42 あの頃のように光る少年ハート
とりあえずは妾達の戦いは一段落着き、さぁて次の行動はと話を移した時、突然エルが一週間ほど単独行動をしたいと言い出した。
え、なんで……? もしや、妾達が重くて辛くなった?
「そ、そういう事じゃないですよ!」
泣きそうになった妾達を、エルは慌てて諌める。
「理由は二つありまして……」
そう説明する、まず一つ目の理由。それは、領主であるトーナン殿に納める魔法薬の原材料を採取しに行くとの事だった。
「今後は忙しくなりますし、いつもより多目に納品しておきたいので材料の確保をしておきたいんです」
そういえば、エルと領主との繋がりは彼の両親の仕事上の物が最初だったな。
ある意味、本来の目的の為ということならば仕方がない所はある。
それに元々、竜族の目をごまかす為に人間界にしばらく潜伏する予定だったから、期間的にも問題はないだろう。
しかし、材料の採取が目的ならば、人手はあった方が良いのではないか?
「いえ……もう一つの理由として、僕は自身を鍛え直したいんです」
え? 今でさえ竜と互角に戦えるのに、さらに強く?
お主は一体、どこに行こうとしているのだ……。
「戦闘力の無いお姉ちゃんが行動を共にするなら、少なくとも僕の目の届く範囲で彼女を守るのは僕の役目です」
「まぁ、エルったら……」
感激にキラキラと目を輝かせるリーシャ嬢。
……なんだか面白くない。
最初は妾の事を守るって言っていたと言うのに、まるで幼馴染みの方が大事だと言ってるみたいではないか。
何となく不機嫌になる妾の気配を察したのか、もちろんアルトさんの事も守りたいんですよと付け足してくる。
ふーん、でもそんな取り繕うように言われてもなぁ……。
「何より、僕はウジンとの戦いで、力の無さを実感しました……」
ん? いやいや、結構押していたではないか。人間しては大した物だぞ。
「アルトさんの凄まじいまでの魔法の技術……あれから比べると、僕なんかまだまだだと痛感させられました」
いやぁ、そう誉められると少し照れる。
まぁ、伊達に(封印の眠りの前は)魔界でも最高レベルの魔法使いと呼ばれたり呼ばれなかったりしていた訳ではないからな。
ふふ、またエルに憧れを抱かせてしまったか。妾も罪な女よ……。
「だから僕はもっと強くなりたい……アルトさんを本当の意味で守れるくらい強くなりたいんです!」
よーし! 行ってくるが良い!
妾の為に強くなりたいと言うのであれば、快く送り出してやるのが良い女の務めというものよ。
「ありがとうございます」
力強くエルが礼を言う。よいよい、気にするな。
「エル様、我々も着いていってはダメですかにゃ?」
トコトコと前に出てきたハンターキャッツの二匹が、遠慮がちにエルに尋ねた。
「うん、ごめんね。でも君たちには、今日からお姉ちゃんの護衛についてもらいたいんだ」
エルの言葉に意外そうな顔をする猫達だったが、君達がお姉ちゃんの側で守ってくれるなら僕も安心できると……あと美味しいおやつがもらえるよと彼から言われ、俄然やる気になったようだ。
まぁ、確かにリーシャ嬢は戦闘力は皆無みたいだから、エルが身近にいるいないに関わらず護衛を付けておくのは定石よな。
感心していた妾と目が合うと、どことなくバツが悪そうにエルは苦笑いをうかべた。
なんだろう、妾と離れるのが寂しいのかな?
しかし、修業といっても一週間程度で、どこまで強くなれるものか……。
『それに関しては我に考えがあるので、心配無用です』
妾の疑問に答えるように、エルの腰に下がる魔剣が声をあげた。
『一週間もあれば、例え貧弱な坊やでもムキムキのマッチョメンに仕立て上げる、我のミラクルトレーニング法で主様をパワーアップさせて見せましょう』
ほう、それは頼もしい。
だが! エルは可愛いままで鍛えるのだぞ!
戻って来た時に、アマゾネスエルフの所にいたゴリラみたいになっていたら、許さんからなっ!
『こ、心得た……』
魔力のオーラをたぎらせた妾の脅迫に、魔剣は戸惑いながら同意してくれた。
これでよし。
「ですけど、やはりエル一人きりでは心配ですわ」
話を聞いてはいたものの、いざ本当に離れるとなると過保護な姉のようにリーシャ嬢がそわそわとしだしす。
「そうです! 万が一エル様が襲われて貞操を奪われたりしたら……」
カートが検討違いの心配をし始めたが、そんな野生の痴女みたいなのがそうそう居てたまるか。
エルを信頼して送り出そうという妾に対して、心配全開でなかなか彼を離そうとしないリーシャ嬢とカート。
ええい、仕方のない。
ここはエルにベタ惚れされている者代表として、妾がビシッと……。
「その辺にしておきなさい。心配され過ぎるのは子供としては嬉しいかも知れませんが、男としては不甲斐なくて情けなくなりますよ」
妾より先に彼女達を制したのは、ちょっと影が薄くなっていた骨夫であった。しかもすごいキメ顔で。
妾達からすれば「突然何をいってんだ、オメェ」といった感じだが、やはり男同士で気持ちが通じたのか、エルは骨夫に頷いて見せる。
「そう……ですわね。もっとエルを信じてあげるべきでしたわよね……」
「アルト様に比べて信頼しきれなかった我が身を恥じるばかりです……」
エルが同意した事で、あっさり手のひらを返して冷静になったらしい二人は、彼から手を離してソッとはなれる。
うむ、そうだ。妾達はエルを信じて待てば良い。
「まぁ心配なさらず……私で良ければ、エルの代わりにドンと甘えていただいて結構ですから!」
腕を拡げ、ウェルカムなポーズで向かえ入れようとする骨夫。だが……。
「……………………」
女性陣から死人をも殺すような冷たい視線に当てられて、心を折られた骨夫は慟哭しながら泣き崩れていた。
調子こいた代償はでかかったな……。
「それじゃあ、行ってきます」
準備を整えたエルは、中庭で妾達に告げる。え、ここから?
ちょっと気が早い彼に首を傾げるが、魔剣を抜き闘気を溜め始めた所でピンと来た。
あれか、ウジンとの戦いの時に飛び降りた、妾の着地点まで滑り込んだあのアクション!
剣に溜めた闘気を一気に放って推進剤にする奇策を、再び使おうというのだな。
……ん? だとすると、剣に乗って飛んでいくというのか?
そ、そんなファンタジーな真似が?
ちょっと興味深くなって見守る妾の前で、横にした剣の刀身にエルがひょいと飛び乗った。
「っと……あは! 行けそうだ」
おいおい、ぶっつけ本番なのか。危ないなとは思いつつも、年相応な好奇心に溢れたらかれの笑顔にほっこりしてしまう。
『出力は我が調整いたしますゆえ、主様は一定の闘気を供給してください』
「うん、わかった」
まるで協力する遊ぶように魔剣と話ながら、彼らの体が少しつづ舞い上がっていく。
「それじゃあ、行ってきます! あ、ラライル組の事、お願いしますね!」
妾達に大きく手を振ってから一気に加速したエル達は、長い闘気の尾を引いてあっという間に遠ざかっていった。
すげえ……。
本当にあんな魔剣の使い方をするとは、頭柔らかいなぁ。
呆れるを通り越して感心してしまう。
「もう、ほんとにエルったらやんちゃなんですから」
リーシャ嬢が言葉とは裏腹に微笑みながら、小さくため息を吐いた。
そうなのか? どうも妾達と一緒にいた時はそんな雰囲気では無かったが……。
「小さい頃はもう元気一杯で、私も手を焼いたものです。まぁ、そこが可愛い所でもありましたが」
ほほう、それはちょっと興味がある。良ければ当時のエルの事を聞きたいものだ。
「もちろんですわ! 私にもエルの近況を教えてくださいませ♪」
交渉成立。
お互いが自分の知らないエルの事を補完する為に、ガッチリと手を結んだ!
「では、アルト様達はエルが帰ってくるまで我が家に常駐なさってください」
聞けば、ラライル組の者が近々この屋敷を訪ねて来るらしい。
トーナン殿から依頼された仕事の報告らしいが、すれ違いとかはなさそうだから、それは助かる。
「すぐにお部屋を用意させますので、お茶でもいただきながらお話でもいたしましょう」
彼女の誘いに頷き、妾と護衛に着いた猫達は彼女の後に続く。
だが……なんでお前まで付いてくるんだ、カート?
お主には警護の役目が有るであろうに。
「わ、私もエル様のお話が聞きたいんです……」
まるで初な乙女ののようにもじもじしながら、カートが言う。
ははは、お主も可愛い事を言うではないか。
ただ、エルの過去話から何か性癖やフェチズムを探ろうとしてるなら張っ倒すよ?
途端にカートの目が泳いだ。
お主は……。
とりあえず、正座させたカートを骨夫に見張らせて、妾達は屋敷内に戻った。
リーシャ嬢との話に花を咲かせつつ、隣にエルが居ないことに一抹の寂しさを覚える。
ハァ……早く帰って来るのだぞ。




