56 竜と魔剣が
イーシスに斬りかかる前に、ハミィがその能力を話してくれた時の事が頭をよぎる。
『──我が真名『骨食み丸』。『骨』は『コツ』、『コツ』は『本質』を意味します』
物事を上手くやれるようになる事を、『コツを掴んだ』などと表現するでしょう、とハミィは説目してくれた。
なるほど、動作の本質を理解したから簡単に出来るようになるって事か。
だけど、それが反撃の手掛かりになるのかな?
僕では剣技をそこまで極めたり、理解できてないと思うんだけど……。
『あ、いえ……主様に影響を及ぼすわけではなく……敵の本質を食らうのが、我が能力なのです』
敵の……本質?
『竜とはいえど、生物には変わりありません。そして生物の本質とは、すなわち『魂』! どんな生物でも、最も柔らかいそれを攻められては無事でいられません』
そうか……そういえば、ハミィと初対面の時も僕の肉体を乗っ取るとか言ってたけど、あれは魂を喰うぞってことだったのか。
『そこで主様にお願いがあります』
なんだい? 光明が見えてきたんだ、なんでもやるよ!
『剣先のほんの数ミリでよいので、イーシスの肉体のどこかに我を突き立てください』
ええ……そ、それは難儀だなぁ……。
──そうして、なんとかハミィの要望通りにイーシスの腕に、ハミィを突き刺す事ができて今に至る。
イーシスは苦しんでるようだし、外側からは解らないけど彼女の内部でハミィが魂を攻め立てているんだろう。
『フハハハ! 調子に乗りすぎた竜め! このまま貴様の魂を食い散らかしてやろう!』
頼もしいぞ、ハミィ! でも、台詞がまんま悪役だ!
「……っちょーしこいてんじゃねーぞ、ナマクラぁ!」
『んん? 何をしようと……ぐあっ!?』
イーシスが吼えると、優位に立っていたはずのハミィの声に驚愕が混じる。
いったい、どうしたんだ!?
「『暴食』って呼ばれた、あーしをナメんなよ! 逆にテメェを食ってやる!」
『おお……まさか、逆に我を食らおうなどと……』
どうやら、イーシスの魂とハミィの人格が、精神世界で食い合いを始めたみたいだ!
まさか、そんな反撃に出るなんて……さすがは七輝竜、恐るべし。
「おらぁ! あーしに勝てると思ってんのかよぉ!」
『ちいぃ! 負けるかぁ!』
端から見れば、うずくまったギャルの一人芝居だけど、内面ではお互いを食い合う恐ろしい戦いが繰り広げられているんだろう。
くっ、僕にも何かできる事は……。
「!」
その時、フッと頭にある考えが浮かんだ!
「ううぅ………!」
『ぐぅ……い、いかん……』
拮抗していたかに見えた二人の争いだけど、どうやらハミィが押されているように見える。
「ははっ! 魔剣だろうが聖剣だろうが、たかが珍しい武器ごときがあーしに勝てるかよ!」
勝ちを確信したかのように、イーシスは笑う。だけど、その顔が駆け寄る僕の姿を捉えて、厳しい物になった。
「隙でもついたつもりかっつーの! アンタみたいなガキがあーしに傷一つ……」
イーシスの言葉を無視して、僕は目指すそれに向かって手を伸ばす!
確かに闘気を纏った攻撃が効かない以上、素の僕の攻撃は彼女に通じないだろう。でも……。
「これならどうだぁ!」
叫びながら僕は、イーシスに刺さった魔剣の柄を握る!
そして、その能力を発動させた!
「あっ……くあぁっ!」
少し艶っぽい悲鳴と共に、片ひざをついていた彼女の体勢が更に崩れて四つん這いになる。
聞いてるっぽい……よし! 大成功!
僕が試した事……それは魔剣の能力である『闘気吸収』と『闘気操作』の同時使用だ。
イーシスから闘気を吸い取り、僕を通してハミィへと供給する。
これなら、いかに強大な竜族だってひとたまりもないだろう!
我ながらナイスアイデアに、内心でちょっとドヤっていると、急にえもいわれぬ悪寒が体内を駆け抜けた。
「ちょーしこくなって言ってんだろ……お前らが束になったって、あーしが負けるかっつーのぉ!」
ぐうっ! こ、この……直接、精神を削られるような感覚は……。
「ひゃはははっ! ナマクラも! クソガキも! どいつもこいつも食らい尽くしてやんよぉ!」
どうやら、『闘気吸収』を仕掛けている僕の魂にも、食いついてきたみたいだ。
魂への直接的な関与……こ、こんなに気持ち悪くなるものなのか……。
だけど……負けられない!
それぞれが絞り出すような気合いの声を張り上げる!
「あああぁっ! おとなしく食われやがれぇ!」
『がああぁっ! させるかぁ!』
「うおおぉっ! 頑張れハミィ!」
無限に続きそうで、もうすぐ決着が着きそうな魂の削り合いに勝利すべく、僕達はそれぞれがひたすら力を注ぎ続けていく!
吸い取り、食われ、与えながらの鍔迫り合いみたいな力比べはどんどん圧力を増していく。
ブツン!
何かが、切れるような音を聞いた気がする。そうして、僕の意識は唐突に途切れてしまった。
─────うっ。うう……。
ぼんやりと意識が戻り始めて、僕は小さな呻き声を漏らした。
体が異様に重く感じる。それを無理矢理引き起こして、辺りを見回す。
倒れていた僕の近くにハミィが落ちていて、少し離れた場所でイーシスが意識を失っているみたいだった。
……どうやら、僕達はほぼ同時に気を失ったらしい。僕が最初に目覚めたのは幸運だったな。
「ハミィ、無事かい?」
魔剣を拾い上げて、声をかける。………………あれ、返事がない?
「ハミィ? ハミィってば!」
カチャカチャと剣を揺すってみるけれど、やはり返事がない。っていうか、反応らしい反応が物が何もなかった。
ま、まさか……イーシスに人格を食い尽くされてしまったの!?
「ハミィ! ハミィ!」
旅に出てから、何度も一緒に危機を潜り抜けた相棒がいなくなった……そんな恐怖に取りつかれて、僕は叫ぶようにハミィへ呼び掛ける!
だけど……生きていれば答えるはずの魔剣から、やっぱり返事は返って来なかった。
「ハミィ……うう……」
剣を抱き締めながら泣きそうになっていた僕に、スッと影が差す。
顔を上げると、そこにはイーシスが立っていて、僕をぼんやりとした目で見下ろしていた。
「!!」
僕は重い体を無理矢理動かして、転がるように距離を取る。
くそっ! イーシスが倒れているうちに止めを刺していれば……ハミィが命懸けでチャンスを作ってくれていてのに!
間合いを取って剣を抜き、イーシスに向かって構える。
しかし、当の彼女はぼけーっとしたまま、僕を見つめているだけだった。
あれ? どうしたっていうんだ……?
「なぜ……そこにいるんだ……」
イーシスが呟くように尋ねてくる。いや、独り言……かな。
だけど明らかに様子はおかしい。
もしかしたら、さっきの戦いで何らかの精神的ダメージを与えたんだろうか……。
だとしたら、意識がはっきりしていないであろう、今が好機!
今度こそ、訪れたチャンスを逃がさないように僕は剣腰だめに構え直して……。
「あの……何故あーしがそこにいるんですか、主様?」
主様!?
その一言に、突っ込もうとしていた僕はバランスを崩しそうになった。
い、今……僕の事を「主様」って呼んだ……よね?
も、もしかして。
「ハミィ……なの?」
恐る恐る聞いてみる。
「はい」
今さら、何を聞いているんだろう……そんな風に不思議そうな表情を浮かべて、イーシスはコクりと頷いた。
嘘でしょ! どう見てもイーシスじゃないか!
「ははは、ご冗談を……。あーしの何処がイーシスだと?」
全部だよっ!
「やれやれ、そんな馬鹿な……」
鼻で笑おうとしたイーシスの動きが、ビタリと止まる。
そして、自分の風貌を確かめるように全身に手を這わせて、わなわなと震え出す。
「イーシスじゃないですか、あーし!」
「イーシスだよ、ハミィ!」
なんか間の抜けた確認をしながら、僕達は呆然と立ち尽くすしかなかった。




