49 到着、勇者の子孫村
小さな農村で宿屋代わりに馬小屋で一泊した僕達は、好意で用意してくれた朝食をいただいて、村を後にした。
僕みたいな子供の一人旅にも驚いたみたいだったけど、何より娯楽の少ない所だったので、僕の旅の体験談(もちろん所々伏せてはいるけど)はとても楽しんで貰えたみたいだ。
「好い人達だったね、お弁当まで持たせてくれたよ」
『主様の支払った金額故でしょう。そのくらいのサービスはあって然るべきです』
んもう、ハミィはすぐそういう事を言う。そりゃ、確かに謝礼くらいのお金は渡したけどさ。
ハミィの現実的な所は経験の浅い僕にとってありがたいけど、もう少し情緒ってものを解ってほしいな。
やっぱり寝床で好きな人の名前を言い合ったりした方がよかったかもしれない。
そういう旅の夜あるあるみたいな物は、我には必要無いと思いますなんてハミィは言う。
その割には僕が女装させられた時には口調を合わせてくれたりするし、僕が侮られると怒ったりもするから、ノリが悪いわけではないんだろうけど。
『主様の為なら怒りもしますし、付き合いもします。が、他の事については冷静に物を判断しませんと』
アルト殿もおりませんしね、と最後に一言。
うう……アルトさんに色々と気を使わせてるのは解ってるよ。だから面と向かって僕の気持ちを口に出来ないんだから……。
アルトさんみたいな大人の女性から見たら、僕なんかは保護対象にしかならないんだろうなぁ……。
『ならいっそ、リーシャ殿に乗り換えますか?』
う……それは……出来ないよ。
何て言うか、自分の気持ちにちゃんとけじめをつけなきゃ、アルトさんにもお姉ちゃんにも失礼だと思う。
そんな事を話ながら、辺りに人気が無い事を確認する。
「よし、じゃあ行こうか」
『はい。いつでもどうぞ』
軽く声を交わすと、再び僕達は大空に舞い上がり、目的地を目指して飛んでいった。
「──だからさ、こうやって上空から急降下するみたいに攻撃出来れば、すごく強力だと思うんだ」
『不意打ちにしろ回避行動にしろ、今の我々のスタイルはとても優れていると思いますよ』
飛び立ってからしばらくの間、僕達はこの空を飛べるという情況を利用した攻撃手段について話し合っていた。
魔法で宙に浮くというのは聞いた事があるけれど、自在に空を飛ぶっていうのは聞いた事がない。と、いうことは、有利になる上を常に取れる今の僕達は、ある意味どの戦士よりも優勢だ。
だからこれを利用した新しい攻撃スタイルを身に付けられれば、これはもう相当なパワーアップと言っていいと思う。アルトさんに大きな事を言った分は賄えてるに違いない!
ただ、ハミィが言ってたようなムキムキのタフガイにはなりそうにないけど。
そうなったら我がアルト殿に怒られます……何て言うハミィと笑い合う。
ただ……
「でもさ……何て言うか、『剣』としてこういう使われ方をするのにハミィは不本意だったりしないの?」
僕がそう魔剣に聞くと、彼?は事も無げに答える。
『特に不満はありません。上手く効率的に使ってもらい、主様のお役にたつのが我の望みです故』
まぁ、愛着を持って末永く使用してもらえれば幸いですが……そんな風にハミィは締めくくった。
やっぱり剣であるハミィからすれば、使ってもらえることが嬉しいらしい。
この道中に聞いたハミィの人生(?)では、彼が戦場で戦ったのはほんの数回しかないと言っていた。
魔剣として強すぎたハミィは、初代勇者によって封印を施されて殆ど死蔵されていたそうで、いま僕と一緒に戦えるのがとても嬉しいらしい。
……うん、ファーストコンタクトでへし折ろうとしてごめんね。
『いえいえ、あれは我が主様を乗っ取ろうとしたから……』
「いやいや、僕も良い包丁が欲しかったから……」
そんな風に、お互い初対面の時を思い出してまた笑いあい、僕達は絆が深まるのを感じていた。
アルトさん達との旅も楽しいけど、男同士の旅ってこういう異性には話しづらい連帯感が生まれるのがいいよね。
そんな感じで、僕達は新しい戦闘スタイルとかを色々と画策しながら進み、夕方前には目的の場所であるブレフの村があるマブクラ山脈へと到着した。
トーナン様が納めるメルゼルン地方と、隣接するダンヤード地方の境に横たわるこのマブクラ山脈。ここにはいくつかの村が点在していて、それらは一本の道で繋がれている。
危険なモンスターや山賊なんかも出没する地域ではあるけれど、それでも二つの地方を繋ぐ唯一の陸路だから人の往来は結構多い。
のんきに飛んでいる所を見られて目立つのは嫌なので、なるべく人目の無い、それでいてブレフの村にほど近い道から、少し外れた森の中に僕達は着地した。
ハミィを鞘に納め、ちょっと用をたしてきましたと言わんばかりになに食わぬ顔で主要道へと戻っていく。
あとはブレフの村まで徒歩で数十分といった所かな……面倒な山道もだいぶショートカットできたし、やっぱり空を飛ぶってすごいな。
『主様の発想の勝利ですな』
いやぁ、ハミィの闘気噴出能力があってこそだよ。
僅か一日半で、さらに主従の絆が深まった僕達は素直にお互いを認めあう。
……でも、アルトさんに見られたら、なんで剣とイチャイチャしてるのだってツッコまれそうだな……。
そうやって三十分ほど歩いて僕達は、目的地であるブレフの村にたどり着いた。
初代勇者の生誕の地ではあるけれど、それは特に宣伝していない。だけどマブクラ山脈を越えるために行き来する行商人達の休憩場所として、この村はそこそこ賑わっている。
所々に露店なんかも出ていて、練り歩く人達の顔は明るい。
(意外に栄えていますね)
会話してると独り言を言ってるみたいだから、声に出さなくていいようにハミィが念話で語りかけてきた。
そうだね。ここはもう少し山奥から温泉も引いているから、それなりに泊まり客も多いんだ。
(なるほど……して、ここの村民は、皆が勇者の血を引く者達なのですか?)
まぁ、三分の一くらいはそうかな?
考えてみれば結構な数だなぁ。
僕ら勇者の一族は権力者から利用され、戦いの道具になるのを防ぐ為に力を隠して生きている。
だから、この村にいる子孫の数が知られたら大変な事になるかもしれない。
でもまぁ、さっきも言ったけど勇者うんぬんは大々的に宣伝している訳でもないし、バレることはないだろうけど。
とにかく、僕を呼び出した長老達の所に行ってみよう。
いくつかある宿泊施設、その中でも村の一番奥まった場所にある酒場を兼ねた宿屋「勇者亭」。すごく、そのまんまな名前だ。
一見、通好みの静かな宿だけど、勇者の一族のみで経営されているという裏の顔を持っている場所だ。
正面玄関から入ると、受付にいた人物が「いらっしゃ……」と声を掛けようとして動きが止まる。
「あれー、エルじゃない! ひさしぶりね」
そういって声を掛けてきた女性に、僕も挨拶を返した。
「ひさしぶりです、おば……」
「さん」と続けようとした所で、一瞬で間合いを詰めた彼女に顔面を鷲掴みにされて口を封じられてしまう!
「ルディさん、もしくはお姉さん……でしょ?」
にっこりと顔では笑いながらも、目が笑ってない彼女に
僕は同意して頷く素振りをした。
よろしいと言って手を離したこの人は、ラナルディオさん。
父さんの姉で、僕にとっては叔母にあたる人だ。
でも「おばさん」と呼ばれる事をとても嫌がる為、先に言われた呼び方以外だと少し怖い事になってしまう。
「よく来たわね、例の呼び出しでしょ?」
勇者の一族、全てに発信された長老部の呼び掛けは、この村で暮らしているルディさん達にも当たり前だけど届いている。
だから突然、僕が現れても驚きは無いのだろう。
「で、弟と義妹はどうしたの? もしかして、あんた一人を先にいかせてデート気分?」
うーん、父さん達ならやりそう。
「父さんと母さんは……」
さて、なんて言って誤魔化そうか……。
まさか「魔界で暴れてるかもしれません」なんて言えるはずもない。
んん……とりあえずはトーナン様の名前を借りよう!
ある程度は事情を知ってるし、お姉ちゃんもいるから何かあったら口裏を合わせてくれると思う。
「……ふうん、領主からの仕事の依頼ね。あの魔法薬オタクと怪獣娘に随分な大役じゃない」
ルディさんの歯に衣着せぬ物言いに、僕も苦笑いをするしかない。
「そんな訳で、僕だけで来ました。他の人達は集まっているんですか?」
そう尋ねると、ルディさんはケラケラ笑って誰も集まりゃしないわよと答えた。
「特に今回はあんたらが名指しだったからね。村に住んでる一族の連中だって自分の仕事優先よ」
ええ……なんかズルい。
「ま、年寄りの暇潰しに付き合うと思って話を聞いてあげな」
なんなら小遣いくらいねだるといいよと、ルディさんは僕の頭を撫でた。
んもう、そこまで子供じゃないよ。
「じいちゃん達はいつもの場所にいるからさ。夕飯は美味しいものを作ってあげるから、早めに用件を聞いてくるといいよ」
はぁいと答えてルディさんに手を振り、僕は建物の奥へと向かった。
『主様の叔母御は中々の手練れのようですね』
人気の無い所で、さっきのやり取りを静観していたハミィが話しかけてきた。
「うん。ここの村に住んでる一族の人は、近隣のモンスター退治もやってるからね」
街道があるとはいえ、点在していてしている村々の全てに警護の人員がいるわけではない。だから、一族の人達は護衛の仕事なんかも受けて副収入を得たりしている。
もちろん、勇者の子孫だから……ではなく、元冒険者という肩書きでだけど。
近いからすぐに来てくれるし、報酬額もそれほど高くないから安定した依頼があるらしい。
「まぁ、オーガやゴブリンくらいなら、ある程度群れててもおば……ルディさんで一人で蹴散らせるくらいには強いよ」
ほう、と感心したように答えて、ハミィは口を閉ざした。
考え事をしている為でもあるし、僕が目的の部屋に着いた為でもある。
従業員以外立ち入り禁止と書かれた扉。
「失礼します。エルトニクスです」
僕はその扉をノックしながら、中にいる人達に声を掛けた。すると、中からどうぞと返事が返ってくる。
扉を開けて部屋に入ると、一瞬だけ物置のような室内が目に移る。
しかし、パチリという何かが弾けるような音とともに、室内の景色は一転した。
普通の人には、先に見えた物置。だけど勇者の子孫はこの場合に転移させられる。
そこは明らかにこの建物には納まりきらない程の広大な大部屋。
さらにその壁一面が本棚になっていて、無数の本が陳列されている。
他にも博物館のように展示されている武器や防具があり、それらは全て初代勇者から今に至るまで、一族の人達が入手してきた物だ。
「よくきたな、エルトニクス」
その部屋の中で、まるで陳列物と同じように風景の一部になっていた人達から声が掛かる。
室内にいた五人の老人。
彼らこそ、一族の最高決定権を持つ長老部の面々だった。




