62 ヒーロー参上!
爆風と衝撃波が、妾達を横から襲う!……って、直撃しなかった!?
完全に奴の攻撃は、妾達を捉えていたはずなのに……再び吹き飛ばされながら、そんな疑問が頭をよぎる。
そしてまた、同じように妾を抱き止める者がいた。
「大丈夫でしたか?」
「あ、ああ……何度もすまんな……」
シンザンが振るう、破壊の衝撃で舞った地煙も収まった所で、ズルズルとへたり込みながら礼を言う。
しかし、よくお主は飛ばされなかったな……と妾を支えた骨夫を褒めようとした時、妾の足元に転がる骨夫の姿が目に入る。
んん!? では、いま妾を助けたのは……?
確認するようにその人物を仰ぎ見る。そこにいたのは、妾よりも小柄な、それでいて頼もしすぎる人影。
「危ない所だったけど、間に合って良かった……ただいま戻りました、アルトさん!」
にっこりと笑いながら、エルは妾に帰還を告げた。
「エル……」
突然の彼の登場に、少し頭が混乱しているのが解る。いや、だってタイミング良すぎであろう?
もしかして、妾は死の寸前で幻を見ているなんてオチではあるまいな……。
「エル……」
もう一度、その名を呼びながらおずおずと手を伸ばす。
その手を優しく握り返しながら、エルは「はい、アルトさん」と妾の名を呼んだ。
ああ……本物だ。本物のエルだ!
「エルぅ!!」
感激のあまり、妾は思わずエルに飛び付いた!
そのまま彼がもがくのも構わずに、ギュッと抱き締める!
んもう、この子は本当に……戻ってくるなり妾を助けるとか、マジで物語りのヒーローみたいではないか! 最高!
「ちょ……待っ……アルトさん……」
妾の胸に頭を押さえられながら、エルは抱擁を制止しようとするがまだ許さぬ!
お主が居ない間、寂しさを感じた分は取り返してやるからな。
「アルト殿、その辺にしておいて下さい」
ついでとばかりに頬擦りしてやろうとすると、横から妾を止める止める声が割り込んできた。
聞きなれぬその声の主に顔を向けると、そこにはやはり見慣れない少女の姿。
ハデ目な服装と髪型……これはアレか、ギャルとかいうやつではないか?
「まだ、戦闘中です。主様を解放してください」
あ、主様!? それってエルの事か?
いきなり現れ、エルを主呼ばわりするこのギャルに、妾の警戒心が警鐘を鳴らす! って言うか、なんでエルに単独行動を許すと妾の知らぬ女の影が増えるのか!?
なんなの、ハーレム体質ナンパ野郎なの?
妾は、お主をそんな風に育てた覚えはありませんよ、エル!
「落ち着いてください。こんな姿になってはいますが、あーしはハミィです」
うん? ハミィ? いったいどこのハミィさんだと言うのか……って、もしかしてあの魔剣の中の人?
マジマジとギャルを眺めながら、妾の中で一つの答えが導き出される。
いや、嘘だろう。
剣が少女の姿になるなど、さすがに夢物語がすぎるわ。
「うふふ……なるほど、この剣が女の子になるという設定は使えるぞ」
転がったままで話を聞いていた骨夫がポツリと呟くが、何に使うというのだろうか……。
「まぁ、詳しい経緯は後程……今は目の前の竜を倒さなくてはならんでしょう」
説明を諦めたのか、小さなため息を吐いてハミィを名乗るギャルはエルの解放を求める。
まぁ、確かに優先順位はシンザンの撃破が先だ。
だがな! 事が済んだら、ちゃんと納得のいく説明をしてもらうからな!
エルの頭を抱え込んでいた腕を離すと、プハッと息をつきながら彼は赤くなった顔を上げる。
す、すまんな……ちょっと力を入れすぎたようだ。
「い、いえ……大丈夫です……」
まるで、酒にでも酔ったような雰囲気でぐにゃぐにゃしていたエルの尻を、立ち直った骨夫がピシャリと叩く!
「お嬢の色香に酔いおって……しっかりしろ!」
それで気合いが入ったのか、エルは幾分かシャキッとしたみたいだ。
「す、すいません、骨夫さん」
「うむ、敵は七輝竜の一人、『憤怒』のシンザンだ。気合いをいれろよ」
激を入れる骨夫にエルもはい! と気合いの入った声で応える。
しかし、ついでとばかりに骨夫はハミィの尻を撫でてぶん殴られていた。
「気合いを入れようとしてたんですけお!」等と言い訳しているが、どこの世界にそんな激励があるものか。
『……おい、乱入してきたチビ。てめぇ、なんでイーシスと一緒にいやがる』
エルが飛び込んで来てから、いままで静かに事の成り行きを見ていたシンザンが問いかけてくる。
……このギャルの名はイーシス? しかもシンザンと面識がある?
増える謎に首を傾げていると、イーシスと呼ばれハミィを名乗るギャルは一歩前に踏み出た。
「貴様の知るイーシスはもういない……今ここにいるのは、主であるエルトニクス様の忠実な剣、ハミィだ!」
堂々とエルの僕であると宣言するハミィ。うん、この辺は確かにあの魔剣と雰囲気は一致しているな。
「おのれ、エル……ギャルを僕とか羨ましい……」
ギリギリと嫉妬で歯軋りする骨夫も毎度の事である。
だが、そんなハミィの宣言に、シンザンは訝しげに目を細めた。
『てめぇ……なんのつもりか知らんが、『七輝竜』ともあろう者が人間なんぞの下僕になったと言うのか』
七輝竜! あのハミィを名乗るギャルも七輝竜の一人だというのか!?
それが本当ならば、シンザンから立ち上る殺気も納得できる……。
プライドの塊みたいな竜族……しかも七輝竜が人間の僕になるなど、奴にしてみれば種族全体を愚弄されたような物と感じてもおかしくない。
しかし、当のハミィはそんなシンザンの殺気もどこ吹く風といった様子で、エルと共に巨竜と対峙する。
「アルトさん……ここは僕達に任せてください」
なにやら自信たっぷりにエルが言う。……ははぁん、そういう事か。
「わかった。頼んだぞ、エル」
「はい!」
元気よく応えたエルは、それと同時にシンザンに向かって駆け出していく!
オイオイオイ! いくらなんでも、正面からすぎるぞ!
『不意打ちとはいえ、俺の攻撃を反らした事は誉めてやる。だがな……調子に乗りすぎだ、クソガキぃ!』
たかが人間とバカにする相手が真正面から突っ込んで来たため、舐められてると判断したシンザンが激昂しながら拳を振るう!
自分の体と同等の大きさの拳が迫る中、エルは慌てることなく剣を上段に構える。
「『闘気剣精製!』」
何かを発動させるような魔力の籠るキーワードを彼が叫ぶと、構えた魔剣の刀身から闘気が放出された!
闘気はさらに刃の形を成し、ロングソードサイズの魔剣を軸とする刃渡り二メートル程の巨大な闘気剣となる!
「でやああぁ!」
気合いの声と共に振るわれた闘気剣の剣撃は、大地を割りながら迫るシンザンの拳を斬り裂いた!
『ごあっ!』
苦痛の声を漏らしてシンザンが一歩下がる。
『ば、ばかな……』
信じられない物を見るような目で、斬られた自分の拳を確認するシンザン。その気持ちは妾達も一緒だった。
エルが任せろと言ったのはウジン戦の時みたいに、彼がシンザンを削って消耗させ、焦れた奴が大技を放とうとしたらその力を利用した妾の魔法でトドメを刺す……その作戦だと思っていた。
しかし、今のエルはあの時よりもはるかにパワーアップしている。
任せろと言ったのは、本当に彼らだけでシンザンを倒す……そういった意味だったのか!?
いったい、どれ程の力を身に付けたというのだろう……。
「オーマイガ……オーマイガッ……」
なんか隣でブルブル震えながら、骨夫がブツブツと呟く。おい、どうしたというのだ?
「エ、エルの闘気から竜の波動を感じるのです……し、信じられない」
竜の波動? そ、それは前に竜を食ったからとか、そういう事ではないのか?
「だとしたら、我々の魔力からも竜の波動が出てるハズですよ……」
いったいあいつは何をしてきたんだと、骨夫はゴクリと喉を鳴らす。
そんな骨夫の様子やエルの姿を見た妾の胸中に、何とも言えぬ感情が広がってきた。
やだ、かっこいい……。
しかし、妾の為にそんな人外の力を身につけて来たなんて……それで実際に竜族と互角に戦うとか、ステキ過ぎるではないか……。
「エ、エル! 頑張るのだ!」
何割増しかで輝いて見えるエルの背中に、妾はエールを送った!
それに応えるように、彼は一気にシンザンとの間合いを詰める!
『痛てぇだろうが、クソガキぃ!』
目を血走らせて逆上したシンザンが、メチャクチャに拳を振るう。
その風圧と籠められた闘気とで、直接触れてもいないのに大地が爆ぜていく!
爆撃されてるような状況にも関わらず、エルは闘気剣でそれらをなぎ払いながら歩を進める。……っていうか、エルにシンザンの闘気が着弾する前に掻き消されていないか?
不思議な現象ではあるが……まぁ、良い。
いいぞ、エル! やってしまえぃ!
妾の声援を背に突き進む彼の刃が、いよいよシンザンに届きだした。
しかし敵もさるもの、図体がでかいだけに懐に入れば有利と思われたが、小刻みなステップとボディワークで剣先を皮一枚で避けていく。なんと小癪な竜であるか!
当たりそうで当たらない……しかし、そんな達人同士のやり取りに、突如介入する影が一つ!
「主様に気を取られすぎだ」
いつの間にやらシンザンの背後に回っていた、ハミィを名乗るギャルが奴に襲いかかった!
一瞬にして硬質化した両手の手刀を振るうと、妾が破壊したシンザンの背に鋭い斬撃が走る!
『ガッ!』
苦痛に一瞬の隙ができ、それを逃さずエルが斬り込む!
絶妙なコンビネーションでシンザンの動きを封じた二人は、反撃も許さぬ怒涛の攻めで奴をジワジワと削っていった。
このまま行けば、シンザンを討ち取れるかもしれない。ただ……なんだか面白くないな。
いや、妬いてる訳ではないぞ。でも、きっと妾と一緒に攻めていたら、もっと確実に奴を討ち取れると思うんだよなー。ちえっ。
なんて事を思っていたいた、その時!
シンザンの体から、魔力が溢れるのを感じた!
「エル! 攻撃魔法がくるぞ!」
妾の叫びに反応したエルとハミィがシンザンから距離を取る。それと同時に、奴の体表を駆け抜けるような電撃が迸り、空気を焦がした。
『チッ!』
悔しげにシンザンが舌打ちする。今の魔法……直撃しても死にはしなかっただろうが、肉体の硬直は避けられなかっただろう。
もしそうなれば、シンザンの渾身の一撃が二人を襲い、命を奪っていたに違いない。
エルが死んでいたかも……そんな事を考えると、我が身の事のように背筋が冷たくなる。
「助かりました、アルトさん」
チラッと妾の方を見ながら、エルが笑顔で礼を言ってくる。
いやぁ、あのくらい大した事ではないがな! なんなら、もっと妾を頼ってもいいのよ?
『クソ……クソ……クソッ!』
そんな上機嫌な妾とは対照的に、シンザンが不機嫌きわまりないといった顔付きで毒づいた!
『こんなカスの群れに……ゴミみてぇなガキ相手に魔法を使うはめになるとはよぉ……』
ふむ……怒りで頑強になる武闘派の奴にしてみれば、人間相手に趣旨の違う魔法を使わざるを得なかった事がプライドを傷つけたようだな。
『あああ……許せねぇ。俺も、ゴミ共も……何もかもが許せねぇ!』
喉の奥から絞り出す、屈辱にまみれた声。そして、そんな気持ちに満ち溢れながら、奴の魔法が発動する。
光がシンザンの体を包み、傷つけた肉体を癒していく。妾が砕いた背中の翼も、みるみる内に復元していった。
「まさか……竜族が自身に回復魔法を……!?」
驚愕に彩られた声で、骨夫が震える。
生まれた時から強者である竜族が、回復魔法を使う事すら珍しいからその驚きも解らんでもない。
ただ……アンデッドのくせに回復魔法を使う奴がなにを驚いているのやら……と、骨夫を横目に見ながら妾は思うのだった。




