36 正体を現す『めんどくせぇ』
「……っだよ……なんだってんだよ……」
エルに蹴り飛ばされたウジンが、何やらブツブツと言いながらゆらりと立ち上がる。
その視界に妾達が入っていないかのように呟くその姿は、よく解らんが怖い物があるな……。
「あああぁぁぁっ!! ふざっ、ふざけんなぁ!!」
突然激昂し、ウジン叫びながらは駄々っ子のように地団駄を踏み始めた!
床の修繕もタダではないので、正直やめてほしい。
そんな修繕費の心配をする妾と骨夫を無視し、エルを睨み付けながらウジンは更に吼え続ける。
「お、おれっ、俺はなぁ! きっかりと組んだスケジュールが、て、てめぇみてぇな奴の横槍で狂わされるのがい、一番ムカつくんだよおぉ!」
怒りの余り、多少どもりながら暴れるウジンの姿は、とても七輝竜と呼ばれる者には見えない。というか、キレ過ぎだろう。
「見苦しいな……」
「えー、でもさっきのお嬢も似たような物でしたよ?」
つい漏れた妾の言葉に、骨夫が食いついてくる。
「馬鹿を言え。あんなに取り乱してなどいない」
大体、お前はその時妾から魔力供給をカットされて機能停止していたではないか。適当な事を言うなっつーの。
「まぁ、行動不能にはなってましたけど、意識はありましたからねぇ……状況の把握は出来てましたよ」
そうなの!?
だが言われてみれば、ウジンが現れた時に魔力供給を再会したらすぐに状況に対応していたな……。
つまり、『ただの屍』状態のこいつの前では迂闊な事はできんという事か。
でも、そういう事はもっと早く言っておけ。あー、恥ずかしい所を見られる前で良かった。
「……人をムカつかせておいて、何をペチャクチャ喋ってんだ……何様だよ、クソが!」
突然、ウジンの矛先が妾達に向いてくる。
なんだ、その言い草は! 完全な八つ当たりではないか。
お前こそ何様だと言ってやりたい。
「はーん? お前こそ何様だ、ボケぇ!」
中指を立てながら、柄の悪さを前面に出して骨夫が言い返す!
相手にするなと言いたい所だが、すっきりしたので今回は不問としよう。
「あああ……チクショウ!」
頭を掻きむしり、ウジンが妾達を次々と見回した。
「使えねえ部下! チョロチョロうざい小娘と骨! 訳わかんねぇ人間のガキ! お前ら一体、何なんだよ! 何の権限があって俺の邪魔をすんだよ!」
なんだかもう、泣きそうな感じでウジンはこちらに訴えてくる。
「さっさと死ねよ、なぁ!竜族にかなうハズなんかねぇだろ? なら、俺の予定をしっかり遂行させるためにも、今からでも死ぬべきだろうが!」
常識で物を考えろと、非常識極まりない事を言ってくる奴を見て、なるほど『めんどくせぇ』の二つ名はぴったりだなぁと変に納得してしまった。
「いい大人が、子供みたいな事を言うんじゃない!」
終いには子供であるエルに怒られる始末である。
「もう、いい……時間短縮の為に採算度外視だ」
ふっと真顔に戻ったウジンの瞳が金色に光り、爬虫類じみた縦長の瞳孔が走った。
さらに口が裂け、ギラギラした鋭い牙が見え隠れする!
ぬうっ! こやつ、人化の魔法を解いて正体を現すつもりか!? というか、こんな室内で竜の姿になられたら建物が持たんぞ!
慌てる妾達を尻目に、またもやエルが目にも止まらぬ動きでウジンの懐に潜り込んだ!
「ここじゃ狭いでしょ? 外でやろう」
そう言って奴を背負うと、窓の方に向かって放り投げる!
「……いいだろう。先に行ってるぞ」
ウジンはそのまま窓を突き破り、中庭の方に消えて行った。
大丈夫? ここ、結構高い場所だよ?
もしも落下して、その衝撃で死んでいたら、妾達はどんなリアクションを取ればいいのか……なんて心配を余所に、エルは窓際に駆け寄り、そこから身を踊らせる。
「エル!」
妾達も窓際に急ぎ、そこから中庭を覗き込む。
次の瞬間、巨大な竜の咆哮が城をビリビリと震わせた!
竜族として正体を現したウジンの姿……それはまるで、それ自体が天災のようだ。
アマゾネス・エルフの村で遭遇した自然竜ブラネードが子供に見えるほどの巨体。
人間を数人くらいなら丸のみにできるであろう大きな口の端からは、まる生き物のように炎がチロチロと溢れ揺れている。
岩をも簡単に砕きそうな脚部や尾を振り回し、まるで攻城兵器の塊が意思を持って暴れているような破壊を振り撒いていた。
だが! そんなことより妾達の目を引いたのは、それと正面から渡り合う少年の姿!
破壊鎚のような一撃を悉くいなし、炎渦巻く竜のブレスを闘気を纏わせた魔剣で斬り裂いていく!
鉄よりも堅い竜の鱗や皮膚を砕きながら、確実にダメージを与えて一進一退の攻防を繰り広げるその姿は、まさに奇跡と言っていい!
そんなエルの姿に、妾はブルリと震えを覚える。
恐怖ではない。ただ「エル、かっこいい……♥」という想い故に……。
「マジか……」
「エル様すげぇニャ……」
「ヤバ……濡れる……」
妾の横でエルの戦う姿を見ていた見ていた骨夫達が、それぞれ驚愕と感嘆の声を漏らす。
妾も大体、同意見だが、ここでただ眺めているわけにも行くまい!
「骨夫よ、エルを援護する!」
その言葉に、髑髏の虚ろな眼球部分がキラリと光った。
「思いきり、ウジンを煽ってやれい!」
「心得ました!」
元気よく答えた骨夫は、転移魔法で小道具を取り出して、それを身に付けながら窓から身を乗り出す!
「ヘイヘイ、下手くそ竜野郎! そんな攻撃かすりもしないよー! ノーコン過ぎて欠伸が出るぜ!」
何かの試合を観戦してるみたいに、ハッピにハチマキを身につけ、ビール片手に骨夫がウジンを野次っていく。
ブーブー文句をつける骨夫に苛立ったのか、エルに集中しながらこちらを一瞥もせずに放たれた火球の魔法が、正確に骨夫めがけて飛んできた!
思わず身構えた妾達だったが、着弾する数メートル手前で突然火球は消滅する!
あ、ウジンが張った魔法封じの結界……。
あの辺が結界の境界線かと当たりを付けていると、ますます調子に乗った骨夫がウジンを煽りだした。
「ヒュー、自分で張った結界の事も忘れるなんざ、爬虫類の脳ミソは柔らかくできてんな! 御大層な二つ名をつける前に記憶力アップの脳トレでもやった方がいいんじゃねぇのかーい!」
もう、言いたい放題である。
なんだか向こうが可哀想な気がしてくるが、まぁ敵だしウジンだからいいか。
しかし、骨夫の野次が効いたのか、奴はたまに集中を欠いていたようで、時折エルの攻撃をまともに食らっていた。
よし! 今ならいける!
「エルっ!」
壊れた窓に立ち、下で戦うエルに声を掛けた。
一瞬、何事かと全員の視線が妾に集まる。
「受け止めよ!」
ただ、それだけを告げて妾はふわりと身を飛び降りた。
「ええええっ!!」
骨夫達の絶叫を置き去りにして、妾の体は落下していく。
「ハミィ!」
『承知!』
阿吽の呼吸でエルの意図を理解した魔剣が、刃に纏う闘気の光を爆発させる!
それはウジンの目を眩ませる閃光弾となり、またエルが妾の着地点に到達するための推進剤となった!
「アルトさん!」
地面ギリギリで妾を受けとめ、安堵したエルの表情が怒ったように変化する。
「な、何を考えてるんですっ!万が一の事があったら危ないじゃないでか!」
「うむ……心配させてすまない」
素直に詫びると、肩透かしを食らったようにエルが困惑した顔を見せた。
まぁ、確かに唐突だったからな。だが……。
「エルなら必ず受けとめてくれると信じていたよ」
妾のその一言で、エルの表情は嬉しさと戸惑いで彩られる。
ふふっ、かわいい物だな。
『わざわざ殺されに来るとは……せめて最後はそいつの側に居たいとでも思ったのか?』
妾の行動を、そう解釈したウジンが鼻で笑う。
しかし、そんなセンチメンタルな真似をした訳ではないよ。
「そんなもの決まっているではないか……。皆を率いる者として、妾の実力を見せるのにお前くらいがちょうど良いからな」
『あぁ……?』
挑発する妾の言葉に、ウジンは露骨に不機嫌な声を漏らす。
『魔法を封じられたくらいで手も足も出なかった小娘が、随分とでかい口を叩くなぁ』
苛立ち過ぎて逆に冷静になったのか、意外に静かな反応でウジンは妾達を睨み付けてきた。
ふん、確かに。
だが、それは魔法を封じられていなければ戦えたという事に他ならない。
そして今いるこの場所は、魔法封じの結界の外だ。
だから見せてやろう……『魔界で最も美しく恐ろしい魔法使い』と呼ばれた妾の真の実力をな!