54 『暴食』の能力
イーシスさん……いや、イーシスの正体を知った僕は、慌てて後方に跳んで距離をとる!
そんな僕を、彼女は小首を傾げて不思議そうに見ていた。
「どしたん? ひょっとして、竜人にビックリした?」
あーしの下僕だから別に怖くないよと笑いながら、イーシスはバンバンと竜人達の背中を叩いてみせる。
「そういう事じゃないんですよ……僕は貴女達の敵ですから」
「敵ぃ……?」
怪訝そうな顔をするイーシスに、僕はハッキリと言い放つ!
「貴女の同僚である七輝竜の一人、『怠惰のウジン』は僕と仲間達が倒しました! そして……戦うと言うのなら、貴女も倒します!」
ちょっとだけ、引いてくれたらいいな……なんて思った僕の宣言を受けて、竜人達とイーシスはキョトンとした表情を浮かべた。
しかし次の瞬間、彼女らは爆笑し始める!
あれ……? もしかして、ウジンを倒したって事、信用されてない?
「ハ、ハッタリにしては、現実感無さすぎっしょ! もうちょうい上手いウソじゃないと、あーしは引っかかんないよ?」
あ、やっぱり信用されてない。
いや、そりゃね? 僕みたいな子供が仲間の力を借りたとはいえ、七輝竜を倒したなんて言っても普通は信用されないよ。実際、止めを刺したのはアルトさんだし。
でも、ウジンが耐久力勝負に持ち込むまでは、それなりにいい勝負が出来てたと思うんだ。
まぁ、今ごろ言っても言い訳臭いのは認めるけど……。
「しかし、この小僧はどこでウジン様の名を知ったのでしょうね」
「さぁな。なんにせよ、七輝竜の名を知ってれば、ハッタリをかませると思うのも無理はないが」
「同じ七輝竜であるイーシス様に対して、ハッタリが通じると思うのは子供の浅知恵だな」
ゲラゲラ笑いながら、竜人達は僕を嘲笑う。
むー、竜人は虐げられているって聞いてたけど、こうもバカにされると少し頭に来るな。
『主様を侮辱すると許さんぞ!』
僕以上に激高したハミィが、竜人達を一喝する!
声の出所に気付き、まさか僕が神器級の魔剣を持っていると思わなかった彼らの顔が驚きに染まった。
「おーっ! さっきの料理セットとか、その剣とかさ! なんか、スゴいの持ってるじゃん!」
そんな中で、驚くどころか感心したように、話しかけてくるイーシス。
「いやぁ、ウジンを倒したってのも、ウソじゃないかもね。つーか、アイツめんどさいから死んでて欲しい」
仮にも仲間だろうに、僕の話が本当なら清々すると彼女には言う。
竜族は個人主義が多いと聞くけど、ここまで仲間意識が薄いものなのか……いや、それとも彼女が特別なのかな?
「ところでさ、あーしから提案があるんだけど」
……うん? いったい、何を言い出すんだろう?
「ジャーン! なんと今なら特別に、あーしの下僕になる権利をあげちゃいまーす♪」
……はい?
「んー、だからぁ! キミはかわいいし、料理も上手いし、けっこー強いっぽいじゃん? だだ殺しちゃうのは勿体ないから、あーしのペットにしたげるって言ってんのよ♪」
なんという、グッドアイデアって感じで彼女は言うけど……いや、無理ですよ? 僕にそんな気はないし。
そう答えると、イーシスは信じられないといった感じで、ショックを受けたみたいだった。
がっくりとうなだれる姿に、ちょっと悪いことをしたような気持ちになってくる。
「ウッソでしょ……あーしが、いっぱい可愛がったげるって言ってんのに……」
「あ、あの小僧はイーシス様の慈悲が、解っていないんですよ!」
「そ、そうです!イーシス様に目をかけてもらえるなんて、これ以上の幸運はないというのに……」
「あんな愚かな小僧の言動など、お気になさらずに」
ちょっとヘコんでるイーシスを励ますように、回りの竜人達が彼女を持ち上げようとする。
だけど、彼女は頭を持ち上げると同時に、刺すような視線を竜人達に向けた!
「んだよ……あーしに、見る目がネェって言ってんの!?」
励ましたはずなのに、イーシスの怒りを買った彼らの顔が目に見えて青ざめる。
完全に八つ当たりなんだけど、竜人達が主の怒りを納めてもらうために取った行動は……。
「あ、あの小僧を捕らえます! そうしてイーシス様の素晴らしさを説けば、きっと貴女様のペットとなれる喜びを悟るでしょう!」
あからさまな胡麻すりなんだけど、イーシスは少し機嫌が良くなったみたいだ。
単純な人だなぁ……。
しかし、竜人達は必死だ。
「大人しく捕まれ、小僧!」
脅しの言葉を口にしながら、三人の竜人が僕に向かって突っ込んで来る。
だから僕は、一番先頭の奴を目掛けて、カウンターの一撃をお見舞いしてやった!
「ごっ!」
短い悲鳴と打撃音を響かせて、突っ込んで来た勢いそのままに吹っ飛ばされる!
そうしてイーシスの足下まで転がると、がっくりと気を失った。
人間の子供が、竜人の戦士を一撃で!
そんなあり得ない展開に、一緒に向かって来た竜人達の足が止まる。
うーん、隙だらけだ。
とりあえず、ぼんやりしている一体を殴り付け、残りの一人も蹴り飛ばす!
まるで計ったようにイーシスの足下へと転がり、並んで倒れる竜人達の姿に、内心ガッツポーズ!
そうして僕は残る七輝竜と正面から向き合った。
「アッハハハ、スゴいスゴい! たかが人間なのに、エルは強いね!」
パチパチと拍手して賞賛を送りながらも、足下の竜人達をコンコンと爪先で蹴っているのを見逃しはしない!
気付けの為か……いや、もしかしたら制裁……なのかな?
「んー、でもなんでそんなに強いのかなぁ? あーし達の奴隷にも人間はいたけど、かなり雑魚かったけどなぁ?」
まさか勇者の子孫だから……なんて言えるわけもないし、ここは無視で。
シカトすんなよなー! なんてイーシスは言ってくるけど、向こうのペースに乗らないように、僕は緊張しながら魔剣を鞘から抜き放つ。
竜人だけが相手なら素手でも対応できたけど、本物の竜族相手じゃ手加減なんかできるはずない。
「あーあ、悲しいなぁ。なんでそんなに抵抗するかな」
こいつらは役に立たないし……とぼやきながら、またも爪先で竜人達を蹴る。
やっぱり制裁だったみたいだ。
「はぁ……しゃーない。役に立つようにするか」
そう呟くと、イーシスはおもむろに倒れている竜人の一人を選んで胸ぐらを掴み、自身よりも大きいその体躯を軽々と持ち上げる。
そうして僕の方を見ながらにんまりと笑みを浮かべた。
「あーしってさ、こういう事もできんのよねー♪」
まるで、見せびらかすみたいにそう告げたイーシスの細い右手が、一瞬で頑強な手甲みたいに変化する!
そして鋭い爪の付いた指先を、持ち上げていた竜人の胸に突き立てた!
「がぼっ!」
血を吐きながら湿り気の混じる声を上げて、ビクビクと彼の体が痙攣する!
だけどイーシスは意にも返さず、突き立てた右腕をゆっくりと抜いた。
その手にしていたのは……いまだ脈打つ、竜人の心臓!
「あーん♪」
可愛らしい声とは裏腹に、顔の骨格よりも大きく裂けた口を開けて、イーシスはその心臓を一呑みにしてしまう。
アンバランスな彼女の造形に、ゾクリと背中に悪寒が走った。
「んで……」
イーシスがパッと手を離すと、弛緩していてた竜人の死体がしっかりと地面に立ち、虚ろな表情の張り付く顔を僕に向けた。
え? なんで!?
胸に大穴が開き、明らかに死んでいるのに彼は倒れる事なくしっかりと立っている。
「びっくりした?」
僕の反応を楽しむみたいに、イーシスがクスクスと笑う。
「あーしに心臓を奪われるとさ、めっちゃ従順なお人形になってくれるんだよねー♪」
「はい……イーシスさま……」
彼女の言葉を肯定する竜人。
完全に棒読みで無表情なその姿は、確かに人形と呼ぶに相応しい。
て言うか、アンデッドだ、これ!
そんな風に僕が戸惑っていると、イーシスは残り二人の竜人にも同じように胸への一撃を加える!
そしてえぐり取った心臓をペロリと平らげた。
「おーし、これで準備かんりょー! あんたらエルを押さえつけなさい!」
「はい……イーシスさま……」
起き上がった竜人達も、やはり人形みたいに棒読みで返事をする。
そして僕に向かって駆け出して来た!
速い!
アンデッドっぽい雰囲気とは真逆で、生きてる時と変わらぬ速さで彼等は僕に迫る!
くっ! さっきは竜人の大変な境遇を知っていたから手加減したけど、今のゾンビみたいな彼等相手に手は抜けない。
伸ばして来た一人の腕を、ハミィを一閃させて斬り落とす!
だけど、そんな自分のダメージなど全く無視して、竜人達は体当たりをしてきた。
直撃は避けたけど、体勢を崩したところに他の二人が殺到してくる。
「くそっ!」
捕まったら、体格差で押し込まれるかもしれない。
僕は反撃を諦めて、回避に専念して掴みかかってくる回避に竜人の体をかわす!
それでも全く戸惑う事なく、絶妙なコンビネーションで次々と彼等は襲いかかってきた。
「あーしの人形は、アンデッドなんかと違って活きがいいからねー。いつまで、逃げられるかにゃあ?」
おどけたように言うイーシスだったけど、すぐにテンションが下がったみたいにため息を吐く。
ほんとに、コロコロと様子が変わる人だ。
「あーしってばさ、人間自体はどーでもいいけど、そのファッションとかは好きなんだよね」
え?……急に何を言ってるの?
なんでいきなりそんな話をするのか、必死に避けている最中ながらも、つい耳を傾けてしまう。
「もとの姿だとオシャレ出来ないから、ほとんど人化の魔法で人型になってんの。この姿だと服とかアクセとか色々選べていいよねー♪」
そう言いながら、手甲のように変化した……多分、元の姿になったであろう自分の手を見て、チェッと舌打ちした。
またネイルしなおさなきゃ……とか言ってるけど……ううん、結局何が言いたいんだろう?
いまだ話の見えない彼女の言動は、ひょっとして僕の集中を乱す為の作戦か!?
「まー、何が言いたいかっつーとさ、エルがあーしの人形になったら可愛く装飾ったげるから安心してねってこと」
なんじゃ、そりゃ! 思わず心の中でツッコんでしまった!
が、それが一瞬の隙になる。
その隙に、左右から両腕に掴みかかられ、動きが止まったところにタックルを食らってしまった!
体重差がありすぎる僕は倒れ込んでしまい、その上に竜人達は覆い被さってくる!
「し、しまった……」
慌ててもがいたけれど、屍人形となって自身の肉体が壊れるくらいに、ガッチリと締め付けてくる竜人達を、払いのけるには時間がかかりそうだ。
そんな僕と命令を遂行した竜人に満足して、イーシスは再びにんまりと笑みを浮かべる。
「あはぁ♪ やっと大人しくなった。あ・と・はぁ~っ」
鼻歌混じりで近づいてくるイーシス。
まだ竜人の血がまとわり付いた右手を振りかざして……
「エルの心臓、いっただきぃ♪」
僕の胸めがけて、その手を振り下ろした!




