37 アルトの奥の手
『魔法が使えようと使えまいと関係ない……お前らまとめて消し炭にしてやるからなぁ』
妾達を見下ろしながら、ウジンは大きく口を開いた。すると、その口内に凄まじい魔力が集まって行くのを感じる。
『コオォォォ……』
呻くようにして口中の炎に魔力をくべるウジン。
その姿は隙だらけではあるが、異様な威圧感を持って迫るようだった。
『いくらでも斬り付けて来やがれ。無駄な抵抗だがな』
「くっ……」
嘲るウジンに対して、悔しげな声を漏らすエル。
確かに奴は今は攻撃してくださいと言わんばかりであり、やりたい放題だぜー! といった感じで攻められるだろう。
しかし、それでも奴を仕止めるのと、奴が超高熱のブレスを発射するのでは後者の方が早い!
竜族特有の頑強さにタフネスさ、さらには魔法防御力の高さからくる『肉を切らせて骨を断つ』戦法は、奴に絶対的に有利であった。
だが、何事にも例外というものはある。
例えば、人間でありながら竜と互角以上に渡り合うエル。
そして妾とかな!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
(あと一分といった所か……)
短気で神経質なウジンにとって、それは普段ならイラつきに満ちた物であったが、今ばかりは心が浮き立つような時間であった。
これから奴等は必死で無駄な抵抗をするだろう。そして、どうにもならずに絶望の表情を浮かべるのだ。
自分の予定を邪魔したゴミクズどもの歪んだ顔、それを綺麗さっぱり掃除した後の爽快感……それを思うと、ブレスを放つまでのカウントダウンも楽しいものだ。
(さて、どんなあがきを見せて……ん?)
てっきりエルが猛攻を加えて来るものかと思っていたが、前に出て来たのはアルトの方だった。
魔法が通じにくい竜族に対して、魔法使いごときにが何ができるというのか。
失笑するウジンではあったが、どのような手を打つのか興味もある。
「さぁて、妾のショータイムだ」
言うが早いか、アルトは右手と左手、同時に別種類の魔法を展開させた。
「!!」
それにはウジンはおろか、エルまで驚愕の表情を浮かべる!
そんな反応に気を良くしたアルトがまず発動したのは、左手の風魔法!
練り上げられた魔力の風が、小山のようなウジンの巨体を縛り上げるように駆け巡り、その場に拘束する!
(っ、動けん……だと!)
アルトによって構築された風で身動きが封じられた事に、ウジンはわずかながらに感心した。
『鋼の魔王』の娘というのは伊達ではないなと。
(まぁ、だからどうした……と言ったところだがな)
動けなくはなったが、それでアルト達に有利になった訳ではない。
(いや……案外、おとぎ話を信じているのかもしれんな)
竜の最大の弱点とされる『逆鱗』。その存在を信じているのかもしれないと思うと嘲笑が溢れてくる。
そんな物は、たまたま倒された竜族にそんな特徴があっただけの事であり、それを竜全体の急所として信じている連中がいるなど、竜族の間では笑い話だ。
ただ、敵が偽りの弱点を狙ってくればこちらの有利に戦いを進められるのでその噂を放置してはいたが。
(動きを止めてから人間が剣で『偽りの弱点』を狙うということか)
浅はかすぎる魔族の考え。やはりこいつらは、生物の頂点たる竜族に支配されるべき存在なのだ。
だから、その理から外れた眼下のゴミクズには死をくれてやらなければならない。
次はエルが剣で攻めてくるであろうと予想していたウジンだったが、意外にもエルは動かなかった。
代わりにアルトが右手に水魔法を展開し始める。
(!?)
再びウジンは怪訝な思いにとらわれた。
なぜ水魔法なのだ?
たかが一魔族の生み出す魔法で竜族の最高幹部、七輝竜であるウジンのブレスを相殺できるつもりなのか?
もしもそんな考えがわずかにでも有るのならば……それはウジンにとって最高の侮辱だ。
(許せる物ではない!)
怒りが込み上げてくる。このままブレスを解き放ってやろうかといった考えも浮かんだ。
タメは充分ではないが、それでも目の前のハエ二匹を消し去る威力はゆうにあるだろう。
やつらの仲間の骨やエルフがいるようだが、そいつらは爪や牙で直接引き裂いてやればいい。
(よし!死ね!)
ウジンが咆哮と共にブレスを放とうとする。が、それよりもわずかに早く、アルトの手から放たれた水魔法の水球が、ウジンに向かって飛んできた。
(は?)
ウジンに迫る水球の大きさは、アルトの握り拳ほど。
そのあまりの小ささに、ウジンはあきれるやら拍子抜けするやらで、つい見入ってしまった。
(こんな……こんな物で?)
やはり魔族はどうしようもない愚か者だ。
児戯でウジンを止められると思っているのだから救いようがない。
呆れ返るウジンに向かうその水球は、超高熱に歪む大気の中、蒸発することもなくウジンの口中に飛び込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「そうりゃっ!」
妾の放った水魔法がウジンのブレスに着弾するほんのちょっと前に、妾は奴を拘束していた風魔法をコントロールして、気流をドーム状に展開させる!
一瞬ですっぽりと隙間なくウジンの巨体を妾の風魔法が包んだ次の瞬間!
凄まじい爆音とウジンの咆哮が響き渡り、大気と大地を震え上がらせた!
「うおおぉぉぉぉっ!」
風魔法のドームの内側からとんでもない圧力が吹き出そうとするが、その威力をドームを形成する風の気流で受け流しながら少しつづ分散させて行く。
めっちゃ魔力コントロールが難しく、慌てるエルに返事も出来ない。
これをしくじれば間近にいる妾達もタダでは済まないので、妾も必死だ!
……やがて内側からの圧力は弱まり、ようやくコントロールも楽になってきた。
よし、もういいだろう。
風魔法を解除し、魔力で操られていた気流が消滅すると……そこに残されていたのは首から上が無く、蒸し焼き状態になったウジンの亡骸だった。
「ア……アルトさん。こ、これっていったい……」
さすがのエルも驚きの余り表情が固まっている。
ふふん、こやつには驚かされてばかりだったから、逆の立場になるのは気分がいい。
「なぁに、超圧縮された炎の魔力に、超圧縮された水の魔力をぶつけてやっただけだ」
自慢げに笑って見せる妾に、よく解っていないエルはただポカンとしながら見つめてくるだけだった。
ある一定以上の高魔力で作られた炎に、同じく高魔力で作られた大量の水をぶつけると、それらが相殺される時に蒸発と魔力の解放による大爆発が起こる。
妾がウジンにぶん投げた水の塊は大した大きさではなかったが、そこには魔力で発生させた小さめの湖ほどの水量を凝縮してあった。故に爆発が起こったという訳だな。
とまあ、そういう事だが……そんな現象の事を知っているのは妾と父上くらいのものだろう。
妾だってその現象をみつけたのは偶然の産物だし、それを話したのは父上だけだからな。
だいたい、ある一定以上の魔力量という条件がめったにクリアできる物では無いし、そんな高魔力の魔法同士をぶつけ合うこと事態、起こりえる物ではない。
今回のように、「これから高魔力のブレスを吐きますよ」と喧伝でもされなければ使える戦法ではなかっただろう。
説明を聞き終えたエルは、キラキラした瞳で、妾を熱っぽく見つめる。
「すごい……その現象を利用したのもすごいですけど、竜のブレスに匹敵する高魔力の水魔法を使えるアルトさんとすごいですっ!」
興奮気味にすごい、すごいと連呼するエル。
ふふふ、もっと褒め称えても良いのだぞ。
「あ、でもその爆発の間近だった頭がふっ飛んだのは解りますけど、全身が蒸し焼きになってるのは……」
「ああ、風魔法の気流で爆発の威力を封じていたからな。発生した熱と蒸気は全て内部に向かわせたから、ああなったのだろう」
そう言うと、エルはますます妾に尊敬の視線を向けてきた。
ふっ、いたいけな少年を夢中にさせてしまう妾の魅力が怖い……。
だが……そろそろ限界がきた。
クラっとする目眩を覚えた瞬間、妾の体は力を失い足元に崩れ落ちそうになる。
「アルトさん!」
間一髪の所で、倒れる前にエルが妾を抱き抱えた。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
心配そうに顔を歪めるエルの頭をそっと撫でる。
「大丈夫、魔力切れで疲れただけだから……」
しばらく休んで魔力を回復させれば問題ないと告げると、エルは安堵のため息を漏らした。
そんなに心配しおって……妾の事、好き過ぎだろうが。
「すまんが、このまま寝室まで運んでくれるか?」
「もちろんです!」
妾をお姫さま抱っこで抱えると、エルはスタスタと駆け出す。
「……あの、アルトさん」
「ん?」
「さっきの婚約者とか言う誤解の事ですけど……」
「うん……説明してもらえるか?」
妾がすんなり話を聞く姿勢を見せると、エルは一生懸命に説明してきた。
……なるほど、幼馴染みのお姉さんね。
で、油断していたら指環をはめられたと。
んもう……迂闊だな、お主は。
「で、どこまでいっていたのだ、そのお姉さんとやらとは」
「ど、どこまでって……」
戸惑うエルだが、その幼馴染みが昔からエルを狙っていたなら何もしていない筈がない。
妾がその立場だったら、絶対になにかしているからな!
「な、何もされてないですよ!」
慌てて否定するが、ふともっと小さい頃に頬っぺたにキスされたくらいかな……と小さく呟いた。
ふむ……。
くいっとエルの頭に手を伸ばし、軽く引き寄せるとその頬にキスをする。
「ひゃう!」
何をされたか悟ったエルがすっとんきょうな声をあげた!
「ア、ア、ア、アルトひゃん!?」
「これでそのお姉さんとやらと五分五分だな」
クスクス笑う妾に、真っ赤になって動揺しまくるエルが妙にかわいい。
「悪いがもう限界だ……少し眠るから……頼んだ……ぞ……」
任せてください! と元気よく答えたエルの腕の中、妾はゆっくり目を閉じて眠りについた。