41 勇者一族からの呼び出し
今の音はっ!
突然顔を上げた僕を、トーナン様が訝しげに見てくる。
「どうした、エルトニクス?」
さっきの音……やはりトーナン様には聞こえていない。
と、いう事は……。
『……あー、こちらは勇者一族、長老部会』
やっぱり!
今の音は、勇者一族にのみ感知される特殊な魔法だった。
そしてそれが流れるのは、長老部と呼ばれる一族の老人達が会合を開く時の合図……。
『二日後、ブレフの村にて一族会合を開く。一族の者は全員、ふるって参加するように』
えぇ……なんでこんなタイミングで……。
僕達、勇者の子孫は数年に一度くらいの頻度で、初代勇者が生誕したというブレフの村に集まって、会合をしている。とはいっても、会合とは名ばかりで、ほとんど宴会じみた親戚の顔合わせといった感じだ。
まぁ、忙しい場合は欠席も有りだし、実際に忙しい僕や魔界で行方が解らない父さん達は今回はパスさせてもらおう。
『なお、メルゼルン地方に住むアルリディオとチャルフィオナ夫妻、ならびにその息子エルトニクスは必ず参加するように』
キーンコーンカーンコーン♪
念話の終わりを告げる鐘の音が頭の中に流れ、回線が切れるような感覚があった。
メルゼルン地方は、トーナン様が領主として納める、つまりはここの地方の事だけど……なんで今回に限って僕達が名指し?
ああ、もう……これは大変な事になったぞ。
名指しされた人物が欠席した場合、ものすごく面倒な事態になってしまう。一週間くらい念話で愚痴を言われ続けるとか。
それに、今の念話は勇者の子孫全員に行き渡っているはずだから、魔界にいる父さんや母さんはともかく、人間界に……しかも、割りとブレフの村から近い位置にいる僕は、欠席する訳にはいかなくなってしまった。
でも、二年くらい前に会合をやったばかりだというのに、なんだってこの時期に。
ひょっとしたら、名指しされた僕達に関する重要な話……例えば魔界での父さん達が何かやらかしたとか、長老達の耳に入ったんだろうか?
だとすれば、ますます行かなくちゃならないなぁ……。
うーん、だけどアルトさん達に何て言えばいいんだろう。
まさか今さら「実は僕は勇者の子孫で、長老達から呼び出されたから行ってきます」なんて馬鹿正直には言えないし。
迂闊にそんな事を言って、魔族であるアルトさんに嫌がられたらやだし、変な事を言い出した可哀想な子みたいな目で見られたら悲しすぎる……。
何かこう……いいアイデアはないだろうか。
そんな事を頭の片隅で考えながら、トーナン様と情報のすり合わせが終わりかけた時に、ふっとある言い訳が浮かんだ。
ああ、これならなんとかなるかな……。
思いつきをまとめながら言い訳を組み立てていると、応接室の扉が開きアルトさん達が戻ってきた。
彼女達に声を掛けようとして、ふと気付く……出ていった時と様子がまるで違っている事に。
勝ち誇るアルトさん、意気消沈するお姉ちゃん、なぜか一番落ち込んでいるカートさん……。
何か色々と決着が着いたみたいだけど、一体何があったのかな……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
結論から言おう。
妾、大勝利! 希望の未来にレディ・ゴー! といった感じである。
リーシャ嬢の名誉の為にも何を競っていたかは口外しないが、なかなか手強い相手であったことは認めよう。
ちなみにカートは妾達の対決を間近に見ていて、その貴族的な女子力の高さに心が折れたようだ。
野生の魅力だけでは、勝てない世界があると理解したようで何より。
「うう……ごめんなさい、エル。私は貴方のお嫁さんになれそうにないわ……」
シクシクと悲壮感を漂わせながら、リーシャ嬢がエルに語りかける。
彼女には悪いが、これも弱肉強食の習い……せめて妾がエルを幸せにしてやろう。
「だから、お姉ちゃんはこれから貴方の愛人として頑張るからね!」
おい……何を言い出すかな、お主は。
なんの事やらと、話についてこれずにあたふたしているエルとトーナン殿を尻目に、リーシャ嬢が妾の懐に入ってくる!
「そういう訳で、これからもよろしくお願いいたしますわ、アルト様♪」
いや、よろしくと言われても……。
「一体どういうつもりかな、リーシャ嬢」
敗北宣言の後の、予想外な言動の真意を問う。すると彼女は、にっこり笑って語りはじめた。
「言葉通りの意味ですわ。正妻はアルト様、愛人は私。二人でエルを支えて幸せになりましょう」
んー、つまり負けは認めるものの、エルを諦めるつもりはないということか?
しかも本人が愛人ポジションで満足すると言っている以上、あとはそれを受け入れるかは妾の度量次第……。
ぬぬ……この期に及んで妾を試すとは! この娘、大したタマよ。
案外、策士として側に置いておけば役に立つかもしれんな。
「お、お姉ちゃん! 何を言ってるの!」
正妻だの愛人だのと迫られたエルが真っ赤になって口を挟む!
「貴方にはまだ早いかもしれないけど、こういう事は早目に決めておかなかないダメなの」
そう言ってチラリと妾を見る。
「でないと、いつの間にか悪い虫がついてしまうかもしれないでしょう?」
悪い虫って妾か?
まぁ、リーシャ嬢からすればツバを付けといたのにかっ拐われた印象かもしれんが、エルが妾に魅了されたのは自然の摂理という物ぞ。
「だからこれからは、表と裏、昼と夜の方も私達が目を光らせて……」
「いい加減にせんか、この馬鹿娘がっ!」
ダンッ! とテーブルを叩き、リーシャ嬢の言葉を遮ってトーナン殿が大声を上げた!
「アルト殿に負けたと言うのなら、諦めて身を引け! 恥の上塗りみたいに愛人だなどと……貴族として、メルゼルン地方領主の娘として恥ずかしくないのか!」
まぁ、それは怒るだろうな。
自分より格上の貴族の愛人ならまだしも、只者ではないとはいえ普通の平民であるエルの愛人なんて世間体が悪すぎるだろう。
だが、当のリーシャ嬢はトーナン殿の怒りなどどこ吹く風で、平然としていた。改めて、大したタマだと感心する。
「お父様こそ、先が見えておりませんわね……」
激高する父親に、リーシャ嬢は小さくため息を吐く。
「エルとアルト様が何を成されようとしているか、そしてそれが全て上手く運んだとしたら……よーく考えてください」
言われて、トーナン殿の動きが止まった。
真顔になって固まっているが、頭の中はフル回転しているのだろう。
数秒後、考えが纏まったのか再起動したトーナン殿の顔からは、先程の怒りが完全に消えていた。
「……そうか、お前がそこまで言うなら何も言うまい。但し、家の継承権などは無いものとするからな」
そう言うと、娘を頼むとエルの肩を叩いた。
いや、態度変わり過ぎであろう!?
どんな答えに行き着いたのか知らぬが、そんなに豹変するほどの明るい未来が見えたのか?
エルの方も、狐に摘ままれたような顔付きで恐縮しているばかりだ。
(ちょっとばかり、理想と損得の絡んだ話を想像してもらっただけですわ)
リーシャ嬢が小声で妾に話しかけてきた。
理想と損得……?
(はい。さっきエルが報告していた話を聞くに、アルト様と達は今後、混迷する人間界と魔界において重要な役割を担うことなると予想されます)
なんと……妾と牽制し合いながら、隣で情報をやり取りしていたエル達の会話も拾っていたと言うのか。
(全てが丸く収まった時、お二人は『英雄』と呼ばれる地位に立つかも知れません。その時、身内である私がその側にいれば……)
お分かりいただけましたか? と、リーシャ嬢はぺろりと舌を出した。
なるほど、確かにそうなれば彼の地位はさらに磐石な物となり、ついでに色々な利権を手にできるだろう。
となると、家の継承権が云々と言っていたのは妾達が失敗した時の保険か……? 「家の娘は勘当同然で出ていったから関係無い、証拠に継承権は剥奪している」という言い訳の為の。
それとなくリーシャ嬢に問うと、御明察ですとう答えが返ってくる。
(あ、でも損得抜きでエルの側に居たいと言うのは本心ですよ!)
そう付け加えて、彼女はまた妾からそれとなく距離を取った。
ふぅ……呆れたと言うか、流石と言うか。
貴族という生き物の権謀術算には驚かされる。本来は王族である妾からすれば、思いもよらぬ事を平然と考えるものよ。
しかし、これでリーシャ嬢が策を弄する事に長けている事が解った。
彼等が見た輝かしい可能性の実現のため、彼女には作戦立案などの軍師としての役割も手伝ってもらうとしよう。
ライバルが、一転して軍師に! まさに瓢箪から駒よな。
「なんでこんなに事に……」
渦中でありながら若干、蚊帳の外だったエルが疲れたように呟いた。
そんな彼の頭を、妾は優しく撫でてやる。
「まぁ、今すぐどうこうと言う物ではあるまいよ。事が済んで、お主が成人してからくらいの話だと思えば良い」
「アルトさん……」
心地よさそうに撫でられながら、彼が妾を見上げる。
「だから妾達をがっかりさせぬように精進するのだぞ?」
「はい!」
目を輝かせた元気の良い答えに、妾も満足して頷いた。
やれやれ、エルは本当に妾の事が好きだな。
「エル様~!」
唐突に、泣きそうな声を上げながら、忘れ去られていたカートがエルにしがみついてきた!
「カ、カートさん!?」
「私を捨てないてください、エル様!」
「す、捨てるも何もそういう関係じゃないじゃないですかっ!」
泣きすがるカートに慌てふためくエル。
「カート様、ペット枠という物もありますよ?」
そして更なる変化球を投げ込んでくるリーシャ嬢。
混沌とした、修羅場のような惨状。それを端で眺めていたトーナン殿と骨夫の「チッ!」という舌打ちのわずかな音が、妾の耳に届く。
なんと言うか……とにかくすまん。混乱の元の一因として、妾は少しばかり心の中で侘びを入れた。




