39 再び人間界へ
「……そんな訳で、一時的に人間界に潜伏したいと思っているのだが」
ヤケクソ気味に食事を終えた後、妾は今後の計画について皆を前に提案した。
まぁ、骨夫とカートについては問題ないだろう。
何か反対意見なりが出そうなのはエルから……であろうか。
もしかしたら「両親を探すために僕は抜けます」なんて言い出さぬかとハラハラしていたが、意外にもすんなりと人間界行きを快諾してくれた。
「僕の両親は、僕以上に強かですから……」
そう言ってエルは笑ったが、それってかなり凄いのでは……?
「それに、魔界の現状を領主様に報告する為にも、一度は人間界に戻るのもアリだと思います」
そうか、そう言ってもらえると助かる。
しかし、人間界では勇者の一族だけが凄いのかと思っていたが、エルやその両親みたいに突然変異な強者がまだいるのかもしれない。
魔族との戦いが無くなってからも、そういった強者が生まれて来ているのだとしたら、人間界は侮れないな……。
「ところで、竜人はどうするんですか?」
遡上の鯉の如く、怯えきった目をした捕虜の竜人を指差して骨夫が尋ねてきた。
そうだなぁ……後腐れ無いようにするなら、ここで始末してしまった方がいいんだがなぁ。
妾達のそんな雰囲気に気付いたのか、竜人達は一斉に命乞いしてきた。
「ま、待ってくれ! 俺達もウジン様に無理矢理連れてこられただけで、あんたらと敵対するつもりなんてなかったんだ!」
はー? 何を都合の良いことを言っているのかな。
妾達を殺り来たくせに、殺られる事は想定してなかったとでも言うのだろうか。
ちょーっと往生際が悪いのではないかな?
「いくら主が倒されたとは言え、手のひら返しが早すぎないか?」
憤慨しながら、骨夫が竜人達を責める。
主に恥をかかせるような真似を云々と語り出すが、それを言ったらお前も大概なんだが。
「あんな奴等が主であるものかっ!」
突然、竜人の一人が荒々しく叫ぶ! それに気圧された骨夫も口を閉ざした。
「りゅ、竜人は竜族に仕えるのが名誉なんじゃないのか?」
骨夫の問いに、叫んだのと別の竜人達も吹っ切れたような自嘲の笑みを漏らす。
「名誉とか、世間で言われてるそんなものはないさ」
「ああ、竜族にとって竜人なんか使い捨ての道具くらいにしか見られてない」
「獣魔族の中でも、竜の因子を持っていたから奴等に囲われて、奴隷にされてるだけだ」
堰を切ったように、不満を口にしだす竜人達。
その様子からして相当、不満がたまっていたんだろうな。
「そもそも、その名誉だなんだといった話だって、俺達が他の種族と結託しないよう奴等が流した話だ」
そうなのか?
気になったので話を聞いてみた。
要するに、竜人は竜族を尊敬し、仕えるのが名誉だという話を他の種族が聞けば竜人に関わろうとはしなくなる。下手に関われば、竜族にちょっかい出すような物だからな。
そうして他所に居場所を無くせば、行くところの無い竜人は奴隷扱いでも竜族の下に居るしかなくなる……と。
なるほど、竜人は獣魔族の中でも強力な部族だ。故にそれが敵に回らないよう、また自分達の手駒として使えるようにする為の上手い手段である。
ただ、目の前の彼等のように不満の種火は燻っているようだがな。
これは使えるかもしれん。
竜族に不満を持つ竜人の力を借りれれば、竜王の長男や七輝竜などの情報も手に入るかもしれんし、タイミングによっては切り札になるかも。
素早く頭の中で計算し、答えを導き出す。
「……いいだろう。お前達が妾達に協力するなら、命は取らぬ」
妾の言葉に、竜人達に加え彼等の現状を聞いて同情的になっていたエル達もホッとした表情になった。
まぁ、流石に竜人の解放とかそこまで首を突っ込むつもりはないが、今後に解放運動と妾達の利害が一致すればそういった事も有るかもしれない。
しかし、この三人を人間界に連れていく訳にはいかないし、どうしたものか……。
「ならば、『緑の帯』にある我々の村で匿ってはいかがでしょうか?」
悩む妾に、カートが手を挙げて進言してきた。
ふむ、それはいいかも。
魔界と人間界を分断するあの場所ならば身を隠すにはうってつけだ。
ただ、心配が一つ。
「カート……アマゾネス・エルフの村に竜人達が行っても大丈夫なのか?」
「竜人は初めてですが、皆歓迎してくれると思いますよ」
にんまり笑うカートの笑みには、なにやら淫らな物が混じっていた。
すぐにその感情は顔を引っ込めるが……目にも写らぬ一瞬の起伏、妾じゃなかったら見逃してたね。
そんなカートに対して、無邪気に感謝する竜人達。
色々な意味で色々な体液を搾り取られるかもしれぬが、許してくれるだろうか。許してくれるね。グッドラック!
そんな感じで今後の動きが決まった妾達は、すぐに支度を開始した。
人間界に向かうのは妾とエル、骨夫とカートと捕虜の竜人達、そして以前エルに従って人間界に行ったハンターキャッツの二匹である。
城の留守は猫王のマタイチに任せ、猫達には情報収集を頼む事にした。
「無理はするでないぞ。危うくなったらすぐに逃げても良いからな」
「心得ましたにゃ!」
何かあったらドゥーエの街に向かい、ナルツグ商会を訪ねる手筈を整える。
残ったウジンの肉を猫達の食糧として氷の魔法で冷凍保存し、城の地下に運んで準備は完了。
「では、アマゾネス・エルフの村に向かいます」
骨夫が転移魔法で転移口を開き、妾達はぞろぞろとそれをくぐった。
「おや、アルト様にエル様。皆さんお揃いでどうなされたのですか?」
転移口から出て村の入り口に現れた妾達を、アマゾネス・エルフのまとめ役であるティアームが出迎えてくれる。
眼鏡の位置をクイッと直しながら視線を流し、見慣れぬ竜人達と猫達に目を鋭く細めた。
その彼女の眼光に、竜人達と猫達がわずかながらたじろぐ気配が流れる。
「まぁ、立ち話もなんですから、こちらへどうぞ。すぐに歓迎の宴の準備を致します」
「いや、悪いがすぐに発たねばならぬ。とりあえず簡単に状況説明をさせてもらおう」
流石に宴は断り、ひとまずティアームの家で話をする事にした。
一同で彼女の家に向かい、応接室に通されて皆が座ると、ティアームの召喚獣であるゴリラがお茶を運んで来る。
まだいたのか、こやつ……。
「……なるほど、事情は解りました」
妾達の話を聞いた後、またとんでもない相手と揉めておりますねぇとティアームはため息を吐く。
「竜人達はこちらでお預かり致します。どうぞご安心ください」
快諾した彼女は竜人達の方に目を向け、にこりと笑いかける。
「ですが、預かるとはいえ、客人扱いはしませんよ。色々と働いてもらいますからね」
その言葉に、竜人達は嬉々として任せてくれと答えた。
だが、妾は見てしまった……ティアームの眼鏡の奥で光る、ハート型の瞳孔を……。
本当にアマゾネス・エルフは好き者よな……。
なんだか、竜人達が蜘蛛の巣に捕まった獲物みたいに見えて、一抹の不安を覚えるのだった。
竜人達の無事を軽く祈りながら、ティアーム達に竜族の内情と情報提供をするように手筈を整えて、妾達は早速人間界に向かう事にする。
意外だったのは、カートが村に残らず妾達の供をする事にしたことだ。
「アルト様とエル様の護衛を務めるのが私の使命ですから。それに人間界に到着すれば、私の魔法で領主殿の街まですぐに到着できますし」
そう言って頭を下げるカートに、「エルに手出しは厳禁だぞ」とこっそり伝えると、含み笑いをしながら心得ていますと頷いた。
……隙あらばエルの貞操を奪う気満々だな、こやつ。
さて、竜人達を任せて茶を飲み終えた妾達は、再び転移魔法を展開させる。
最初は村の入り口まで戻ってからと思っていたのだが、ここに来るまで村の中でエルフ達に群がられて大変だった。だから少々行儀は悪いがここから発つ事にしたのである。
「次はどうかゆっくり歓迎させてくださいませ」
「うむ、そうしたいものだな」
ティアームと握手を交わして別れを告げ、妾達は再び転移口をくぐった。
転移口を抜けると、そこはリオールの街だった。
ここから転移魔法の使い手を骨夫からカートに変えて、領主の館に転移する事にするのだが……。
「あ!」
突然、エルが声を上げた。どうしたのか?
「そうだ……アルトさんにお願いがあったんです」
妾を見つめ、真剣な眼差しでエルは「お願い」とやらを口にした。




