60 暴力と策略
勇んで転移口を潜り抜けた、妾達の目に最初に映った光景。
それは、星でも落ちてきたかのような巨大なクレーターと、その中心に鎮座するこれまた巨大な竜の姿だった。
改めて馬鹿げた破壊の跡を見せつけるシンザンに、背筋を冷たいものが流れる。
ふん……だが、格好つけて出てきた以上はキッチリ足止めしてやらねばな。
「オラァ! このくそドラゴン! アルト様(と骨夫様)のお出ましじゃい!」
器用に自分の名前だけは小声にしながら、シンザンに向かって骨夫が叫んだ。
こ、姑息な奴め……。
だが、そんな骨夫の声に反応した小山のような巨体が動き、妾達に向かって正面から対峙する形になる。
『俺をここに飛ばすなど、並の魔族には不可能なハズだ……お前らはいったい何者だ?』
突然、大暴れするかと思いきや、意外にも冷静にシンザンは問い掛けてきた。
「あんにゃろう、一回イッちゃってスッキリしたのか、賢者モードになってるみたいですね」
男はイッた後に冷静になるんですよと、よくわからない事を骨夫がヒソヒソと小声で言う。おまえ……そういうのは、セクハラ一歩手前だと自覚するように。
だがまぁ、とにかく話が通じるなら時間稼ぎがしやすいというものよ。
「妾達が何者……か。時の流れは悲しいのぅ、かつては魔界で妾を知らぬ者は居なかったというのに」
時の流れというキーワードに、シンザンの目が訝しげに細められる。妾達を観察し、自分の記憶を探っているのかもしれん。
ふふっ、今この場に居るのは妾達だけ。ならば身分をおおっぴらにしても問題あるまい。
「おののきながら聞くがよい! 妾の名はアルトニエル・ローゼル・バオル! かつて魔界を制しかけた『鋼の魔王』の娘である!」
「そして『鋼の魔王』様の大幹部、四天王が一人キャルシアム・骨夫とは私の事よぉ!」
妾達は、ポーズをつけて大見得をきる!
背後に爆発が起きたよな気がするくらい、ビシッと決まった!
『……ああ、いたなぁ、そんなの』
え……反応、それだけ?
ああ、うん……でもそうよな、父上がブイブイ言わせてたのは二百年も前の話であるしな……。
栄枯盛衰、時の流れの残酷さに少しむなしくなっていると、シンザンが『まてよ……』と小首を傾げた。
おお! 何か当時の事を思い出して、恐れいったのか!?
『『鋼の魔王』が魔界を統一しかけていたのは、確か二百年くらい前だったな……んじゃあ、アルトは若作りしたババアって事か?』
……………ああん!?
何をふざけた事を言っておるか、貴様ぁ!
こちとらピチピチの二十代(人間換算だと十代相当)だっつーの!
父上の封印と共に時を止めて眠りに就いてたから、この二百年はノーカン、ノーカンです!
しかし、シンザンの奴は『ババアじゃ食っても不味そうだ』なんぞとブツブツいいよる。
レディに対するその態度、万死に値すると言っても過言ではあるまい!
「骨夫ぉ! この失礼な大トカゲを、ぶっとばすぞぉ!」
「は、はい!」
激昂する妾に、上ずった声で骨夫が答える。そんな妾達を見下ろしながら、シンザンは鼻で笑った。
『威勢だけは良いのが雑魚の特徴だな。年甲斐ないそのテンションを、いつまで維持できるかな?』
腰とか痛めるなよと、お年寄りに対する気遣いみたいな嘲笑い方をする辺りほんとに憎たらしい。
やはりこやつは、他人を怒らせる意味での『憤怒』だな!
「ふん、私の姿に怯えていたヘタレ竜が!」
威嚇するように、両腕を上げて骨夫が吼える。
しかし、シンザンの奴めは意外にも冷静に返してきた。
『人間の姿になってると弱々しすぎて、ゴミメンタルになるのがたまに傷だな……』
生物の頂点である本来の竜族の姿に戻ったあやつは、それに伴って精神的にも余裕のようなものが伺える。
『そういや、散々ビビらせてくれたよなぁ……殺す! ぶち殺す!』
前言撤回。
余裕があるどころか、めちゃくちゃキレやすくなっておる。
奴の怒りに呼応して、人間みたいに発達した四肢がモリモリと強張っていく。
ハッキリ言って、見た目はアンバランスでどうかと思う。しかし爪や牙、それにブレスといったいわゆる「お約束」な攻撃だけでは無さそうな辺り警戒が必要だ。
下手をすれば人間の格闘技とか使えそうで、あれだけの巨体から繰り出されれば、どれ程の威力になるのか……。
どんな奥の手があるか予想がつかない分、タチが悪いと言える。
『ごおおぉぉ!』
雄叫びを上げながら、シンザンが拳を振るう!
常識はずれの筋力と、膨大な魔力が込められたその拳は、直撃しなくても地を抉り、岩を砕いていく!
牽制に放った妾の魔法もまったく意に返さず、その勢いは増していくばかりだ。
『チョロチョロ避けんじゃねぇぞ、ゴミムシどもがぁ!』
攻撃が当たらぬ事へのイライラで、さらに激しく強力になっていくシンザンの攻撃。
いずれ、先程のような広範囲に渡る一撃が来れば、妾達なと消し飛ぶやもしれん。
だが!
「お嬢! 仕込みは完成しました!」
「うむ!」
骨夫の合図に合わせ、妾も狙っていた魔法を発動させる!
それは規模の大きな、土魔法と水魔法!
その二つの魔法を、シンザンの足元めがけて発動させる!
混じりあった二つの魔法は、奴の足元に小さな泥沼を作り出し、勢いづいていたシンザンはその泥沼に足を取られて、ド派手に転倒しそうになった。
『ぐっ!』
両手で受け身を取ろうとしたシンザンだったが、地面に手が触れる寸前、まるで大地に飲み込まれるようにしてズブズブと腕が沈みこんでいく!
そのせいで、顔面から地面に突っ込むシンザン。ざまぁみよ!
『な、なんだ、この穴は!』
「ふははは! それは穴では無く、転移魔法の転移口だ!貴様の動きを封じる為に、設置しておいたんだよぅ!」
見事に策がハマった事で、調子に乗った骨夫が小バカにしながら種明かしをする。
まぁ、そこに狙っていたコケるように調整した、妾の方がスゴいと思うけどな。
『てめ……っ!?』
吼えかけたシンザン、の顔色が突然変わった。
『な、なんだ!? なんかヌルヌルするっ!』
「ふふふ、その転移口の先がどこに繋がっているか、私にもわからん。何を触っているのか知らんが、刺激しないように精々、気を付けるんだなぁ!」
ゲスい笑顔全開で、骨夫はシンザンを挑発する。
いやぁ、本当に小狡い嫌がらせしている時には、輝く奴であるな。
『ん舐めんなぁ……あ!』
腕を引き抜こうとしたシンザンだったが、踏ん張っていた両足も地面に沈んでいった!
もちろん、これも骨夫の仕業だ。
これで奴の四肢は封じられ、もはやまな板の上の鯉も同然である。
大地に伏せる巨竜に向かって、「悔しい?ねぇ、悔しい?」と子供みたいに無邪気に問いかける骨夫と、ギリギリと歯ぎしりするシンザン。
完全にこちらが嫌な奴にしか見えない構図だが、これも相手の精神を削る戦いというものだ。本当だよ……?
ただ、あんまりやり過ぎるとどんな反撃が来るかわからぬから、気を付けるように。
くくく……しかし、こうも見事にハマってくれるとは、やはり脳筋など恐れるに足らず。
破壊力がどれだけスゴかろうと、戦いとは頭でするものよな。
とはいえ、あまり余裕を見せて逆転されても困るから、ここは詰めの一手を打っておこう。
「シンザンよ……貴様には討伐隊が到着するまで、ここで釘付けになっていてもらうぞ」
そう宣言すると同時に、妾は無防備な竜の背中めがけて、膨大なな魔力を込めた攻撃魔法を撃ち放った!
『ぐがあっ!』
竜の背中で爆発音が轟き、シンザンの苦痛の声が響く!
さすがの七輝竜でも、魔界屈指の魔法使いである妾の攻撃はこたえるであろう?
しかし、相手は圧倒的フィジカルとタフネスを誇る竜族であり、まだまだ致命傷にはほど遠い。
ウジンの時のように、相手の魔力を利用できれば手っ取り早いのだがな……。
せめて奴が今の状態から脱する鍵となりえる、背中での羽根だけは破壊しておきたい所だ……そんな思いを込めて第二撃!
再びシンザンの背中で爆発が巻き起こり、奴にダメージを刻み込む!
さて、奴が致命傷を負うのが先か、妾の魔力が尽きるのが先か……。
妾は、ありったけの力を撃ち込む!チキンレースは、まだ始まったばかりだ。




