表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の娘と勇者の子孫  作者: 善信
58/101

58 領主宅への来訪者

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 いよいよ、明日にはエルが帰ってくる(予定)。

 魔法薬の材料探しと修行なんて言っていたけど、妾の為に強くなろうとしていたのが見え見えで可愛らしい。

 ここ一週間ほど、エル分が不足していたから戻ってきたらいっぱい愛でてやろう。ぐふふ……。


「くふふ……これこれ、よさぬかエル……」

 明日の光景を思い描き、ワクワクが止まらない状態だった妾の部屋に突然ノックの音が響いた!

「アルト様、よろしいですか?」

 扉の向こうからはリーシャの少し焦ったような声で呼び掛けられる。ふむ、彼女にしては珍しいな……。

 入室を許したと同時に飛び込んできたリーシャは、やはり慌て様子でとんでもない事を口走った。

「な、七輝竜を名乗る、竜人を引き連れた者が訪ねてきています!」

 は……?

 さすがに妾も一瞬、思考が停止しかけた。

 七輝竜? なんで?


「な、なんでそんな連中がここに!?」

「わかりません……ですが、交渉がしたいとの事だったので、とりあえず応接室に通してあります」

 交渉? なにを話し合うというのか……。なんにせよ、対応はしなければなるまい。

 本来ならば、領主であるトーナン殿が話を聞くべきなのだろうが、生憎と彼は王都に出向いていて留守にしている。

 そうなると、リーシャが代わりに対応しなくてはならないのだが、彼女一人を行かせる訳にはいかんな。


「骨夫とカートを呼べ! それと、周辺の地図も用意せよ!」

 近くにいた侍女に指示を出して、とりあえず妾が考えた訪問者への対応策をリーシャに話してみる。

「なるほど、でしたらこうしては……」

 妾達が作戦を詰めていると、パジャマ姿の骨夫と、ハンターキャッツに引きずられた寝ぼけ眼のカートが姿を現した。

 気を抜きすぎだ、お主ら……。

 軽い電撃の魔法でスッキリ目覚めさせてから、アフロヘアになった二人にサッと作戦を説明し、妾とリーシャは訪問者の待つ応接室へと向かった。


「──お初にお目にかかります。当地の領主であるトーナン・シャルペイ・ハクアチューンの名代であるリーシャと申します」

 挨拶をしながら、リーシャが一礼する。

 テーブルを挟んで、訪問者達の対面に座った妾とリーシャ。

 正面のソファには、一見すると人間にしか見えない陰気な青年と、その隣に座る竜人。そしてソファの後ろにそびえ立つ竜人の戦士が二人。

 この四人が、訪問者だった。

 少し珍しかったのは、ソファに座る竜人が女性であった事であろうか。

 全体的に小柄で、ラインが丸みを帯びている。そんな女性竜人が返礼するように頭を下げた。

 しかし……この中で唯一の人間に見えるあの陰気な男が多分、七輝竜なのだろうが……。

 妙にオドオドしていて、とてもそんな風には見えない。

 妾達を、油断させる策だろうか?


「この度は……」

 リーシャに対して口上を述べようと彼女が口を開いた瞬間、隣に座っていた陰気な男が服の裾をクイクイと引っ張る。

 ん? なんだ?

 ひょっとしてそれが竜族の風習か?

 引っ張られた女性竜人が隣の男に顔を近づけると、男はボソボソとなにやら耳打ちをする。

「は……『挨拶とかいいから……用件だけ伝えろ』と……はい」

 おい、ないしょ話の内容がモロバレだがいいのか?


 だが、そんな妾達の戸惑う感じを意にもかえさず、彼女はコホンと一つ咳払いをして、改めて口を開こうとした。

 しかし、それを妾が諫める。

「まぁ、待たれよ。そちらの名も解らんでは、話し合っても信用など築けまい。とりあえず、名前だけでも教えてくれぬか?」

 妾の言葉に、女性竜人はチラリと隣を見た。

 彼女に視線を向けられた男は、チッと舌打ちした後にまた耳打ちをする。

「は……『横から口を出すな。大体、テメーはなに者だ』と……はい」

 男の言葉を彼女が繰り返そうとしたが、聞こえたからもういいよ。

 というか、オドオドした態度の割りに言葉使いは荒いな、こやつ。


 そんな奴の疑問に、リーシャが答える。

「アルト様は、私のお姉様とも言うべきお方……この場にいらっしゃるのに、なんの不都合もございません!」

 ムフーと鼻息も荒く力説する、彼女に気圧されたのかどうでも良くなったのか……七輝竜は顎で女性竜人に指示を出した。

「はい。では、まずは私達の主であるこちらのお方から」

 女性竜人はそう言うと、背筋を伸ばして畏まる。

「こちらの方こそ、我らがお仕えする竜族の中でも至宝と呼ばれる七輝竜が一人、『憤怒(激おこ)』の……」

 名を告げようとした時、再びシンザンが服の裾を引いて女性竜人の言葉を遮った。

 そして、また耳打ちするようにボソボソと話しかける。

「は……『その二つ名は、ダセーからやめろ』と……はい」

 いや……だから丸聞こえだし、というかお主が直接話せ!


 くっ、なんともイライラさせられる。

 もしや『怠惰』の二つ名を持っていたウジンが「めんどくさがり」ではなく「めんどくさい奴」だったように、『憤怒』の二つ名を持つこやつは「怒りを司る」のではなく「他人を起こらせる奴」なんてオチではあるまいな?


 そんな奴の態度にイライラしていると、

「……七輝竜のお一人、シンザン様であります」

 ちょっと思案してから、結局二つ名抜きで彼女は七輝竜(シンザン)を紹介した。

 それにしてもこのシンザンという男、いちいち従者裾を引いて言葉を遮り、そのくせ自分は直接話そうともしないのは何様のつもりだ。

 苛立ちも募り、気に入らぬと目を細めてシンザンを睨むように見ていると、一瞬だけ奴と目が合った。

 しかしフッと目線を逸らされてしまう。……なんだ、今の反応? ひょっとして妾にビビった?

 いや、まさかな。相手は仮にも七輝竜、過小評価は禁物だ。


 その後、女性竜人はトゥーラと名乗り、ソファ後ろに控えている竜人達を紹介する。

 左に立つ傷痕のあるのがゴルン、右の気だるげなのがレグルというらしい。

「では、改めまして……皆様が当家をお尋ねになった用件をお伺いしてもよろしいですか?」

 リーシャがそう切り出すと、少し躊躇していたトゥーラが意を決したように話し出した。


「……先だって私達、竜族の領地(なわばり)から大量の奴隷が脱走しました。その補填として、人間の奴隷を三百人ほど差し出していただきたい」

 はぁ? オイオイオイ、なにを言い出すんだ、こやつらは!?

「……えと、なにゆえ私達があなた方の逃げた奴隷の補填をしなければならないのでしょうか?」

 さすがのリーシャも言葉の意味が解らなかったのか、眉を潜めて問い返す。

 すると、シンザンはまたもトゥーラにボソボソと何事かを伝える。


「は……『奴隷が逃げるきっかけを作ったのが人間だったからだ、ボケ』と……はい」

 すでに内容を口にしていたにも関わらず、トゥーラはもう一度同じシンザンの言葉を繰り返した。いや、もうそのまま直訳しとけ。


 それにしても、言ってる事が無茶苦茶過ぎる。

 人間がしでかしたから、人間全体に落とし前をつけてもらうと言わんばかりではないか。

 ……いや、奴隷が逃げるきっかけ、つまり『焔の竜王』を倒したのが人間(多分チャルフィオナ達)なのだから、竜族の面子にかけて人間に落とし前をつけさせようとしているのかもしれん。

 確かに妾とて、父上を封じた勇者の子孫には落とし前をつけねばならんと思ってはいるから、面子の問題については解らんでもない。

 だが! エルのいるこの人間界は、父上が復活した際に友好関係を築かなくてはならない場所となったのだ!

 それを、こんな竜族に荒らされてなるものかよ!


「……そのような要求に、お答えすることは出来ません!」

 当たり前のようにリーシャも拒絶を言葉にする。

 自然、部屋の中の空気が張りつめ始めた。

 数的には二対四。しかもこちらのリーシャは、非戦闘員。

 だが、奴らにとってここは敵地でどんな伏兵があるかもわからない……そんな痛し痒しな状況がこの硬直を生み出している。

 視線が交差する妾とシンザン!

 火花を散らすやと思いきや、またも奴は目線を逸らす。そして所在無さげに目を泳がせていた。

 こやつ、この状況に本気でキョドっていないか……?


「断るということは、どういう事態を招くか理解しているんだろうな」

 そんな沈黙を破ったのは、シンザン達の後ろに立つ傷面の竜人ゴルンだった。

「貴様ら人間の王族がどうなったか……知らぬ訳ではあるまい?」

 脅しを含んでニヤリと笑うが……王族ってなんの事か?

 リーシャの方を見ても、彼女も首を傾げるばかりだ。

 さらに、そんな頭の上に「?」を浮かべる妾達を見て、竜人達も「あれ?」といった顔つきになる。


「あの……人間界の王都が襲撃されたとか、そんな話は……?」

 なに! そんなことが!?

 再びリーシャを見るが、聞いたこともねぇと言わんばかりにパタパタと手を振るばかりだった。

「じょ、情報がまだ届いていないだけでは?」

「王都に何かあれば、各領主の元に配置されたマジックアイテムが反応します。ですが、今の今まで何も伝えて来てはいません!」

 きっぱり言われて、竜人達全員がヒソヒソと相談しだす。時 々、「おかしくね?」とか「計画が……」とか漏れ聞こえてくる辺り、何らかのアテが外れたのだろう。


「イーシスのバカが……」

 はじめて、妾にも聞こえるくらいの声量で、シンザンが悪態を突く。

 ふむ……どうやら、そのイーシスとやらが別動隊の責任者みたいであるとみた。

 察するに、王都を攻めておいてこちらの戦意をくじき、奴隷を差し出す交渉をやり易くするのが目的だったようだな。

 しかし、二面作戦を行うのだから、そのイーシスとやらも恐らく七輝竜なのだろうが……なにか、おかしくはないだろうか?

 魔界では竜族に対抗するため、各種族で連合を組ませるべく動いている、焔の竜王の次男坊がいる。そして、そいつと勢力争いをしている長男の手駒が七輝竜なのだ。

 長男は次男の動きをある程度つかんでいるにも関わらず、切り札と言ってもいい七輝竜(それ)をなんでこんなに雑に動かす?


 何か見えそうな気がして、考え込んでいた妾の思考は、ドン! と床を踏み鳴らす音で中断された。

「この際、そちらの王族の安否はどうでもいい!」

 おい、お主らが言い出したのであろうが!

「大人しく奴隷を差し出さぬなら、力ずくと行くまでよ……」

 室内の空気に、殺気が混じり始めた。ここまで来たら、交渉決裂であるな。

 妾は立ち上がり、パンパンと手を鳴らす!

「出合え、出合えーい!」

 妾の号令に従って、隣の部屋に控えて様子を伺っていた骨夫とカート、そしてハンターキャッツの二匹が応接室に飛び込んで来た!


「それしきの人数で……」

 ゴルンが狂暴な面構えで妾達を見据えたその時、突然「ひゃあぁっ!」っという情けない悲鳴が響いた!

 その声の主は……七輝竜のシンザン! って、お主かよ!

 いったい、何に反応したのかと思えば、奴は骨夫を指差してガタガタと震え出す。

「お、お化けぇ! こ、怖いぃ!」

 ガチで怯えるシンザンに、その場に居た者全ての思考がフリーズする。

 お化け(アンデッド)を怖がる竜族……初めて見たよ、妾。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ