32 その後のアルトさん
──話はエルとアルトが別れた時まで遡る。
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カートが作った転移魔法の転移口の中に、二人と二匹は姿を消した。
さて……彼らが戻ってくるまでに、妾もやることはやっておかねば。
皆の上に立つものとしては、仕事はいくらでもあるからな。
さっそく骨夫に指示を出し、働き手となった猫達を、再び情報収集を兼ねた偵察に出させる。
これから情勢不安になりそうな魔界では、情報の価値はとても高くなるだろう。
だから、どんな状況になっても対応できるようにしておかねばなるまい。
備えあれば嬉しいなと言うやつである。
よし、次は……あれ、特にやることがない?
いや、本来なら領地の様々なトラブルや問題を解決すべく頭を悩ませなければならないのだろう。
が、なんせ父上が封印されている間に、我が領地だった街はそれぞれの運営されている、言わば独立状態だ。
税などは徴収できんが、問題解決に奔走する義務もほとんど無い。
と言うか、前回の偵察で猫達が拾ってきた噂によると、魔王城は誰もいないはずなのに破壊音が時おり聞こえる呪いの城という心霊スポットみたいな扱いだそうだ。
ひどい。
本来なら魔王の娘として、妾が独立状態の街を纏めあげなければならないのだろうが、エルに妾の正体を隠している現状では、おおっぴらにそれもできないし……。
そうなると残った猫達と城内の清掃でもするかしかないか。
うーん、正体を隠して動く弊害がこんな所で出るとは。
いっそ、エルに妾の立場をすべてさらけ出そうか……そんな事も考えてしまう。
しかし、下手をすれば人間との戦争の火種になる、焔の竜王の一件が決着するまではやめておいた方が無難か。
とりあえず、最優先で玉座の間と応接室だけは掃除させておこう。
来客とかあったら困るし。
そんな事を考えながら、妾はドレスからジャージに着替えてモップを手に構えてみせる!
猫達の拍手が、ちょっと気持ちよかった。
掃除を終え、小一時間ほど経過した今、妾は玉座に座りながら物思いに耽る。
「……エルは今頃、どうしているかな」
小さなため息と同時に、呟きが漏れた。
「別れてからまだ半日も経ってないでしょうに……もう、エル欠乏症ですか?」
「うおっ!」
いつの間にか隣に立っていた骨夫に話しかけられて、妾は玉座から転げ落ちそうになる!
「い、いつの間にいたのだ!妾の近くに立つなら声ぐらいかけんか!」
主でありレディである、妾に対して失礼であろうがっ!
まったく、アンデッドはこういう所が気が利かないから困る。何より、へいへいと若干にやけながらの態度も腹立たしい。
魔力供給カットしてやろうかな……。
「そんな事より、エル達が戻ってくるまでは数日はかかるでしょうから、今から寂しがっていたら身が持ちませんよ?」
はぁー? べ、別に妾は寂しがってなんかいないんですけど!
むしろエルが寂しいんじゃないかと心配してただけなんですけど!
「左様ですか……まぁ、どちらでもいいッスけど、あんまり腑抜けた所は下の者に見せないで下さいよ」
やれやれといった感じで骨夫は言う。
ふん、いつだって妾はクールビューティーの化身よ。弛んでなぞおらんわ。
「ならいいんですがね。魔界の情勢が不安定なんで、変なプレッシャーをお嬢が感じているんじゃないかと心配でしたから」
む、妾を元気付けるために軽口を? 骨夫……お前、いつからそんな気遣いのできる子になったのだ……。
うむ、そうだな。妾も少し気を引き締めねば。
……なんて事を考えていた、その翌日。
妾達の元に、まったく予期していなかった来客が訪れた。
早朝から、門の前で騒ぐ輩がいるとの猫からの報告に、ガツンとかましてやりますよと言いながら、そちらに向かった骨夫が血相を変えて戻ってくる!
「た、た、た、大変です、お嬢! ヤバイ連中が面会を求めてます!」
ヤバイ連中……?
何者なのかと骨夫に問うと、その口からは確かにヤバい連中の名が飛び出した。
「なん……だと……」
危うく妾も絶句しかけた。何故なら、訪ねて来たのは竜族の者だったからだ。
焔の竜王が敗北してから大して日も経っていないというのに、妾達の所になんの用だというのだろう……?
なんにしても、まさか門前払いにするわけにもいかない。
「応接室に通しておくがよい。妾も身仕度してから向かう」
はっ!と骨夫は返事をして、慌てて駆けていった。
ふう……先に掃除しておいてよかった……。
十分ほど過ぎた頃、妾は応接室に備えられたテーブルを挟んで来客と対峙する。
来客は三人。彼らは皆が人型の姿をしてはいるが、恐らく人化の魔法を使っているのだろう。
しかし、妾の対面のソファに座っているのは一人だけだ。
他の二人は、ソファの後ろに直立不動の姿勢でおり、いかなる状況にも対応できるよう、周辺に気を配っていた。
突然、訪ねてきてその態度はどうかと思ったが、彼らの置かれている状況を考えると仕方があるまい。
「本日は突然の訪問にもか変わらず、対応していただき、ありがとうございます」
ソファに座る青年が、妾に頭を下げる。
ふむ、どうやらこの青年風がこやつらの頭か。
「いやあ、かつて魔界を制覇する寸前だった『鋼の魔王』様の一人娘は、魔界の至宝と呼ばれるほど美しいと聞いていましたが……正に噂以上の美しさでありますな」
ふふん、見え透いた世辞を言う。もっとも、そんな当たり前の事を言われても浮かれたりはしないがな。
そうして一通りの賛辞を述べた後、彼はようやく自身の名を告げてきた。
「私の名はトゥーマ・ヤハト・チェリスト。『焔の竜王』の次男です」
思ったより大物だった!
と言うか、『焔の竜王』は倒されたのであろう?
縄張り内が、がたついているであろうに、次男とは言えかの竜王の息子がこんなところに居てよいのか?
妾は思いきって、その辺を尋ねてみる。
「……っ。まさか、その情報を、持っているとは……さすがは『鋼の魔王』のご息女ですね。良い耳をお持ちだ」
誉めてはいるが彼の言葉には感心するような、警戒するような響きが混じた。
「妾はまだるっこしい事は、嫌いでな……今日来た要件を手短に話してもらおうか」
話の主導権を握るためにも、敢えて高圧的な態度に出て流れを作る。
「では……簡単に言わせていただけば、我々と同盟を組んでいただきたい!」
……なんて? 同盟?
一体、どういう事かと詰め寄って聞きたいところだったが、ここで焦りは禁物。
だからなるべく平静を装おってほぅ……とだけ呟いて見せた。
「自国で揉めているのに、他国と同盟とは穏やかではないな」
妾の言葉に、トゥーマは自虐的にな笑みを浮かべた。
「その理由は、これから話させていただきます」
そう前置きすると、彼は今現在の『焔の竜王』の縄張り内の状況を語り始めた。
「すでに一部の者には伝わっているようですが、我が父がとある人間に打ち倒されました」
うむ。妾の予想では勇者の系譜の仕業と睨んでいるが、それを言うとやつらを魔界に引っ張り込んだ妾達に追求が来そうなので黙っておく。
「その事があってから我が領土内で意見が二つに別れたのです」
そこでトゥーマはため息をついた。
「一方は竜族の強大さを誇示すべく、積極的に他領に戦いを挑むという主張。そしてもう一方は、他族と協調し争いを控えるという主張」
自分達は後者であり、彼の兄……焔の竜王の長男「ヅィーア・ドシウ・チェリスト」は前者なのだという。
「兄の主張は過激過ぎて、下手をすれば魔界全土から袋叩きに合いかねません。しかし、竜族のプライドの高さから兄に賛同する声も多いのが現状です」
なるほど、それは頭が痛い問題だな。
プライドを取れば自滅、かといって同士討ちでも始まれば他領の連中が切り崩すチャンスとばかりに襲ってくるだろう。
なればこそ、先に周辺と同盟を結び利用しつつも余計な口出しを封じるという狙いか。
ふむ、考え方としてはなかなか良いと思う。
しかし、『鋼の魔王』がいない妾達に同盟なんか申し込んでも得になるとは思えんがな。
「いえいえ、アルトニエル様の美貌と魔力は、魔界に置いて並ぶものなしとの誉れも高い。貴女を味方にできれば、他の王も説得しやすいでしょう」
他の……王? こやつ、『巨人王』や『獣王』も引き込むつもりか?
そこまで欲張っては、逆効果のような気がするが……。
「万全を期すためには多少の出費は仕方がありません。なにせ……」
少し言葉を溜め、意を決したようにトゥーマは言い放つ。
「竜族の最高戦力、『七輝竜』が兄に与しているのですから」
彼の口にした七輝竜の名に、妾の背中を戦慄が駆け抜けた。




