48 王女のツッコミ、少年の開放
ひとまず、これで人間界で動ける人材と、魔界で竜族の動向を探る事ができそうだ。
そうなれば戦略の幅が広がり、人知れず妾達の有利に事を運べるだろう。
「アルトニエル殿、時間があればその……アマゾネス・エルフの集落で保護されているという竜人達にも会ってみたいのだが」
うっ……それは……。
妾はチラリとカートに目配せして、大丈夫なのか確認してみる。
するとカートは、大きく頷いて胸を張った。
「『緑の帯』内にある我らが集落は、そうそうたどり着ける場所ではありません。いかな竜族の追手が来ても大丈夫でしょう」
自信満々な彼女の言葉に、慶一郎は頼もしいなと安心した顔をしていた。
いや、妾が大丈夫かなと心配したのは、あのアマゾネス・エルフの事だから、竜人達が搾り取られて干からびたりとかしてないだろうなって事だったのだが……。
あ! そういえばもう一つ気になる事があった。
「カートよ。『緑の帯』にも竜種が生息していたが、そやつらを通じて竜族の手が伸びる事は無いであろうな?」
「はい。『緑の帯』の竜は、魔界の竜族とは違って群れをなす事がありません」
ほう、そうなのか。
「ほとんどが個別に活動していて、せいぜい親子単位でしか徒党を組みませんね。仮に魔界の竜族が接触しても、外敵とみなされるだけでしょう」
しかも社会性が無いから言葉も使わないとカートが補足する。
ふむ、それならちょっと狂暴な野性動物と変わらないな。
魔法を使う知能はあるが、コミュニケーションを取る知性は無いのは、ちょっと意外だったが?
だが、それならば確かに問題は無さそうだ。
よし……着々とこちらの準備は整って来ている。
あとは修業を終えたエルが帰ってくるのを待つばかりだな!
くふふ、覚悟しろよエル。戻ってきたらいっぱいハグしてやるぞ。
「ふむ……虎二郎と三郎を、一撃でのしたという少年ですな」
一度会ってみたいものですと、慶一郎が呟いく。
「はは、俺達は情けない所を見せてしまったが、兄者ならば一矢報いるかもしれないな」
「そうだぜ、リュウの兄貴ならやれるに決まってる!」
慶一郎によほどの信頼を置いているのか、虎二郎と三郎は彼を持ち上げるように盛り上がってみせる。
それにムッとしたのは、カートとリーシャだった。
「エル様は今、更に強くなるために修業中です。お二方を倒した時とは比べ物にならないでしょうね」
「そうですわ! 修業を終えたエルに殴られたら、きっとお腹に穴が開いて内臓が口から飛び出す事でしょう!」
一応、貴族の令嬢なのにグロい事を言うな、リーシャは……。
だが、そんな二人の矛先が、流れを静観していた妾に向けられる。
なにか言ってやって下さいよと言わんばかりのリーシャ達に、悠然たる笑みを浮かべて妾は一言。
「なに、エルならば妾の期待を裏切ることはない。戻ってくれば、三兄弟も気付くであろうよ」
そう言ってやると、二人は感嘆の息を漏らした。
「なんという自信と信頼……さすがです、アルト様。略してさす様ですわ!」
なんで略した!? あと、『アルトニエル』の一文字も入ってないではないか!
「さすがです、さす様……略してさすさす様!」
もはや誰なんだ、それは! どこかのローカル妖怪みたいなネーミングでなんか嫌だぞ!
くっ、こやつら絶対に遊んでおるよな……。
称賛するなら、もっとこう……
「素敵……」
そう、普通! だが、それがいい!……って?
最後の呟きを口にした人物に、全員の注目が集まる。
頬を赤らめ、熱っぽい瞳で妾を見つめる人物……ラライル。
ええっ!
さ、さっきから挙動不審だと思ってはいたが……ど、どういう事なんだ!
皆の視線が集まっていることにようやく気付いたラライルは、ハッとしたような顔をしてプイと顔を反らす。
いや、遅いし!
「か……勘違いするなよ! 別に見とれていた訳じゃ無いぞ! ちょっとキレイで、いい匂いがして、柔らかかった事を思い出しただけなんだからな!」
なんだ、その雑なツンデレ! あと、妾はそんな趣味とか無いからなっ!
背筋に悪寒が走った妾は、三兄弟の方に向き直る。
おおい、お主らのリーダーこれでいいのか!? ちょっと説得してあげて下さいよ!
「アル×ララ、キテる……」
「いいよね……」
「いい……」
プロは多くを語らない。
ああ、うん。ダメだこの三馬鹿。妾とラライルの情況を肴にしてやがる。
「身分差のある百合って、ある意味鉄板だよな」
骨ぇーっ! お前までそっちに行くな、骨ぇーっ!
「!」
そしてリーシャ達の気配を察した妾は、先んじて彼女らの動きを封じる!
「アルト様はエルと私のものですのに……」
わ、妾は別に誰のものでもないんだからねっ!
あと、お主らまで参加されたら妾もツッコミきれんから、おとなしくしていてくれ。
くっ……なんで、どいつもこいつもこうのんきなのか。
ああ、エル……早く帰ってきてくれ。そして妾を癒してくれ……。
……思えばそんな風な事を考えていた時点で、妾もある意味のんきに構えていたのだろう。
そんな事態が急転したのは、翌日の事だった……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
時間は少し遡る。
修業へ向かうとしてアルト達と別れ、ブレフの村を目指したエルは……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「あははははっ!」
魔剣を足場にして空高く舞い上がり、風を切って進む楽しさに、僕は思わず大声で笑っていた。
アルトさん達がいる、ジャマルンの街がグングン遠ざかっていくのに、高揚感を抑えられない。
これはアレだ、危険と爽快感が一緒になって変なテンションになるってやつだね。
『主様、もう少し闘気を押さえて下さい。このままでは、予想よりも早く主様の闘気が尽きてしまいます』
ハミィが僕に注意を促す。
今こうしていられるのも、僕の闘気を燃料代わりにしてハミィの刀身から吹き出すとう、剣の使い方としては邪道もいいとこな真似をしているからだ。
僕の闘気が無くなればまっ逆さまだから、ハミィが心配するのも無理はない。
だけど……
「安心してよ、ハミィ! 勇者の血筋の人間は、誰かの為に闘う時に無限のパワーを出すことができるんだ!」
アルトさんの為に戦う事を決意すれば、どんどん力が湧いてくる。
遮る物が何もない空間は、僕の気持ちも大いに開放してくれるみたいだ。
普段だったら言えないような、アルトさんへの想いが言葉になって溢れてくる。
ハミィしか聞いていない、そんな大空で、僕はいつもよりも早口になりながら溢れて想いと闘気を吐き出していた!
──その日の宿をとるため、小さな村が見えた辺りで地上に降りる。そして冷静になった所で僕はがっくり膝をついた。
なんで……僕はあんなテンションに……。
開放感のせいだろうけど、上空で声高に語っていた事を誰かに聞かれら、僕は爆発四散してしまうかもしれない……そのくらい恥ずかしい。
昔、お酒に酔った親戚のお兄さんが自分の日頃の鬱憤を凄い勢いで捲し立て、酔いが覚めてからへこんでいたけど、アレに近い感じ……かな。
『主様も健全な少年のようで安心しました』
まるで保護者みたいな口調でハミィが言う。
「……一応、言っておくけど、上での独演会は内緒にしておいてね」
『心得ています』
ふぅ、良かった……こういう時のハミィは安心できる。
それにしても……随分とジャマルンから離れた所まで来たもんだなぁ。通常の移動手段でここまで来るなら、多分三日近くはかかっていたはずだ。
骨夫さんやカートさんが使う転移魔法以外で、こんなにも長距離を移動できるなんて予想外だった。
まだ道程は七割くらいだけど、これなら明日にでもブレフの村に到着できそうだね。
『しかし、勇者の子孫……特に主様のご家族は念入りにとは……一体、どのような話があるのでしょうか?』
さぁねぇ。呼び出し元の長老部だけど、一族の集まりの時には率先して楽しんでるおじいちゃん達……って感じだったかな。
まぁ、今の混沌とする魔界の情勢とかが耳に入ったら、緊急召集をかけるかもしれない。
うーん、おかしな事にならなきゃいいけど。
少し不安を抱えながらも、僕はひとまず宿を求めて、村の方へと歩いていった。




