50 長老達の思惑
「よう来たな、エルトニクス。まぁ、菓子でも食うとええ」
にこやかに僕の曾祖父(父さんとルディさんの祖父)にあたる長老の一人が、テーブルにあった菓子を進めてくる。
うう……だけど、僕はこの妙に甘ったるい、ゼリーとも羊羮ともつかないカラフルな菓子が苦手なんだよな……。
どこで売ってるのか知らないけれど、大概のお年寄りの家にあるのが不思議だ。
「と、とりあえず、話を先にしてもらっていいですか?」
僕がそう促すと、せっかちじゃのうなんて言いながら、ある事に気づいたように辺りを見回す。
「おい、アルリディオとチャルフィオナはどうした?」
まさか僕一人で来ていたとは思ってなかったのだろう、薄くなった頭と太い眉毛が特徴の厳つい長老が、不思議そうに首を傾げて聞いてきた。
そんな彼等に、ルディさんに言ったのと同じ説明をすると、あからさまに残念そうな顔つきになっていく。
「うーん、エルトニクスだけではなぁ……」
「アルリディオとチャルフィオナがおらんのでは話にならんぞ……」
ヒソヒソと話し合う長老達の間から漏れてくる声に、少しだけ期待が膨らむ。何故なら、面倒な用件を突き付けられる可能性が減りそうだからだ。
僕は僕でやることが沢山あるんだから、なるべくなら面倒な案件は背負いたくない。
このまま、しょーがないやねって感じで話が流れてくれないかな……そんな風に思っていた時、長老の一人が「ムッ!」と声を上げた!
「感じる……感じるぞ! 勇者以外の強い魔力をな!」
そう言った立派な髭を生やした長老の目線が、僕の腰に下げられたハミィに注がれる!
『……さすがは、老いても勇者の一族だな』
誤魔化しきれないと判断したのか、ハミィが声を出した。
「ほぅ、生きた剣とは……」
ハミィの存在に、髭の長老は不敵な笑み浮かべる。
神器級の存在に物怖じしないのは、ハミィじゃなくてもさすがと感心してしまう。
なんて思っていたら、突然ハッとした表情になり、次いで少し怯えた顔つきへとくるくると表情が変っていく。
え? 突然、どうしたの?
「ま、待てよ……エ、エルトニクス、その剣はどうしたのじゃ?」
恐る恐る聞いてくる髭の長老に、母さんからもらったと答えた。
その瞬間、老人達が腰を抜かして後ずさる!
「あ、あかん! あの剣はあれや、『肉切り包丁骨食み丸』やぁ!」
「ひ、ひいぃ!勘弁してくれぇ!」
「おそろしや、おそろしや」
唐突な態度の変化に、こちらも面食らってしまう。何をそんなに怯えているんだろう?
「お、お前、その剣はアレじゃ、強力な魔剣じゃぞ!」
うん、知ってる。
「持ち主を乗っ取ろうとする邪剣、かの初代様も扱いきれずにいくつかの能力を封じおくしかなかったいう、いわく付きの代物じゃ!」
「でも……そんな事は、もうしないよね?」
『しません』
ね、ハミィもしないって言ってるよ?
「魔剣の言うことを鵜呑みにするでない!」
まぁ、そう言われればそうだけど、ハミィなら大丈夫だよ。
根拠なく(僕的にはあるけど)言い切る僕に、長老は諦めたようなため息を一つ吐いた。
でも、装備した人を乗っ取ろうとするのは知ってたけど、他にも能力があってそれを封印されてるのは知らなかった。
「そうなの、ハミィ?」
『確かに。今、我の能力は主様の闘気を得て、それを応用する「闘気操作」くらいです』
「へぇ……他にも能力があるんだ。すごいね、ハミィ」
『いえいえ、それほどでも……』
誉める僕に、照れるハミィ。そんな僕らのやり取りを、長老達は「なに言ってんの、この子ら… 」といった顔つきで眺めていた。
「と、とにかくエルトニクスよ、その魔剣はお主の為にもならん。はよう再封印すべきじゃ」
長老達の紅一点(?)、お婆ちゃん長老がそう提言すると、他の長老達も賛成とばかりに頷いた。
そんな彼等に、僕はムッとしてしまう!
「なんですか、さっきから! ハミィは僕の相棒です、悪く言わないで下さい!」
「い、いや……ワシらはお前の身を案じて……」
それは解るけど、一方的にハミィを悪者扱いするのには我慢がならない。
一緒に戦場を潜り抜けてきた仲なんだ、ハミィへの悪口は僕への悪口も同然だよ!
そんな風にプンプンと憤慨する僕の様子を見ていた、長老達の纏め役……長老リーダーが他の長老達を「まぁまぁ……」宥めた。
「見れば侵食されることもなく、エルトニクスは魔剣と主従関係を作れている様子……ならば、初代様も御しきれなかった剣を手なずけた者として、ワシらの求める人材にちょうどいい」
ん? なんだろう……悪い予感がする。
内心、嫌なものを感じている僕の目の前で、長老達は何やらヒソヒソと相談しあい、頷き合うと、僕の前で横一列に並んだ。
そして長老リーダーがパチンと指を鳴らすと、室内が一瞬で真っ暗となる!
「今~世界には~未曾有の危機が迫っている~」
突然の事態に戸惑う僕の耳に、唄うような声が届く。
「魔界は再び強者が世を乱し~」
「人間は怯え震える~」
唐突になんなの、ミュージカルなの!?
長老達は代わる代わる台詞を繋いで現状を訴える。
ポカンとしている僕を尻目に、どんどん話は進んで行く。最後に「立て、この世代の勇者よー!」と力強く全員で声を合わせて締めてきた。
と、同時に何処からともなく「アハハハ!」と大勢の中年女性が爆笑するような声が響き、思わずビクリとしてしまった。
「あ、いかん……効果音、間違えた……」
「何をやっとる、きっちりと締まらんではないかっ!」
「暗いんじゃから仕方がないじゃろうが!」
長老の二人が揉めはじめて、他の長老がそれを諫める。
もう、グダグダじゃないか……。
「……あー、そんな訳だ。理解してもらえたか、エルトニクス?」
室内に明かりが戻り、長老リーダーにそう問われた。
けれど、ごめんなさい。何一つ頭に入って来ませんでした。
「……やはりミュージカル形式はエルトニクスには早すぎたか?」
「紙芝居の方が良かったかのう……」
いや、そういう事ではないです。
普通でいいよ! 普通に説明して!?
「いや、神々しさとか演出しないといかんじゃろ! 何せ新たな勇者の登場じゃぞ!」
その演出が足を引っ張って……うん?
新たな勇者?
ほんとに長老達の言葉が頭に入ってなかった僕は、思わず問い返す。
「そう……今、魔界で何やらゴタゴタが生じておるのを、ワシらはつかんでおる」
フッフッフッ……と含み笑いを漏らしながら髭の長老がドヤ顔をして見せる。
どうしよう……すごい得意気で、割りと僕らは渦中にいますと言いづらい。
「内容まではよく解っておらんが、その揉め事の余波は人間界に飛び火してもおかしくはない」
そうだね。
実際、それを警戒して情報を集めてるトーナン様みたいな人もいるし、漁夫の利を狙う不届き者もいるみたいだ。
「そこでワシらは一部の貴族と話をつけた! 魔界が纏まる前に、こちらから打って出て出るべきだと!」
ちょっと待って! ねぇ、それって……。
「魔界に勢力を広げる目的もあるだろうが、かなりの貴族がワシらの提案にのってくれたよ……」
フフフ……と不敵に笑う長老達。って、笑い事じゃないよ!
不届き者を唆す、謎の黒幕は身内でした!
「な、何を考えてるんですかっ!」
思わず立ち上がった僕を落ち着かせようと、長老達はまぁまぁと宥めてくる。
「大丈夫じゃよう、『勇者の血筋』というのは隠してあるから」
そっちじゃないよ! なんで戦いを煽るような真似をしてるのさ!
「ひ、人の世に禍が降りかかりそうになったら、立ち上がるのが勇者の使命だし……」
プイッと目をそらして、モゴモゴと含むように厳つい長老が言う。
その歯に物が挟まったような言い方に納得できなかった僕は、長老達の中で唯一の肉親である曾祖父にジッと視線を向ける。
何か裏があるなら話してね……そんな念を込めた僕の視線に沈黙し、目をそらす曾祖父。
その態度に「はぁ……」と僕が小さく漏らした、残念そうなため息の音を聞き、曾祖父はガックリと膝から崩れ落ちた!
「すまなんだーっ! 勇者の使命とかあんまり関係ないんじゃー!」
「こ、こら! 何を言っておるか、お主はっ!」
突然、涙ながらに訴え始めた曾祖父を、他の長老達が焦ったように止めようとする。
「だってワシ、曾孫に嫌われたくないぃ!」
「だからと言って、ここでバラしたらワシらの計画が……」
そこまで言って、ハッとしたように髭の長老が自らの口をふさいだ。
「へぇ……」
『聞かせてもらおうか、その計画とやらを……』
僕とハミィの冷たい声に、長老達は「エヘヘ……」とひきつった笑いを浮かべていた。




