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魔王の娘と勇者の子孫  作者: 善信
29/101

29 ラライル組のNo.2

「やめろ、三朗……」

 僕達に向かってくるウルフ・三朗を嗜める声が部屋の奥からかけられる。

 それに反応して、三朗の動きがピタリと止まった。

「あ、兄貴……だけどコイツは」

「だけどじゃねーよ。ここは領主様の屋敷だぞ、そんな場所で暴れる気か?」

 兄貴と呼ばれ、ゆっくりと立ち上がったのは、物静かでありながら深く潜めた実力を感じさせる……そんな男だった。


「このガキか……お前を一撃で沈めたってのは」

 兄貴と呼ばれた男は値踏みするように僕を見回す。

「失礼な連中ですね……せめて名を名乗りなさい」

 少し怒りを含んだ声で、カートさんが三朗達を睨み付ける。


「もっともだな……俺の名はタイガー・虎二郎(こじろう)。ラライル組のNo.2をやっている」

 ウルフ・三朗とのやりとりから予想はできたけど、やはりこの人もラライル組か。

 しかも三朗より上で、あの名前からすると獣魔族の可能性が高い。


「くくく……虎二郎の兄貴はな、かつて魔界最強と恐れられた『鋼の魔王』に仕える四天王の一人で、破壊王と呼ばれたタイガー・虎吉のお孫さんなんだぜ!」

 『鋼の魔王』の四天王!

 それって、かつて初代勇者(ごせんぞさま)が戦ったっていう……。

「やめろ、三朗。偉いのはじいちゃんで、俺には関係ない」

 文字どおり虎の威を借りようとした三朗を虎二郎は嗜める。

 むむ……安っぽい威嚇は使わない、自分に自信を持っているタイプか。


「確かにじいちゃんは偉大だ。しかし、俺はラライル組No.2として、また居酒屋チェーン『ビッグタイガー』の宣伝部長としていつかあの人を……越える!」

 誇りと決意の籠った呟きを虎二郎は口にする。

 口にするのはいいんだけれど……居酒屋の宣伝部長ってなに?

「居酒屋チェーン『ビッグタイガー』は、じいちゃんが魔王軍を引退してから始めた創業百五十年を越える老舗の居酒屋だ。人間界に二十二店舗、魔界に十三店舗を広げ、日々皆様の憩いの場として貢献している。食のメニューも豊富で、昼は食事のみのランチタイムを展開している店舗もあるぞ。また、月の初めと終わりには冒険者割引の日として、魔獣退治やクエストに疲れた冒険者を癒して……」

 待って! ちょっと待って! なんで急に早口になるの!


 突然の勢いにビックリした。

 宣伝したいのは解った。けれど、なんでそういう職種じゃなくて冒険者をやっているんだろう。

 そんな僕の疑問に、虎二郎はフッ……と小さく笑った。

「決まっている。俺自身がカリスマ的な冒険者となり、行き付けの飲み屋として『ビッグタイガー(実家)』を宣伝するためよ!」

 う、ううん……。

 色々な冒険者って人達を見てきたけど、こういう理由で冒険者やってる人は初めて見たかもしれない。


「だが……その野望は今や風前の灯火。そう、お前達のせいでな!」

 ビシリと虎二郎は僕を指差す!

 ちょっと何を言ってるのか解らない。僕が何か関係してるの?

「三朗が倒され、ラライルの姐さんが呪われて、我らがチームは多くの者が離れていった……だからこそ、その元凶となったお前達を倒す事で、再びあの日の栄光を取り戻すのだ!」

 んん……言いたい事は解るんだけど、それって逆恨みじゃないのかな?

 それに、ラライルって人が呪われたのは、僕達に関係ない話だと思うし。

 だけど、虎二郎は聞く耳を持たない。

「惚けおって……姐さんに呪いを放ったのは、お前の連れの女ではないかっ!」

 ええっ!……って、カートさんが?

 驚いてカートさんに振り返ってみると、「知らないです」と首を振って見せた。


「いや、そいつじゃない。いるんだろう? えらく別嬪な魔族の女が」

 虎二郎の言葉に思いあたるあの女性(ひと)の顔が浮かぶ。

 だけど……三朗達と一悶着あった後、僕とアルトさんが一緒にいる時にラライル組からの干渉は無かった筈だ。

 つまりは……。


「お前ら……アルトさんに何をしようとした」

 抑えたつもりだったけど、言葉と共に怒気が吹き出してしまい、部屋にいた全員が固まる。


「はぁ、ヤバイ……怒ってるエル様も素敵だわ……子宮(おなか)が疼いてきちゃう……」

(落ち着いてくださいエル様。敵の思うつぼかもしれませんよ)


 思考と言葉が逆になってるカートさんを、とりあえずスルーしつつ、僕はラライル組の連中に(自分なりに)鋭い眼光を向ける。

 僕に関わる事で(・・・・・・・)僕のいない時に(・・・・・・・)アルトさんにちょっかいを出したのが許せない。

 睨む僕の目を、それでも真っ直ぐ見つめ返しながら、虎二郎は口を開く。


「あの女をひょ……人質にして、お前を呼び出そうとした」

 返り討ちにあったがね……と虎二郎は自嘲気味に笑う。

 最初の「ひょ…」っていうのは、気圧されたのか言葉につまったせいだったみたいだけど、それでも平静を保ったのは少しだけ感心した。


 虎二郎は僕を指差して、挑むように言う。

「三朗の恥を灌ぐため、姐さんの呪いを解くため……えっと……」

「エルトニクス」

「エルトニクス、お前に勝負を挑む!」

 僕の名前を聞いてから、正々堂々とした挑戦を突きつけてくる。

 そんな風に来られたから、僕の怒りもなんだか掻き消えてしまった。

 アルトさんに手を出そうとした事は許せないけど、誰かのために戦おうとする虎二郎……さん自体は、好ましい人物だと思う。

 そういえば、親戚のお兄さんも言っていたっけ。

「真っ正面から挑んでくる奴には真っ正面からぶつかってやれ。罠だったら? そういうのも正面からぶち破るから、格好いいんだろ?」

 確かにそう思う。でもその後、お兄さんは美人局にあってしばらく人間不振になったらしいけど。


 ……何か、話がどうでもいい方に行きそうだったので、それはさておき。

 僕は彼の挑戦を受ける事にした。

 僕が勝っても別に得は無いけれど、それでも虎二郎さんの心意気に打たれたからだ。

 というか、男として受けるしかないよね!


 さすがに室内では暴れられないので、屋敷の中庭を借りて勝負をすることになった。

 僕達だけではなく、何人かの手の空いた使用人や衛兵の人達も見物している中、僕と虎二郎さんは少し距離を開けて対峙する。


「勝負を受けてくれたことには感謝する。だが、手は抜かんぞ!」

「それは僕だって同じことです」

 フッ……と笑い合って構えたその時、虎二郎さんの肉体に変化が現れた!

 筋肉が膨れ上がり、全身を剛毛が覆って金と黒の縞模様を織り成す。

 裂けた口には鋭い牙が並び、僅かにせり出した鼻筋が獣の形相となった。

 直立する虎の獣魔族! それが虎二郎(かれ)の正体!

 まぁ、名前からしてそうかなとは思っていたけど。


「ハアァッ!」

 そんな虎二郎さんに対して、僕は気合いの声と共に全力で拳を打ち込んだ!

 しかし、彼は微動だにせず、まともに腹部で受け止める!

 くっ、かわすまでもないって事か。

 深く打ち込んだ拳の手応えを感じながらも、警戒を怠らなかった事が幸いして、ゾクリとするような悪寒に反応できた!


 身を翻してその場から飛び退いた次の瞬間!

「おぷっ!」

 ガスが抜けるような音と一緒に、虎二郎さんの口から吐き出された吐瀉物がさっきまで僕が立っていた場所を濡らしていた。

 そのまま彼は(うずくま)り、エロエロと吐き続ける。

そして一言。


「……参った」


 ええええええええぇぇぇぇぇっ!!??


その場にいた、全員が声にならない声を上げる!

 あんなに強キャラオーラを出していたのに、一撃で終わり!?

 予想外な結果に、当人の僕もどうしていいのか解らない。


「大丈夫か、兄貴ぃ!」

 踞る彼に三朗が涙目で駆け寄る。だが、「ぽんぽんいたいからムリ」と若干、幼児退行する程ダメージを受けた虎二郎さんは腹を抑えて起き上がる事が出来ない。

 これは……僕の勝ちでいいんだよね……?

 戸惑う僕に、見物人達からまばらな拍手が送られていた……。


「見事だった、エルトニクス」

 しばらくして、ようやく回復した虎二郎さんが、三朗を供に連れて僕の元に訪れた。

 あれだけ内心で盛り上がっていたから、なんだかちょっと気恥ずかしい……。

 そんな僕の胸の内を知ってか知らずか、虎二郎さんは突然土下座する!


「ど、どうしたんですか、虎二郎さん!」

 慌てる僕に、虎二郎さんは冷静な態度で口を開く。

「負けた身でみっともない事を言っているとは思う! だが、せめて姐さんにかけられた呪いだけは解いてやってくれないだろうか!」

「お、俺からも頼む! どうか兄貴の思いを汲んでやってくれ!」

 虎二郎さんに続いて、三朗も土下座した。

 必死の思いで土下座をする二人を前に、僕の答えは決まっている。

「わかりました。アルトさんに合流し次第、解呪の方法を聞いてみます」

 そう言うと、顔を上げた二人の表情がパッと輝いた。

「ありがたい! これで姐さんが『ドスケベモンスター』にならなくて済む!」

 喜びに溢れる虎二郎さん。

 だけど、正直な所、彼の姿より『ドスケベモンスター』というワードのインパクトが頭に残る。


 ……一体、どんな呪いだっていうんだろう。

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