34 第一の刺客
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突然、とんでもない事を言い出したカートさんに思わずギョッとした。
「ち、違いますよ! それは誤解だって……」
変に誤解される前になんとか説明しようとしたけど、アルトさんの視線がとある場所に固定されている。
その視線の先には……リーシャ様が僕に身につけさせた、左手の指輪!
なんとか外そうとしたけど、この指輪はマジックアイテムだったみたいで、全く外れなかったんだ。
それをアルトさんは焦点の合ってない瞳で見つめていた。ちょっと怖い。
そして……「ブチン」と何かが切れたような音を聞いた気がした。
「ア、アルトさん……?」
やや俯き加減のアルトさんに声をかけると、バッと勢いよく顔を上げる!
そして!
「うわあぁぁぁ……」
彼女は突然、ボロボロと大粒の涙を流しながら、大声で泣き出した。
「エルの……エルの裏切り者ぉ……」
どうわわぁと滝のように流れる涙と共に、泣き声混じりで僕を非難するアルトさん。
まさかこんな反応が来るなんて、完全に予想外だ。攻撃魔法が飛んで来るくらいは覚悟していたのに……。
「ううう……『絶対にアルトさんを守る』とか『ずっとアルトさんのそばにいる』とか『アルトさんは僕の生き甲斐です』とか言ってたくせにぃ……」
え、ええ? そ、そんな事言ってたかなぁ……。
「エルの浮気者ぉ! 女たらし! スケコマシ! 石川〇木!」
誰ですか、最後のは!?
もう、ちょっと落ち着いてくださいよ、アルトさん!
「うるさいぃ! バカバカぁ!」
なんとか宥めようとしたけれど、まるで駄々っ子のように聞く耳を持ってくれない。
挙げ句、手近にあった骨夫さんのパーツをぽいぽいと投げつけてきた。
「ちょ、ちょっと待ってください、それって骨夫さん的に大丈夫なんですか?」
「知らなぃ!」
キッパリ言い切って、再び骨を投げてくる。
いけない……このままじゃ話にもならないし、骨夫さんもバラバラになってしまう。
「エル様、泣いている女子には勝てないという格言もあります。ここは一旦、退却を」
それがいいかもしれない。少し時間を置いて、冷静になってもらおう。
はぁ、まさかこんな事になるなんて……。
だけど、このアルトさんの反応が、僕に対する彼女の想いの反動だと考えると……少しだけ嬉しく思ってしまう。つまりは、それだけ好意を持ってくれてるって事だもんね。
……なんて事を考えていたら、骨夫さんの大腿骨が僕の頭にクリーンヒットした。
ダメージは無いけれど、いよいよ本格的に骨夫さんが原型をとどめなくなりつつある。
これはヤバイ。
「エル様、こちらです!」
応接室の扉を開けて待機していたカートさんから声がかかる。
「あの、後でちゃんと説明しますから!」
そう言って飛んで来る骨をかわすと、僕は踵を返して入り口の方に駆け出した。
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ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……。
荒い息を吐きながら、応接室に一人残された妾は涙を拭う。
エルとカートが慌てて出ていった扉の方をぼんやりと見つめながら、ある想いが胸中に沸き上がって来る。
……やってしまった。
我ながら、なんとみっともない真似をしてしまった事か。
冷静になった今になって考えてみれば、何か弁解しようとしていたエルの話を聞いてやれば良かった。
しかし、あの時は頭に血が上りパニック状態になってしまったのだ。
しかも誰だよ、石川〇木って……。
でもまぁ、エルも悪いと思う。
最初から段階をふんでちゃんと説明すれば、妾だってあそこまで取り乱す事はなかった筈だ。
しかし、よく考えてみれば唐突に出てきた婚約者っていうのもおかしい。
これはまさか、エルが望まぬ結婚を迫られているという事ではないのか?
だとしたら、エルの保護者代わりである妾に話を通していないのだから、無効と言っていいだろう。
いいや、完全に無効だ!
うん、そう考えたら何やらすっきりしてきた。
よし、もう少し時間を置いたら、エルによく話を聞いてみよう。まぁ、醜態を見せてしまった今の今では、さすがに顔を合わせ辛いけど。
「面倒な事案はさっさと済ませた方が良いと思うがな」
突然、声をかけられて妾は扉の方に顔を向ける。
そこには見知らぬ男が一人佇んでいた。
黒い髪をオールバックに固め、眼鏡の奥から神経質そうな目付きでこちらを眺めている長身の男。
うん? 一体、何者だ……?
「貴様、何者……」
警戒し、骨夫に魔力供給を再開しながら問いただそうとした妾の瞳に、信じられない物が写った!
男の後ろから姿を現したのは三人の蜥蜴型・獣魔族……いや、背中の羽やリザードマンよりも堅そうな鱗、さらには僅かに漏れる魔力のこもった吐息。
こやつらは竜人族かっ!
──竜人族は、言ってしまえば竜型の獣魔族だ。
しかし、奴等は他の獣魔族とは違い、竜人族だけで群を形成して、真の竜族に仕える事を誉れとしている。
そんな連中とつるんでいる所を見るに、この男は人化の魔法を使用した竜族である可能性が高い。
まさか……。
「ふむ、どうやら察したようだな……頭の回転は悪くないようだ」
上から目線の見下した態度にカチンと来るが、これでハッキリした。
人化の魔法を使いこなす上位竜族。
「私は七輝竜が一人、『怠惰』のウジン。無駄な時間を過ごすつもりは無いので、十分以内に死んでもらおう」
怠惰の名を冠している割りに、勤勉そうな雰囲気を纏いながら、ウジンは妾への殺害予告を口にした。
「嘗めてくれたものだな……」
魔力供給が成されて復活した骨夫が、闇のオーラを吹き上がらせて立ち上がる。
「ほう……流石は『鋼の魔王』の側近、四天王のキャルシアム・骨夫氏。その名に恥じぬ実力をお持ちのようだ」
感心したようなウジンの言葉に、骨夫は照れたように笑みを浮かべた。
敵の言葉に嬉しそうにするでないわ!
しかし、こやつめ……骨夫や妾の実力を認めていながら、この妾を殺すと言ったのか? しかも十分で?
敵陣に在りながら大口を叩く度胸は認めるが、過剰な自信は命取りになると教えてやろう。
だが、その前に!
「貴様等に二つ質問がある!」
「手短にしろよ」
案外、素直にウジンは答える態度を見せて、質問を促してきた。
よし、まずは一つ目!
「貴様等、どこから進入してきた?」
城門に大穴が空いていたとはいえ、ここまで来る間に誰にも会わない訳がない。
だとすると、誰かが手引きをしたか、もしくは出逢った者を全て始末したか……。
そんな第一の質問に対して、ウジンは人差し指を立てて見せた。
「上だ。最上部位にあったバルコニーの辺りは無防備だったんでな」
……妾は骨夫の方をチラリと見る。
たしか、「任せてください、城の警備は万全ですよ! ガッハッハッ!」と豪語していたよな?
だが奴は『てへペロッ☆』って感じで、可愛らしく舌を出して誤魔化そうとしていた。一向に可愛くはないが。
うん、後でお仕置きな。
そしてもう一つの質問。ある意味、こちらが本命だ……。
「わ、妾とあの人間達の会話……き、聞いたりしておらぬよな?」
恐る恐る尋ねると、ウジンは少しだけ思案して見せた。そして、
「石川〇木……の辺りからかな?」
そう答えた。
んんん~! 聞かれたかー!
後半だけだけど、聞かれたかー!
石川〇木とは何者だとウジンは問い返して来るが、そんなもの妾が知るかっ!
だが……ふ、ふふふ……妾の恥ずかしい姿を見聞きした以上、ただで帰す訳にはいかなくなったな。
恨むなら、迂闊な己等を恨むがいい。
「質問は終わったな? では、始めよう」
ウジンの宣言に、竜人族達が戦闘体勢に入る。
「クックックッ、十分以上は引き伸ばして、『もうとっくに十分過ぎたんですけおっ!』っ感じでいっぱい煽ってやろう……」
なにやら陰険な事を骨夫が呟くが、妾も概ね同意見だ。
ちょっと騒がしくすれば皆が駆けつけるであろうから、自信過剰な愚か者に、数の暴力というものを教えてやろう。
だが、ウジンはニヤリと余裕の笑みを浮かべる。
「なんの準備もしていないと思ったのか?」
そう言うと、奴は懐から拳大の水晶玉のような物を取り出した。
「これは『竜宝』というマジックアイテムの一つでな……」
こんな効果があると、ウジンはそれを発動させる!
それと同時に部屋全体を、奇妙な力が覆い尽くした!
「な、なんだこれは……」
魔力が……掻き消される?
「この部屋を魔法封じの結界で覆った。外へは物音一つ漏れる事も無いので安心してほしい」
あ、安心できる要素が一つも無い!
これは結構、やばいのではなかろうか!?
妾の隣で、何か魔法を発動させようと骨夫がアワアワとやっているが、やはり上手くいかないらしい。
「魔法を封じられた魔法使い……魔王の娘と四天王を殺すのに十分もいらないと言った意味が解ったろう?」
ウジンの言葉に弾かれるようにして、三体の竜人族が妾達へと飛び掛かってきた!
特に石川〇木をディスる意図はありませんので、あしからず。




