55 骨食み丸
「うおおおおっ!」
気合いと共に闘気を爆発させて、僕を押さえつけていた竜人達を吹き飛ばす!
それに邪魔されて、僕の心臓を狙っていたイーシスの攻撃を剃らす事ができた。
「ぷはっ!」
巻き上げられた埃に巻かれ、イーシスが少し後退する。
その隙に僕も体勢を整えて、再び彼女と対峙した。
「あー、もう! なに、今のー!」
ぺっぺっ、と口に入った埃を吐き出しながら、イーシスは周囲を見回して状況を確認する。
彼女の正面に立つ僕と、それを囲むように立ち上がろうとする竜人達。
それを見て、ふふんと鼻で笑いながら余裕の態度を見せる。
「おーし、今度こそ……」
イーシスの言葉が言い終わる前に!
僕の闘気を纏った魔剣の剣閃が走り、取り囲んでいた竜人達の上半身がズルリと滑って地に落ちる。
竜人の境遇は知っていたけど……心臓を奪われ、人形になった彼らを助ける方法なんてたぶん無かったと思う。
だからせめて……苦しまないように、一撃で。そして、哀れな彼らが最後を胸に刻んでおこう。
「スゲー! マジでスゲーよ!」
部下達を斬られたイーシスは、怒るどころか子供みたいにはしゃいでいた。
「あー、もう! ホントに惜しいなぁ……。ね? 考え直してあーしのペットになんない?」
「……なんで、そんなに僕を誘うんですか?」
この期に及んで、服従を進めてくる彼女の意図がよくわからない。
僕の問いかけに、彼女は少しだけ思案して答えを口にした。
「なんつーかな、人間なのにちょー強いし! それで、かわいいって珍しいじゃん? そーいうレア物はゲットしときたいみたいな?」
いや、尋ねられても困る……。
だけど解った。
結局の所、イーシスが僕に固執するのは、只の物珍しいアクセサリー感覚なんだ。
だとしたら、誰がペットになんかなるもんか!
「僕はまだ子供だけど、戦士としての矜持は持ってるつもりだし、その……大切にしたい人もいる。貴女の犬になるなんて、まっぴら御免だ!」
『その通り!ギャルギャルした小娘が主様を従えようなど、百年速いわ!』
僕とハミィに完全に否定され、イーシスの顔から笑みが消える。
『あ、それとも長命な竜族らしく、見た目以上にババアなのかな?』
骨夫さんに影響されたんだろうか……ハミィはさらに挑発した。 だけど、それが彼女の逆鱗に触れた!
「誰がババアだ、ナマクラにクソガキぃ!」
僕は言ってない!
だけど、完全にブチ切れたイーシスは、足音を鳴らしながら迫ってくる!
「決めたぁ! アンタをあーしの人形にしてから、『大切な人』って奴をアンタ自身の手でにぶっ殺させてやる!そんで……」
はい、隙だらけ!
ちょっと卑怯だけど、喋りに夢中になっていたイーシスの首めがけて、言葉の途中で剣を振り下ろす!
闘気で鋭さを増した魔剣の刃は、同じ七輝竜だったウジンの鱗も斬り裂いたのだ。
この不意打ちで、彼女の首が飛ぶ!……はずだった。
僕の一撃は、イーシスの首にかすり傷の一つ付けることもできずに、皮膚の表面で止められていた。
あり得ない光景に戸惑っていた、僕めがけてイーシスの爪が迫ってくる!が、かろうじて闘気を噴出させる事で、後方に下がりそれをかわす!
「せっかく不意打ちしたのに、どーしたぁ?」
薄ら笑いを浮かべながら、着地した僕を見下すイーシス。
ど、どういう事なんだ!?
……まさか、彼女の皮膚はウジンよりも強固だというのだろうか。
魔法で人間形体になっているとはいえ、元が竜族なんだからその可能性は捨てきれない。
「……あーしの体が、ウジンよか堅いって思ったっしょ? 残念だけど、大して変わんないよ」
僕の考えを読んだように、イーシスが言う。
図星だったことを僕の顔色から見透かした彼女は、調子に乗ったようで更に言葉を続けた。
「あーしの能力はさ、人形作りだけじゃないんよ。あーしに触れる、あらゆるエネルギーを喰う事ができる……それが『暴食』とか言われる由縁てやつ♪」
自慢するみたいに、自分からネタばらしをするイーシス。
つまり、僕の闘気を喰った為に、ハミィは通常の切れ味に戻ってしまい、それで彼女に傷をつけられなかったということなんだろうか?
でも、なにその無茶苦茶な能力……。
「闘気だろーが、魔法だろーが、エネルギー体じゃ、あーしにダメージは与えらんないよ。竜族にダメージ食らわせる位の物理攻撃じゃなきゃーね」
き、気軽に言ってくれるなぁ……。
さっきの不意打ちで、僕がまったくダメージを与える事が出来なかった事を解った上で言ってるんだろう。
闘気を纏わせてブーストをかける、僕の基本パターンが通用しない。もしかすると、解放されたハミィの能力『闘気剣精製』も通じないかも……。
うう……どうする?
一瞬、ここから離脱してアルトさんと合流してから協力して……なんて少し情けない考えも浮かんだ。けれど、魔法も効かないんじゃ彼女を危険にするだけだ。
「……そういえば、僕と会った時に『見せしめ』がどうとか言ってましたよね……あれ、どういう意味だったんですか?」
何とか考える時間を稼ぐために、絶対優位のイーシスが更に調子に乗って語ってくれそうな話題を振ってみる。
「ああ♪ あれ!?」
よし! 案の定、乗ったきた!
「ほら、あーしらの王様が人間に殺られたじゃん? だからテキトーに人間ぶっ殺してさ、竜族の怖さってのを教えに来たんよ」
とりま人間の王様辺りをぶっ殺そーとしたけど、道に迷っちゃってさー、なんて軽い調子でとんでもない事を言う。
そんな真似をすれば、人間界と魔界で大きな戦争になるかもしれないというのに!
だめだ、こいつ……ここで何とかしないと。
だけど、現状じゃ打つ手がない。
どうしたら……と考えを巡らせていると、『主様……』とハミィが語りかけてきた。
「んん?」
ヒソヒソと、イーシスに聞こえぬように言葉を交わしてした僕達の姿に、彼女が怪訝そうな視線を向けてきている。
だけど、優勢な彼女からの不意打ちじみた攻撃はないだろう。
ついでに、イーシスの足を止める為にも、あえて興味を引くように堂々とヒソヒソ話を続ける。
「……解った。それで行ってみよう!」
『御意』
行動指針が決まると、僕は再びイーシスに視線を向けて剣を構えた。
「作戦会議は終わったぁ? んじゃ、行くよー」
僕達がどう動くかに興味を持った彼女が、無造作にこちらに歩いてくる。それに合わせて、僕も同時に走り出す!
「へぇ」
その行動に、意外そうな顔をしたイーシスだったけど、次の僕の動きには驚きが宿った。
彼女の頭上に向かって剣を投げ、それを追うようにして僕も跳ぶ!
その全く意味のない動きに、意図を掴みかねたイーシスは棒立ちになっていた。
絶好のチャンス!
僕は空中で剣の刀身に乗るように触れると、全開で闘気を吹き出した!
爆発的な推進力を得た僕達は、まるで流星のように空を斬りながらイーシスに向かって突っ込んでいく!
これこそ、特訓した空中殺法の一つ!
名付けて……『流星落下斬!』(今決めた)
「オイオイオイぃ!」
さすがに意表を突かれて、イーシスは防御体勢を取る。
だけど、それに構わず僕達は突進していった!
僕達が交差した瞬間、ガギィィン! という金属音が響き、凄まじい衝撃が弾ける!
僕はハミィから投げ出され、地面に転がった。
なんとか受け身をとって、イーシスにダメージを与えられたのか確認しようと、巻き上がる土煙を闘気で払いのける!
「……やってくれたじゃん」
視界が開けた衝突地点には、剣先が数センチほど突き刺さったハミィをぶら下げて、ほぼ無傷のイーシスが立っていた。
渾身の一撃だったのに……まるでダメージを受けていないのかっ!
「あー、もう最悪……」
ケホケホと咳き込みながら、イーシスはポツリと呟く。
だけど、服や髪が汚れたのが気に入らないのか、その声は恐ろしく重くてテンションが低い。
「もういいや……終わらせよ……」
抑揚なく言葉を漏らし……一瞬で、僕の目の前に移動してくる!
逃げる間もなく、抱き締められるように僕を捕らえると、そのまま彼女は万力のような力で締め上げてきた!
「あ……ぐっ……ああっ……」
メキメキと、全身が軋む。苦しくて、まともに声も出せない……。
「このまま体中の骨、バラバラにしてやんよ」
簡単そうに言うけれど、竜族の力ならばその言葉に偽りはないだろう。間もなく、僕の背骨が砕ける音が聞こえてくる未来が、ありありと脳裏に浮かぶ。
だけど……。
『そこまでだ、イーシス』
「!!」
ハミィの声と共に、僕を捕らえていたイーシスの腕から、わずかに力が抜ける!
その一瞬の隙に、僕は死の抱擁からなんとか抜け出した。
「な……に……?」
訳がわからないといった表情で、イーシスがヨロヨロと数歩下がる。
そして、自分の腕に刺さったままのハミィを睨み付けた。
「この……ナマクラ……何をして……いる」
ハミィを抜こうとしたけど、ビクともしない事に驚愕しながらイーシスが問う。
『イーシス……『暴食』を冠する竜族よ……』
イーシスに向けられる、改まったハミィの声。そして彼女に挑むようにハミィは叫ぶ!
『我が真名『骨食み丸』の名に置いて、どちらが真に食らう者なのか確かめてみようではないかっ!』
そして竜と剣の雄叫びが、山々に響き渡った。




