63 女達の戦い
外見的には完全回復したシンザンは、体の調子を確かめるように軽やかなステップを刻み、拳で空を切って見せる。
『よし……』
思い通りに体が動いたらしく、満足そうに一つ頷いた。
そうして改めて妾達に目線を向けると、憎々しげに顔を歪めながらこう告げる。
『お前らごときに回復魔法を使うまで追い詰められたのは恥以外の何物でもねぇ……だからこそ、その事実を知っているお前らは絶対に殺す』
遊びもなく、油断もない。全身全霊で妾達を殺すという宣言をする竜には、必殺の決意があった。
しかし、常人ならば絶望してもおかしくないようなこの状況で、エルは何かを悩むように腕組みをしている。
なんだ……この危険な状況を切り抜ける策があるというのか?
「あの、アルトさん……ちょっと聞きたい事があるんです」
エルが妾に問いかけてくる。やはり何か策があるのだな!
よーし、聞かせてみてくれ。
「僕、とある必殺技を思い付いたんですけど、名前……どっちがいいと思いますか?」
そして提案された二つのネーミング。
A・「サイクロン・リッパー」
B・「トルネード・スラッシュ」
うーん、そうだなぁ。妾としては……って、おい!
なんだ、こんな状況でのその質問は!余裕か、余裕なのか!? それとも現実逃避?
「私はB案がいいと思う」
乗るな、骨夫!
「何言ってるんですか、お嬢! 男ってのは「必殺技ネーミング」でモチベーションを上げていくんですよ!」
真面目にやってください! と逆に骨夫から叱責される。
ええ~……なんで妾が怒られるの……?
でも考えてみれば、男に限らずだが人間の魔法使いはポエムじみた呪文の詠唱をすることが多い。
手足を動かすように魔法の発動を行う魔族と違って、人間は詠唱で己のテンションを上げて魔法の発動を効率よく行うという事なのか……?
もしかしたら魔族も詠唱で魔法の効果アップを狙えるかもしれんし、その辺はいずれ研究してみてもいいかもしれんな。
「心配しないでください、アルト殿」
少し考え込んでいた妾を不安がってると思ったのか、ハミィが声をかけてくる。
「先ほどの手合わせでシンザンの実力は測れました。我々ならば必ず勝てます!」
「エルと私」という所をやや強調しながら、ハミィは胸を張った。
ふーん……まぁ別に何とも思っておらんよ?
戦闘以外では、エルとのベストパートナーといったら妾が一番であろうし?
だが、本当にいけるのか?
シンザンを軽く見すぎではないかと心配になるが、エルも気楽に大丈夫と答えてくる。
「むしろウジンの方が相性的にヤバかったかもしれませんね」
固い守りの体勢から、逃げ場の無い一撃必殺のブレス……そんな奥の手を持っていたウジンは確かに強敵ではあった。
だが、コンスタントに致死レベルの打撃を放つシンザンの方が手強いと思うのだがなぁ……。
まぁ、そこは戦士職と魔法使いで認識の違いがあるのかもしれない。ならばここはエルを信じよう。
「それで、どっちがいいでしょう?」
ん、ああ……必殺技ネーミングな。
「では……A案でいいのではないか?」
はっきり言って、どっちでも大差はないと思う。単に並べられた順で選んだだけだ。
しかし、エルはパッと表情を輝かせ、嬉しそうに頷いた。
「えへへ、僕もそっちの方がいいかなって思ってたんです。アルトさんと同じ意見でちょっと嬉しい……」
なにこの可愛い生き物。
照れてはにかむエルを愛でまくりたい衝動に駆られるが、今は戦闘中……耐えよ、妾!
「よーし! 行くよハミィ!」
「御意!」
闘気の大剣に乗り、エルとハミィがシンザンに向かって舞い上がる!
恐らく、勝負はこの一合で決まる。そんな予感が妾の胸に去来していた。
──回復したとはいえ、迂闊に攻める事はしてこなかったシンザンだったが、剣に載って飛来するエル達に、少し面食らったようだ。が、それでもすぐに迎撃すべく大きく息を吸い込む!
『おもしれぇ曲芸だが、それでなんとかなると思ってんのかよぉ!』
雄叫びと共に、ブレスが放出される!
しかも直線的にではなく、射程は短いが広範囲をカバーするタイプ。なんとも器用なブレスのコントロールに意表を突かれると共に、どう動いても逃げ場の無いエル達の危機に思わず叫びそうになった!
「その程度は想定済みですよ」
事も無げに言いながら、ハミィは迫るブレスに向かって身を踊らせる。
ブレスが彼女を飲み込もうとするその直前、逆に吸収されるように、シンザンのブレスはハミィに向かって進路を変えて呑み込まれていく!
「『暴食』の能力……今のあーしでも使えるみたいですね」
ほくそ笑むハミィに対して、怒りの声をシンザンは挙げる!
『テメェ、やっぱりイーシスじゃねぇか!』
「だからあーしはハミィだと言っている!」
破壊の拳と硬質化した手刀がぶつかり合い、激しい火花と金属音を撒き散らす。
互いに痛み分けに終わった、七輝竜同士の激突。しかしその隙間を縫って、エルがシンザンの懐へと潜り込んだ!
「必殺!『竜巻回転斬り』!」
妾とエルが名付けた技の名を叫び、剣に乗ったエルは独楽のような高速の横回転を加える!
『ちぃっ!』
斬撃の竜巻と化したエルと、それを噛み砕こうとするシンザンが交差した!
無音。
先ほどのハミィとの激突のように激しい衝突音が鳴り響くかと思いきや、二者のぶつかり合いに音は無かった。
だが、ワンテンポ遅れてプシュッと水が漏れる出すような音が響き、それを皮切りにしてシンザンの首から赤い雨が降りだして地上を濡らす。
自らの血流に押されるように、飛ばされたシンザンの頭が妾と骨夫の背後に落ち、小山のような巨体がスローモーションみたいに轟音をたてて倒れ伏した。
嘘であろう……。
その現実離れした光景を、妾達は呆然と見つめていた。
「アルトさーん!」
エルの嬉々とした声に、意識が現実に引き戻される。
この強大な竜を易々と倒した少年は、満面の笑みを浮かべて妾の元に駆け寄ってきた。
正直……いきなりここまで強くなった彼に、恐ろしい物を感じなかった訳ではない。
だが、誉められるのを期待している仔犬のようなキラキラした瞳を見ていると、そんな感情も霧散してしまう。
そう、エルは妾の為にこんなに強くなったのだからな……ここはいっぱい誉めてやらねばなるまい。
駆け寄ってくるエルを迎え入れる為に、妾は大きく手を広げる。
この胸に飛び込んで来るであろう少年の存在感を想像して、妾の気分も高揚してきた!
だが! そんな妾とエルの蜜溢るる抱擁に、割って入る一つの影!
「いけません、主様。ここは自重なさってください」
妾の前に滑り込み、エルを胸で受け止めたハミィが冷静な声でそう促した。
って、こらぁ!
何を邪魔しておるか、貴様は!?
エルを奪い返そうと手を伸ばす妾から、ふわりと身を翻したハミィは、キッとした目付きでこちらを見る。
「主様はまだ子供なのですよ! しかるにアルト殿の接し方は、教育上よろしくありません!」
な、なにおぅ! 妾のどこがエルの教育によろしくないと言うのか!?
「必要以上の主様への単純接触、睡眠時の添い寝行為、胸元へ集中させるような抱擁など……ですかね」
ぐうの音も出ない!
し、しかし、エルが嫌がってる訳では無いのだろう?
「そういう問題では有りません。性のなんたるかも解っていない主様に、過剰な異性の接触はよろしくないと言っているのです」
くっ……外見はギャルなくせに、妙に堅い事を言いおって……なんだか、魔剣だった時よりもエルへの干渉がひどくなっておる。
「今のアルト殿の振る舞いは、無垢な子供にポルノ雑誌を見せつけるが行為に等しい事を自覚してください」
そ、そこまで言うか……。
「ハミィ、それは言い過ぎだ!」
胸元から顔を上げたエルに叱られ、ハミィはハッとする。
そしてシュンと項垂れながら、妾に向かって言い過ぎましたと頭を下げた。
「だいたい、そんなに子供扱いされなくても、その……男女の営みとか……そういうのは知らない訳じゃないよ……」
僕の村にも、家畜とかはいたから……と小さくなる声でエルは呟く。
なるほど、田舎だと娯楽は少ないし家畜の繁殖も手伝うから性に対して早熟になるとは聞く。彼もその類いなのだろう。
だが、そうとなると聞いておかねばならん事がある!
「「おぬし(主様)は、そういう経験は無いんだろうな(ですよね)!!」」
グイグイ詰め寄る妾とハミィに気圧され、顔を赤く染めたエルは縦に首を振る。
であるよなぁ~、妾は信じていたぞ♪
ホッとした顔になる妾達を、なんだか複雑そうに彼は見上げる。
「しかし、そうとなれば……」
呟きながら、ハミィはするりとエルの首に腕を回す。
「いざという時に、主様が恥をかいてはなりません。ここはあーしが手取り足取り……」
「どさくさ紛れで何を言っておるかぁ!」
しなだれかかるハミィに、妾はドロップキックをお見舞いする!
たたらを踏んでエルから離れた彼女は、何をするんですかと避難めいた目で妾を見た。
「エルの教育に悪いと言った本人が、貞操を奪おうとしてどうする! それじゃ、カートと変わらんぞ!」
「私のは、主様に対する忠義心と敬愛から来るものです!」
憤慨しながら、動物じみたアマゾネス・エルフと一緒にしないでくださいと、結構酷い事をハミィは言う。
「なるほどな……しかし、忠義や敬愛を持ち出すならば、なおさらエルの気持ちを尊重すべきではないのか?」
妾の言葉に打たれたらしいハミィは、戸惑いながらエルを見る。が、困ったように笑う彼の顔を眺めるその瞳に怪しい光が宿るのを妾は見逃さなかった。
「主様……申し訳ありません。あーしの不作法の償いとして、この体をお好きなように!」
鼻息荒く、ハミィがエルを押し倒そうとする!
「ハ、ハミィ!?」
「主様が……主様が悪いんです!あーしをこんな気持ちにさせるから……」
「忠義と敬愛はどこにいった、このあほうがぁ!」
最早、建前すら投げ捨ててエルの服を脱がそうとするハミィに、またも妾のドロップキックが炸裂するのだった!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
巨竜の亡骸が転がる平原に、虫の羽音のような音が響き、空間にぽっかりと穴が開く。
すでに見慣れた転移魔法による転移口を潜り抜けて、数人の武装した冒険者達が飛び出して来た。
「ラライル組、参上ぉ! よーし、敵はどこ……だ……?」
威勢よく登場した上位冒険者のラライルは、想像していたのとは全く違う光景に言葉を失う。
それは彼女に続いて躍り出たチームのメンバー、ウルフ三郎にタイガー虎二朗、そして今は自分のチームを立ち上げたドラゴン慶一郎も全く同じだった。
竜族の最高峰、七輝竜と呼ばれる者の襲撃を受けた為にその助太刀をすべく彼女達は駆けつけた。しかし、すでにその竜族は事切れており、助太刀する対象だったはずの魔族の令嬢は、なぜか一人の少年を巡って見知らぬギャルと揉めている。
状況が掴めないでいる彼女達を追い抜くように最後尾で転移口から姿を現したのは、この転移魔法の使い手たるアマゾネス・エルフのカート。
何をボーッとしているのかと、ラライル達を叱責しようとした彼女だったが、やはり予想外な光景にカートは息を飲んだ。
「エル様だー!」
彼女の敬愛する少年(肉欲込み)の姿を認めたカートは、乙女のように軽やかに走り出す。
が、
「「これ以上、話をややこしくするでないわ(しないでください)!!」」
「ぐえっ!」
エルを巡る二人の美獣から強烈な反撃を食らい、短い悲鳴を残して戦いを見詰める骨夫の足元まで吹き飛ばされた。
「ああ……ちょっと懐かしい感触……」
なぜか満足げに失神するカートを見た骨夫は、難儀な奴だなとため息を漏らす。
「骨夫殿……この状況はいったい……」
虎二郎達に問いかけられても、骨夫自身なんと説明していいか困ってしまう。ただ、一言。
「まぁ……何て言うか、モテるってのも大変だわな」
答えになっていない答えに、ラライル達もツッコミようがない。
しかし、その場にいた全員が、エルを中心に揉める二人の美女の争いが終わるまでまともな話は聞けないんだろうなぁ……ということだけは確信するのだった。




