26 予想外の報告
翌日。
早速、偵察部隊の猫達が編成され、各地を目指して城から出立していった。
戻るのは早くても一週間ほどかかるそうなので、それまでは各自でやるべき事、やりたい事を進めておくことにする。
エルは、近隣の(食材的な)動植物の調査。
カートと骨夫は、魔法と肉弾戦(片方は骨だが)の修行。
マタイチ達は、各自の手伝いや昼寝。
そして妾といえば……まぁ、そのなんだ……少し(あくまでほんの少し!)ぽよってきた無駄肉を削ぎ落とすべく、こっそりと有酸素運動なんかに取り組んだりしていた。
いや、これは大事なのだ。リーダーたるもの、容姿も重要であるからな。
そんな感じで一見、のんびり過ごしているだけのようにも見えるだろうが、竜や獅子とて休むときは全力で休むのであるから云々……。
まぁ、情報が届くまでやることはあまりないのだから、後でいっぱい働くために……というやつである。
そして一週間が瞬く間に経過して、城にようやく情報が届けられた。
それらを精査した結果、重要度の高そうな物が三つ。
一つ目は『焔の竜王』亡き後の縄張り内について。
なんでも二人の重鎮が、かの竜王の跡目争いをしていて、現在は縄張り外にちょっかいを出す暇はなさそうとの事。
二つ目は、その竜王を倒した人間達について。
其奴らは竜族に奴隷とされていた人、魔族を問わずに全て開放したらしい。
竜王の縄張りを出るまでは、開放した者達と行動していたそうだが、現在は行方知れずだそうだ。
その二人が勇者の系譜である可能性が高い以上、何処にいるのかわからないのは、ちと不安ではある……。
そうして三つ目の情報を聞いた時、最もそれが意外だと感じた。
なんでも人間界のとある貴族が、魔界を攻めるべく国に働きかけているらしい。何故だ?
しかもその貴族は、妾達も立ち寄ったリオールの街も領内に置いている大貴族だという。
ますます解らぬ。
何か魔界でしか得られぬ重要な資源でもあるなら話は別だが、それなりに友好的な交易をしている街を抱えているにもかかわらず、なんでそんな事を?
「その貴族の家名はなんというのだ?」
「……調べ忘れましたにゃ」
おい、猫ぉ!
んもー、肝心な所が抜けてるではないか!
「なんでも、最近かの領地から拐われた人間の中に、その貴族へ魔法薬を納品していた技師が居たそうですにゃ」
なるほど、竜族は人間も拐って奴隷としていたから、その中に大切な技師が居たと言うわけか。
竜王が討ち取られたこのタイミングはさすがに偶然だろうが、重要な魔法薬を作る技師が拐われたのを知って、動き出したといった所だろうか。
でも、そこまで調べたなら家名もちゃんと調べてくればよかったのに……。
そんな猫からの報告を聞いて、エルの顔色が変わった。
「どうしたのだ、エル?」
「その拐われた魔法薬の技師って……僕の父さんかもしれません」
「なにっ!?」
確かに以前、エルの両親はそんな仕事していたと聞いたが、まさか……。
「僕とアルトさんが出会ったジマリの街もリオールの街も、大貴族である『ハクアチューン家』の領地なんです。父さんは年に何度か領主様に魔法薬を納めていましたから、多分間違いないと思います」
なんと……だが、そうなると面倒な事になったぞ。
エルの両親を探して帰らねば、おそらくその領主は王に戦争を進言しまくるだろう。
無論、人間の王が一領主の言葉だけで戦争に向かう事はないと思うが、そこに損得勘定が絡めば、どう転がるかは解らない。
そして一度始まってしまえば、戦禍の広がりは妾の想像や計算を越えた物となる事は明白だ。
かつて、人間と魔族が争っていた時代ならいざ知らず、それなりに共存できている今の現状を乱すのは、妾も本意ではない。
だが、戦争の回避を目指すには、竜族の縄張りから開放された人間達に接触し、調べる必要がある。
それには、どれだけの時間がかかる事やら……。
「……アルトさん、僕は一度、人間界に戻ります」
ふと、エルがそう妾に告げた。
「父さんがハクアチューン家に納めていた魔法薬は、僕にも作れます。だから僕は人間界に戻って、薬を納めて事情を説明し、戦争への進言を止めてもらうように話をしてきます!」
うむむ……それが可能であるなら、ありがたい。
勿論、魔界で人間を奴隷にするような輩を撲滅しなければ問題の根本的解決にはならないが、それでも目の前の戦争の可能性を潰せるなら、それに越したことはないからな。
「アルトさんのお父さんを助ける約束が守れないのは、心苦しいんですが……」
申し訳なさそうなエルに、そんなことはないぞと首を振りながら、妾は彼をそっと抱き締めた。
「妾を追いたてた連中はまだまだ魔界に健在かもしれんし、不安がないと言えば嘘になる……」
妾の言葉に、心配そうな表情でエルが胸元から顔を上げる。
「しかし、大事の前の小事だ。お主は、お主にできる事を精一杯やってくれ。妾もやれる事をやろう!」
エルは小さく頷く。
「だがな……妾の所に戻って来てくれ。そして、また妾を助けてほしい」
「もちろんです……絶対に僕はアルトさんの元に帰ってきます!」
力強く、それでいて優しく妾の体を抱き締め返すエル。
ん……よい子だ。
誓いを立てた少年に、愛しいものを感じながら、頭を撫でる。
妾達が離れたのは、それから一時間後。「マジ、いい加減にしてくださいよ」と半ギレの骨夫に声をかけられてからだった。
さて、エルが人間界に向かうに当たって、供の者を着けねばなるまい。
「その役目……私しかありませんでしょう」
そう言って手を挙げたのは……カートだった。
うーん、不安しかないぞ……。
「いえいえ、既に転移魔法を修得した私が一緒に居れば、どんなピンチも切り抜けられますし、移動にも便利です」
自身の有能さをアピールするカート。確かに能力的には最善かも知れないが、問題はそこじゃない。
「同行している間、エルを襲わないと誓えるか?」
いつもの行動から、当然の質問をする。……おい、なんで目をそらすのか。
「わ、私からどうこうする気はありませんがぁ、エル様が求めてきたら逆らえないっていうかぁ……」
モジモジしながら、エルに対して獲物を狙うハンターの目付きになるカート。
ダメだ、こいつ……早くなんとかしないと。
「なれば、我々もお供させていただきたいにゃ!」
挙手をしながら、二匹の猫が歩み出てくる。
確かこいつらは……ここ数日、エルと一緒に狩りに行ってたハンターキャッツとかいう猫族だったか?
「エル様の狩りの腕前は見事だにゃ! もっといろいろ勉強したいにゃ!」
「それにエル様の作るメシは美味いにゃ。それだけでも、ついていくには十分にゃ」
なるほど、エルに惚れ込んだというわけか。
うむ、ちょうど良い。
「よし、ではエルにつける供は、カートとお主らハンターキャッツ達にしよう」
二匹の猫が喜びの声を上げ、アマゾネス・エルフが舌打ちをした。
お前、もうちょっと隠す努力をせんか!
とりあえず猫達には、カートがエルに襲いかかったら全力で止めるように厳命しておく。
「では、準備もあるだろうし、いったん解散としよう。では、エル……また後でな」
支度をしに行くエル達を見送る妾に、骨夫がこっそりと声をかけてきた。
「よいのですか、お嬢。エルがいなくては勇者の系譜に対抗できないかも……」
「勇者の系譜は後回しにする」
妾の言葉に、骨夫が意外そうな顔をした。
「今は人間界と戦争になりそうな状況の回避に専念しよう」
父上の復活はその後でいい。
大体、四大勢力の一角が崩れた状態で父上が復活したら、また話がややこしくなるからな。その辺の事情は、父上も解ってくれるだろう。
「だから今は、勇者の系譜ではなく、エルの両親を探しだす事を優先する!」
「畏まりました……」
それ以上は何も言わず、骨夫も今後の準備があると言い残して離れていった。
さて、思った以上に忙しくなりそうだ。これからどうなる事やら……。




