61 竜の反撃
五度目の爆発が、シンザンの背中で炸裂する!
ようやく、奴の羽根を八割方ほどは破壊できたらだろうか……これなら飛んで、転移口の落とし穴から抜ける事はできまい。
途中、ブレス等で反撃されそうにもなったが、その度に骨夫の奴めが「ヘーイ! ヘーイ!」とシンザンの鼻っ面をぺしぺし叩いて注意を反らしてくれた。
味方ながら、そのセコい挑発っぷりには参るね……。
しかし……妾もだいぶ魔力を消費してしまった。
普通の竜なら、上位のやつでも十匹以上は倒せていたであろう自信はあるが、それでこの程度のダメージしか与えられないとは……竜族の最上位『七輝竜』の名は伊達ではないということだな。
『グルル……』
文字通り、手も足もでない状態のシンザンがうなり声をあげる。
「ふふん、どうした七輝竜。『鋼の魔王』様四天王の私の実力を、思い知ったか」
骨夫はシンザンの目の前で嘲るように尻を振り、声だけは真面目な雰囲気で語りかける。
鼻先でチョロチョロとうっとおしい、そのふざけた存在を噛み砕けそうでギリギリ届かない……そんな奴の歯痒さは敵ながら理解できてしまうのが困ったものだ。
でも隙だらけだから、もう一発ブチ込みマース!
奴の背中と羽根を完全に破壊すべく、妾は六度目の魔法を撃ち込んだ!
だが!
爆発の煙に紛れて、高速で妾に迫る物体が視界の端をよぎる。
次いで、全身に走る強烈な衝撃! そして同時に吹き飛ばされる感覚!
いったい何が……。
揺れる視界が辛うじて捉えたのは、大木のようなシンザンの尻尾!
ぐっ、どうやらあれが、妾を吹っ飛ばした攻撃の正体かっ!?
抜かったわ……奴を脱出させぬために、羽根の破壊と時折こちらに向けられそうになるブレス攻撃にばかり気をとられすぎた!
吹っ飛ばされながらも、なんとか受け身を取ろうとした妾を、ガッと抱き止める者がいた。
「大丈夫ですか、お嬢!」
おお、骨夫か。すまん、助かったぞ。
正直なところ、体術に自信の無い妾ではまともに受け身を取れたかわからぬので、ホッとする。
「かなりの一撃でしたが、お怪我は?」
焦りって回復魔法を発動させようとする骨夫だったが、なに大事無い。
妾のドレスには、物理的な衝撃に対する魔力障壁を発生させる機能があり、妾自身もとっさに魔力で防御しておったからな。
だが、たった一度の攻撃でその魔力障壁も打ち砕からてしまった故、しばらくはこの機能はつかえそうない。
くっ、これが生物としてのポテンシャルの差か。
「とにかく、ご無事で良かった」
うむ、心配をかけたな……ん? だが、待てよ?骨夫がここにいるということは……。
チラリとシンザンの方に目を向けると、こちらに向けて大きく口を開け、ブレス発射寸前になっている奴と目が合った。
うおおおい!
もしやさっきの尻尾攻撃で、奴の真正面に来るように誘導されていた!?
しかも、骨夫とひと固まりになっているこの状況、一網打尽ではないかっ!
ゾワッと死の気配に襲われた妾の目に、計画どおり……といった感じでニヤリとするシンザンの表情が飛び込んでくる。
や、野郎! 全て計算ずくかっ!?
誰だ、こいつが脳筋なんて言った奴は!妾でした……。
などと、ほんのわずかに錯綜した思考だったが、吐き出されるシンザンのブレスの魔力を認識した時、一つの答えを導いた。
あ、死んだ……。
そして妾達を被い尽くす程の巨大な魔力の奔流が、シンザンの咆哮と共に撃ち出された。
「うおおおおおおぉっ!!」
破壊の衝撃波が妾達を消し飛ばそうとしたその瞬間、雄叫びをあげながら骨夫が目の前に巨大な転移口を発生させる!
みるみる転移口に飲み込まれていく、巨竜のブレス!
やたらと長く感じられたが、実際には数秒にも満たなかっただろう……ブレスの余韻と共に、転移口も消滅して妾達はブハッと息を吐き出す。
「あ、あ、危な、危なかったぁ! し、死ぬかと思った!
汗と涙でぐちゃぐちゃの顔で、骨夫が震えた声を漏らす。いや、お主はアンデッドだけどな。
だが、確かに危機一髪だった。九死に一生を得た、骨夫の一瞬の判断は素直に称賛しよう。
「ところで……お主、どこにあのブレスを飛ばしたのだ?」
「そ、それが……必死だった為に正確な場所は解らんのです」
とにかく知らない、そしてできうる限り遠い場所とだけ設定して飛ばしたそうだが……まぁ、あの状況では仕方があるまい。
下手に知ってる場所に飛ばして町が壊滅なんて事になったら、それこそ大変だからな。
さて、なんにせよシンザンの形勢逆転を掛けた攻撃はやり過ごした!
しょせん、脳筋の知恵などたかが知れておるよな。
よーし、死ぬほどビビらされたお返しをしてやろ……う……って、あれ?
反撃に出ようとした妾達を見下ろしていたのは、いつの間にかトラップ代わりの転移口から四肢を引き抜いていたシンザンだった!
な、何故……そう思った時、ピンとある可能性が脳裏をよぎる。
「あの……ブレスの攻撃の時か!?」
『当り』
妾の呟きに、シンザンはまたもニヤリとしながら応えた。
ようはあの時吐いたブレスは、妾達を攻撃すると同時にその反動を利用して上体を起こし、手足を引き抜く為のものだったという事だ。
ちいぃ!やはり多少は知恵が回るな!
『あんな奇策とはいえ、俺にここまでダメージを与えるとは、お前らを見くびっていた……』
やけに冷静な口調でシンザンは妾達を評価するような台詞をはいた。
落ち着いてはいるようだが、なんだかキレて大暴れしていた時よりも奇妙な怖さがありおる。
『ここからは、一切妥協しない……お前らへの溜飲を下げるのは、殺してからにさせてもらおう!』
目に目えるレベルでシンザンの体から炎のような闘気が漏れ出す!
あ、これはアレだ、キレ過ぎて逆に落ち着いて見えるパターンだ。
ビリビリと空気が震え、妾達に叩きつけられる!
くっ……焦るな、アルトニエル!
奴の攻撃は肉弾戦が主なのだから、攻撃が来たら骨夫の転移口で絡め取ってやればいい。
チラッと骨夫に目配せすると、心得ているとばかりに頷いて見せた。
『おらぁ!』
早速来ました、右のストレート!
待ってましたとばかりに、その軌道上に骨夫が転移口を開くが、穴に呑まれる寸前でシンザンの拳がピタリと止まる!
な、フェイントだと!?
『死ねえぇ!』
返す刀で振るわれる、左の拳! このタイミングでは骨夫の魔法も間に合わない!
妾も素早く攻撃魔法を発動させて叩き込むが、奴はそれを全く意に反さない!
ほんの奴の攻撃の勢いを少しだけ削れたようだが、それでも直撃すれば妾達の死は免れない。
何度目だ、死の覚悟!
そんな台詞が頭を駆け巡る中、スローモーションのようにゆっくり迫って見えるシンザンの拳と……そして、何故か流星を見たような気がした。
そんな事を思った次の瞬間、シンザンの一撃が着弾する!
元の地形から見る影も無くなくなったこの草原に、大地をえぐる凄まじい破壊の音と衝撃が、新たに響き渡るのだった。




