51 お爺ちゃん、それはダメでしょう
「……つまり魔界の情勢が不安定になりつつあるから、先に『勇者』を押し立てて自分達の功績と先見性をアピールしたかったと」
僕の目の前で正座する五人の長老達から聞いた言葉を、確認するように繰り返してみた。
「事が起こる前に手を打つのが、デキる軍師スタイルだし……」
ポツリと漏らした言い訳めいた言葉に、ハミィがため息を漏らす。
『なんとも情けない。自らのが前線に立つと言うならまだ解るが、主様達のような少年を前に押し出すとは……』
そんなハミィの言葉にムッとしたのか、厳つい長老が反論してきた。
「行けるならば、ワシらが行くわい! しかし、一族の中でも最強と言われる、アルリディオとチャルフィオナが立ってくれれば、その方が成功率はあがるじゃろうが」
「適材適所……それを見極めるのも、デキる軍師スタイルよ」
得意気に、長老リーダーが補足する。
もう、さっきから軍師軍師って……特にすごい作戦を立ててる訳でもないじゃないか。
呆れ顔の僕を見て、長老達がヒソヒソと話し合う。
「おかしいのぅ……若い者には軍師キャラが受けるんじゃなかったか?」
「予定では『お爺ちゃん達すご~い!』ってなるはずじゃったんだが……」
ならないよ! 軍師キャラも自称してるだけだし!
「ま、まぁ待て!ワシらとて無理難題を押し付けるだけのつもりはないぞ? これを見よ!」
これが奥の手だと言わんばかりに、僕の目の前に宝箱が三つ並べられた。
これはいったい……。
「フフフ……これこそ初代様が使っておられた、伝説の武具……」
何処からともなく、ドラムロールの音が鳴り響いてくる。こういう演出するのが、好きだなぁ……。
さっき間違えたって言ってた「中年女性の笑い声」といい、効果音みたいのを予め用意していたんだろうか?
そんな風に気を取られていると、ジャン!という締めの音と供にドラムロールが止んだ。
そうして開かれた宝箱の中には……。
「説明しよう! まずは宝箱その一、『超神剣・没遮欄』!」
右端の宝箱から、神々しいオーラを纏った一振りの剣が姿を現す。
「空を斬り、大地を割り、海を裂く! 鬼に会いては鬼を斬り、神に会いては神を斬る! 全てを斬り裂く鋭さは、その名に相応しく遮るもの無し!」
熱く解説するのはいいけど、それじゃまるで血に餓え魔剣みたいなんですけど……。
あと、「ドドドドド」って擬音が聞こえてきそうな、捻れたポーズはなんなんだろう……。
「続いて宝箱その二!『超聖鎧・玉麒麟』!」
真ん中の宝箱から、どうやって入れてあったの? って聞きたくなるような立派な鎧が浮かび上がってきた。
「あらゆる物理、魔法攻撃を無効化し、さらには毒や麻痺からも身を守る優れ物! 若干、重量があるのはご愛敬じゃ!」
またも捻れるようなポーズを付けながら、鎧の説明をしてくる。
だけど、その奇妙なポーズが気になってあんまり説明が入って来ないよ……。
「ラスト、宝箱その三!『究極・調理道具』!」
最後に残った左端の宝箱からは、手のひらサイズの小さな箱のような物が現れる。
「いつでもどこでも魔法空間を形成し、万全の調理場で料理が出来る! 食材を保存出来る魔法冷蔵庫のおまけ付きである!」
これには、奇妙なポーズはついていなかった。
長老達があまりオススメしてないのが、逆に解りやすい。
「さぁ、エルトニクス。お主が持って行けるのは一つだけ……どれを選ぶ?」
そんな事を言われたら、選ぶのは一つしかない。
「三番の『究極・調理道具』で」
「そうか、そうか。調理道具……って、オイッ!」
僕の返答に、会心のツッコミか決まった……って感じで、恍惚の笑みを浮かべる長老リーダー。
そして、一つ咳払いをするともう一度、同じ質問をしてきた。
「いやいや、よく考えるんじゃよ? 武器と防具……どっちを持っていく?」
「三番の『究極・調理道具』で!」
選択肢から消されても、僕の答えは変わらない。
「うむ、そうじゃろう。調理道具……って、オイオイオイ!」
今度は長老達全員がツッコんできた。
そうしてどこか満足気な老人達は、一斉に口を開く!
「オイこら、素晴らしい武器や防具を前にして調理道具を選ぶとは、どういう了見だ!」
「まぁ、なんちゅうか可愛らしいのは外見だけじゃないかということか?」
「あの暴れん坊達の息子とは思えんな、女々しいことよ」
「キィッ! こんな連中に好き勝手言わせないで、なんとか言ってやりなさいよっ!」
なんで僕が女々しいと言われて、曾祖父がオネェ言葉になるのさ……。
まぁ、色々と言ってくれるけど、武器を選ばない理由は簡単なことだ。
剣ならハミィがいるし、これから僕達が修得しようとしている空中殺法には、重量のある鎧は邪魔くさい。それ以前にサイズが合わなさそうだしね。
だったら鋭気を養う為にも(あとアルトさんに美味しいご飯を食べてもらう為にも)、究極・調理道具が一番いい。
「かぁ~っ! これらは元々お主が使うことを想定しておらんわ!」
「そうじゃ。アルリディオかチャルフィオナに届けてくれりゃあいい!」
「大体、子供には危なすぎるわい」
口々に言うけど、そんな危ない物を子供に預けないでほしい。
しかし、これはまいったな。
どうやら長老達は、父さんや母さんを今の勇者として立てるのを諦めていない。
二人が今のところ行方不明な事を、どう誤魔化すか……。
──なんだか面倒になってきた。
こうなったら、僕達の現状を話してしまった方が、いっそすっきりするかもしれない。それにこれ以上、権力者を煽ったりしなくなるかも……。
うん、そうだ。そうしよう!
「あの、実はですね……」
わいわい騒ぐ老人達に、僕達が巻き込まれている今の現状を説明する。すると長老達の顔色はみるみる変わっていった……。
──そうして話を聞き終えた彼等は、ゴクリと喉を鳴らしてから重いため息を吐く。
皆が皆、神妙な面持ちの中で、曾祖父一人だけが妙に調子にのっていた。
「ヘイヘイ、どうじゃ! ワシの孫一家はスゲーじゃろうが!」
うん、喜んでくれるのはいいけど、あんまり調子には乗らないで欲しいな。恥ずかしいから。
「まさか、ワシらの預かり知らぬ戦況で、お主らがそんなに深く関わっておるとは……」
軍師を気取るには、情報収集の能力が低かった事を痛感したのか、長老達はズンと落ち込んでいた。
でもまぁ、これで変に暗躍しようとはしなくなるだろう。
まったく、勇者を立てようとしたり、初代様の装備を持ち出したり、一歩間違えれば大変なことになる所だった。
それにしても……。
「よく他の勇者の子孫が賛成しましたね」
僕がそんな素朴な疑問を口にした瞬間、長老達の表情が固まる!
えっ? まさか……。
「いや、その……皆にはまだ何も言っておらんのじゃ……」
「!!」
てへペロでやんすって感じで舌を出す長老達に、僕は空いた口がふさがらない。
いくら最高決定権があるからって、独断でそんな事をしていい訳がないっ!
「だ、だってアルリディオとチャルフィオナが受けてくれれば、誰も文句なんぞ言わんと思ったんじゃあ!」
確かに父さん達は一族で最強とか言われてるけど、そんな皮算用で独断専行していい訳がないじゃないかっ!
なんでそんな真似を……。
「ま、孫達にスゲーって言われたくて……」
ポッと顔を赤らめて、老人達は言う。
またも呆れた僕に、長老達は最近の身内からの扱いに対する愚痴を溢す。
……もう、何にも言えないよ。
あー、これはちゃんと皆に叱ってもらわないといけないね。
「か、勘弁してくれぇ!」
「ラナルディオあたりにバレたら、めちゃめちゃ痛くされてしまうんじゃあ!」
怯えた長老達が一斉にすがり付いてくるけど、ここは心を鬼にしなくてはならない。
またバカみたいな呼び出しとか食らったらいやだし。
ルディさんに報告すべく、老人達を振りほどこうとしていると、急に部屋の扉が開かれた!
「おーい、エル。ご飯だよー。ついでにじいちゃん達も……って、なにやってんの?」
扉を開けて顔を覗かせたルディさんが、長老達にしがみ付かれる僕を見て首をかしげた。
ああ、ちょうどよかった。長老達は必死で僕に黙っておくよう、ジェスチャーを送ってくるが……諦めて怒られてね。
そうして僕は、ここに呼び出されてからの経緯をルディさんに語った。
「……じいちゃん達はさぁ、やって良いことと悪いことの区別がつかない人?」
張り付いたような笑みで、ルディさんが長老達に向かって静かに問い掛ける。
でも、その目はまったく笑っていない。そんな様子から、かなり怒っているのが伺えた。
仁王立ちになるルディさんに、老人達は怯えすくんでいる。
「エル……あんたは向こうでご飯を食べてきなさい。私はじいちゃん達と話す事があるから」
そう言われた途端に、長老達の震えがいっそう激しくなった。
行かないでと僕に視線を向けてくるけど、間に入ったルディさんがそれを遮る。
「皆を面倒に巻き込もうとしたり、初代様の武具を持ち出したり……」
つぶやくルディさんの額に、ビシリと青筋が走る!
「これはよーく話し合わないといけないわね……大丈夫、回復魔法は使えるから」
話し合いにどうして回復魔法が……といった思いは口に出さずに、僕は言われた通り部屋を出ていく。
扉を閉める前にして悲鳴的な物が聞こえた気がしたけど……どうか長老達には、しっかりと反省して欲しい。
そんな思いを込めつつ、閉ざされた扉の向こう側で起こっているであろう惨劇を想像して、僕は手を合わせるのだった。




