38 正気に戻ってから悶絶する事はよくある
──翌朝。
目が覚めてから、妾はつい頭を抱えた。
昨日の、意識を失う前の一連の行動を反芻して、自分のやった事がかなり恥ずかしかった為だ。
お姫さま抱っこされて頬っぺにキスとか、何やってるんだ妾は!
そんな威厳も何もない姿を皆の前で晒してしまうとは……。
上に立つ者として、恥ずかしいったらありゃしない!
確かに魔力切れで朦朧としていたり、強敵を倒した事でテンションが上がってたりはしていた。
だが、エルが子供の頃にされた事に今さら対抗して、「これで五分五分だな」ってドヤ顔するのはよい大人としてどうなんだろう。
くっ……このままでは、エルからの評価が「素敵なお姉さん」から「残念なお姉さん」に変わってしまうかもしれない。
万が一、それでエルが妾の元を去っていったら……そんな事を想像するだけで、体が震える。
「もっとしっかりしなければな……」
落ち込んだ気分に気合いを入れて、妾はベッドの上で上体を起こした。
よし! これからはもっと出来る主君であることを見せねば!
だが、スキンシップを減らすとエルが寂しがるかもしれんから、そこは今まで通りでいこう。
すっかり気持ちを入れ換えた妾は、これからしなければなならない事柄へと思考を向ける。
ふむう……さしあたって、ウジンの亡骸を早々に処分する必要があるな。
奴が僅かな供しか連れていなかった事を見るに、妾達を舐めていたという事以外にも、なるべく秘密裏に動いていたからと考えられる。
その理由としては、やはりトゥーマの存在が大きいだろう。
トゥーマをほっとく訳にいかないが、かといって変に大軍を動かせば他の種族の危機感を煽りすぎて、逆に結束させる事になりかねない。
だから(端から見れば)雑魚同然で影響力の低そうな妾達を削りに来たのだろう。
トゥーマも敵がそうすると見込んでいたようだし、最初から妾達を捨て石候補にしていた節もある。
まぁ、妾達は奴の提唱する同盟の枠組みに入るつもりはないから、しばらく身を隠してウジンと相討ちにでもなったかと思わせておくのが妥当かもしれん。
最終的に敵対するかもしれぬ相手に、こちらの情報は出来る限り与えない方が良いしな。
ただ、竜族の縄張りから解放されたであろう、エルの両親を探してやることがかなり遅れる……それが少し気がかりではあった。
まさか一人で探しに行くとは言うまいが……。
そんな事を考えていると、コンコンと寝室のドアをノックする音が響く。
「入ってもよいぞ」
そう声をかけると、失礼しますと言いながらエルが顔を覗かせた。
正直、ドキリとしたが、そういった雰囲気を出さないように努める。
「ど、ど、ど、どうした?」
……めっちゃどもってしまった。
これでは動揺しているのが丸わかりではないかっ!
我ながらなんとみっともないと内心頭を抱えていたが、そんな事を全く気にした様子もなく、ニコニコしながらエルは運んできたスープ妾に差し出す。
「元気みたいで何よりです。食事を作ってきたので、良かったらどうぞ」
ふわりと暖かい湯気の立つ香しいスープを前に、妾のノドがゴクリと鳴った。
さっそく受け取り、わずかにトロみがついたそれを、まずは一口とスプーンで口に運ぶ。
「ん!」
食べた瞬間、思わず感嘆の声が漏れた。
一口大に切られた色々な野菜と肉の旨味が溶け込み、深みを増したスープのなんとも美味しい事か。
ここのままスープ皿を煽って豪快に飲み干したい衝動に駈られるが、さすがにそれは思い留まった。
夢中で食べる妾を、相変わらずにこやかな笑顔でエルが眺めている。
うう……こんなガッついてる所を見られるなど、なんとも恥ずかしい。
しかし、止められない止まらない状態の妾はそのまま食事を続ける。
違うからな……決して恥ずかしい妾の姿をエルに見られる事に、ちょっとした悦びを感じてしまった訳ではないからな!
「……ふう」
満足のため息と共に、空になったスープ皿にスプーンを置いた。
「味の方はどうでしたか?」
食器を受け取りながら、エルが尋ねてくる。
「うむ、とても美味しかったぞ」
そう言うと、彼は満面の笑みを浮かべた。
か、可愛い過ぎる……。
「特に肉が良かったな」
煮込まれて適度な噛みごたえを残しつつも、柔らかく解れてするりとノドを通っていく。
スープの味を引き立てながらも、しっかりとした存在感を感じさせる旨味の詰まった肉であった。
「あれはなんの肉だったんだ?」
なんだか、前にも食べた覚えが有るような無いような……?
「ああ、アルトさんが倒した竜の肉です」
その答えに、思わず吹き出しそうになった。
あ、あれ、ウジンの肉かっ! ああ、どおりで自然竜の肉を食べた事がある気がした訳だ。
「だ、大丈夫ですか!? ひょっとして、本当は口に合わなかったんじゃ……」
エルは心配そうな顔をするが、そういう訳ではない……訳ではないのだが……うーん。
流石に人化の魔法を使っていたバージョンではあったが、人型だった姿を見ていると、こう……気分的になぁ。
だが、エルはそんな妾に「それは違います!」と迫ってくる。
こ、こらこら……顔が近いではないか……♥
「強敵であったからこそ、敬意を払って僕達の命の糧とするべきです。亡骸を蔑ろにしたら、それこそ相手に失礼じゃないですか!」
なるほど、そういう考えもあるか。
ただ、ぼそりと漏らした「それに竜の肉は美味しいし……」といった呟きの方が本音っぽかったけど、深くは問うまい。
そういえば人間の中には、ただ美味い食材を求める為に研鑽を積む冒険者もいると聞くな……。エルが将来、そういった奴等になると言い出しそうで、少し心配ではある。
「お腹に余裕があるなら、中庭で皆も食べてますからアルトさんもどうですか?」
そうだな……皆の様子も見ておくか。
妾が中庭に赴く意思を見せると、エルがスッと手を差し出してくる。
ふふ、エスコートしようというのか? 中々、気が利くようになったではないか。
エルの手を取ってベッドから出る。
さぁ、行きましょうと急かす彼に苦笑しながら、妾達は中庭に向かった。
地下から上がり、長い廊下をエルと手を繋ぎながら通り抜ける。
その間、彼は大変ご機嫌の様子だった。うんうん、エルが嬉しそうだと妾もなにやら和む。
そうして和やかな雰囲気で中庭に出た時、妾とエルは多分同じような表情になっていた。
「ひゃあ! この竜骨がうめぇんだよぉ!」
エキサイトしながら、ウジンの骨をむしゃぶる骨夫。
頬を膨らませながら、一心不乱に肉を貪るカート。
切り取られた肉の山に群がる魔界ネコ達。
そして、それを涙目で見ている捕虜になり縛り上げられた竜人達……。
なにこの、地獄絵図。
魔力切れとは違う意味で目眩を感じて、妾とエルは目頭を押さえてしまった……。
そんな妾達に気付いた骨夫達がこちらに手を振る。
「あー!お嬢、サーセン(ちゅぷ)! お先にやらしてもらってます(ちゅぱ)!」
飲み会みたいなノリで、骨をねぶりながら言うな!
「んもっ、ふぉっふおっふ!ふぁふふふぁふぁほひぃははふぇふ?」
何を言ってるのか解らん! 飲み込んでから話せ!
「にゃー!にゃにゃにゃー、にゃん!」
もう言語になってない!
ええい、久々にツッコミが追い付かん!
あと、「俺達も食われるの?」って顔でこっちを見るな竜人達。
食いやせんわ!
……まぁ、確かに無礼講みたいなものではあるが、こいつらを野放しにすると自由すぎて胃が痛くなる。
せめて食事くらい行儀よく済ませてほしいものだ。他所で恥をかくのはお前達なんだからな!
「は、はは……とりあえず、僕達も食べましょうか?」
「あ、ああ。そうだな」
疲れたように苦笑するエルと共に食卓に着きながら、今後の進退とマナーの講義……どちらを優先すべきか、半ば本気で迷うのであった。




