27 人間界へ向かう一向
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「それではエル様……参りましょうか」
カートさんの言葉に、僕と猫達が頷く。
彼女が転移魔法を発動させて、僕らの目の前に転移口が展開された。
予定としては、これで魔界の街であるドゥーエに向かい、そこから乗り合い馬車で人間界に向かう。
リオールの街に到着したら、領主様の館がある『ジャマルンの街』を目指す段取りだ。
一度に行ければ楽なんだけど、転移魔法は一度行った事のある場所(骨夫さんみたいな裏技もあるけど)にしか転移口を繋げないんだから仕方がないよね。
「無理はするな! 気を付けて行くのだぞ!」
見送ってくれるアルトさん達に手を振りながら、僕達は転移口をくぐった。
トンネルを抜けると、そこはドゥーエの街。
相変わらず人間や魔族の人達がワイワイと交流していて活気に溢れている。
……上の方で戦争の火種が燻ってるなんて気配は、少しも感じられないな。
「では、ナルツグ商会へ参りましょうか」
カートさんに頷いて見せると、キジトラ模様のハンターキャッツ、スケアクロウが僕の裾を引っ張った。
「エル様、ナルツグ商会ってなんにゃ?」
「『緑の帯』に道を通して、人間界と魔界の交易をしている会社だよ」
僕の説明に、黒と白のツートーン柄のカクリコンが感心したような呟きを漏らす。
「そんな危険地帯に道を通すとは大したものだニャ」
うん、そうだね。……っていうか、君達の種族って情報収集が得意なんじゃなかったっけ?
一応、常識レベルの話しかしてないんだけど……。
「我らハンターキャッツは、狩りに関係する情報にしか興味はないにゃ」
「世間の常識を知りたければ、知っている人に聞けばいいニャ」
清々しい位に興味本意で生きてるあたりは、さすが猫だと感心してしまった。
でも、こんなのばかりだと、集めた情報の信憑性も怪しくなるんじゃないのかな……。
そんな心配をしていると、それは大丈夫にゃとスケアクロウが胸を叩いて見せる。
「情報集めが得意なのは『フォークロアキャッツ』の連中にゃ」
「あいつらは主婦の噂話から国家機密まで、なんでも集めてくるニャ」
そんなに!?
何て言うか、魔界ネコってパッと見は人間界の猫と変わらないのに、種族によって性格の差が激しいな。
彼らに驚きながら話しているうちに、僕らはナルツグ商会の建物に到着した。
「たのもう」
率先して建物に入ったカートさんが声をかける。
「あ、カート隊長!」
すると中から数人のアマゾネス・エルフが姿を表し、カートさんに挨拶をしてきた。
「久しぶりですね。皆に変わりはありませんか?」
以前にこの女性達を束ねていたカートさんは、にっこりと微笑みながら近況を尋ねる。
「はい! むしろ今は色々と遣り甲斐もあって、みんなも充実しています」
元気よく、しかし何か淫らなものを感じる笑顔で、アマゾネス・エルフさん達は答えた。
そう言えば、彼女達の肌が妙にツヤツヤしているのはなぜだろう。
そして、商会の男性職員の何人かが、干からびたようになっているのは……。
子供の僕がこれ以上首をつっこんではいけないと本能的に察したので、それ以上は考えるのを止めた……。
「ところで、我々も乗り合い馬車で人間界に向かいたいのですが、次の便に空いている席はありますか?」
そう問われて、彼女達の一人が確認の為に事務所にむかった。
戻ってきた彼女の返事は、残念ながら、客席埋まっているとの事。
「困りましたね……いっそのこと、私達だけで強行突破しましょうか?」
僕がそう提案すると、カートさんが難しそうな顔になる。
それも出来なくはないでしょうけど、少人数で行けば『緑の帯』内で襲ってくる魔獣は劇的に増えると彼女は言う。
なるほど、ある程度の大人数で動くと言うこと自体が、魔獣への牽制になるのか。
「あの……よろしかったら、エル様とカート隊長に護衛チームとして参加してもらうのはどうでしょう?」
「ああ、それはいいですね」
ふと出てきたアイデアに、僕達は賛成する。確かにそれなら馬車に空きがなくても大丈夫だ。
「やった! エル様が一緒だ!」
キャッキャッとエルフさん達が盛り上がる。
何だかこそばゆい感じはするけど、下手にガチガチな対応をされるよりはいいかな?
なんて思ってたら、エルフさん達が僕を見る目に、いつしか妖しい光が宿っていた。
この目は……知っている!
夜な夜な僕を襲おうとする、カートさんと同じ目だ!
ゾワリと背筋に悪寒が走り、冷たい汗が流れる。
そんな時、スッとカートさんが僕の前に立ちふさがって、彼女達を嗜めてくれた。
「ダメですよ、アルト様からも手出し厳禁の命が出ていますからね」
アルトさんの命令で止めてくれたみたいだけど、「私ですら、まだ食べてないのに」ってオーラを放つのは止めて貰いたい。
そんな風に、現アマゾネス・エルフの支配者である名前を出されて、エルフさん達は残念そうに口を尖らせる。
しかし、すぐに気を取り直して、商会の男性職員に視線を向けた。
視線の先で、捕食される小動物みたいな悲しげ男性職員の表情が印象的だった……。
「そろそろ出発の時間です」
小一時間ほど経った頃、僕達に馬車の御者を務めるナルツグ商会の人が声をかけてきた。
飛び入りみたいな僕達なのに、すんなり参加させてもらえたのは、商会とアマゾネス・エルフの間に信頼関係が成り立っているからなんだろうな。
「今回は、こんな陣形で行こうと思います。エル様とカート隊長には、後衛を任せてもよろしいでしょうか?」
リーダーを任されているらしいエルフのお姉さんが、僕達に意見を求めてくる。
「私達は飛び入りですから、貴女の計画にしたがいます」
カートさんの言葉に、彼女はそれではお願いしますと一礼して、一群の先頭に向かった。
「では出発しまーす! 準備は良いですか?」
エルフさんの問いかけに、全員からOKがでる。
それを確認して、護衛チームの彼女達がエルフ特有の能力、『エルフ妖術』を発動させた。
「影ヨリ来ル者ヘノ呼ビ声!」
その妖術が完成した時、どこかで狼の遠吠えを聞いた気がした。
やがてそれはエルフさん達の影から、飛び出して姿を現す!
鈍い銀色の光を放つ毛並みに覆われた、巨大な狼。それが彼女達が呼び出した物だった。
「召喚……魔法?」
「似ていますが違うものですね」
僕の呟きに、カートさんが答える。
そんな彼女が喚び出したモノは、他のエルフ達が喚び出した狼よりも二回り以上も大きい。さすがは隊長を努めていただけのことはあるなぁ。
「この狼達は、私達の身の内に宿る魔力により具現化したものです。言うなれば、私の分身といった所で……」
彼女の説明がまだ終わっていないというのに、喚び出された狼は僕の方に近付いてくる。
そうして僕の顔をペロペロと舐めだした。
「あはっ、くすぐったいよ」
やんわり宥めてみたけれど、狼からの舐め回しは一行に止まない。それどころか、さらに激しさを増してくる。
「ちょっ、待った! そこはダメだよ!」
顔を舐めていただけの狼が突然、僕の股間辺りを舐めようとしてきたので、慌ててそれを制止した!
「わふっ、わふっ!」
妙に興奮する狼。くっ……こういった所は確かにカートさんの分身かもしれない。
それから数分間の攻防の末、カートさんが狼にきつい一撃を食らわせるまで、僕はなんとか貞操を守り抜いた。
うう……これから先が思いやられるなぁ……。




