよ!」

 そんなに必死にならんでも……とこちらが思うくらい、エルは懸命に否定してきた!

 まぁ、妾が危害に会うかもしれんと、気を使ってくれたのだろう。ふふふ、心配性だな。


「もう二、三日もすれば、王都にいるお父様から何かしらの連絡は入ると思います。アルト様達は、それまでゆっくり体を休めてくださいませ」

 リーシャはそう締め括ると、自分はラライル組の面々と共に竜の亡骸の処理をするための、打ち合わせに入る。

 シンザンと激闘を繰り広げた、妾達を気遣ってくれたのだな。

 確かに魔力もかなり使い、疲労もたまっている。お言葉に甘えて、早めに休ませてもらおう。

 そう、エルと添い寝して……。

 なんて考えながら、チラリとエルの方を見た時、妾とふと目が合う。すると突然、顔が熱くなるのを感じて、妾は思いきり顔を逸らしてしまった。

「す、すまんが、先に休ませてもらうぞ!」

 ぱたぱたと小走りになって妾は応接室を出る!


 ……なんだろう、エルを抱き枕のようにして添い寝なんていつもやってたのに……それを考えただけで、鼓動が早くなるし、多分顔は赤くなっていることだろう。

 くっ……魔王の娘ともあろう者が、こんな訳のわからぬ動揺をするなど……!

 妙に熱くなる自らの頬を押さえながら、それでも決して不快ではないこの変調に妾は戸惑いを覚えるのだった。

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