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魔王の娘と勇者の子孫  作者: 善信
25/101

25 猫一同、傘下に入る

「どうか我々を貴女(あにゃた)様の配下に加えていただけにゃいでしょうか」

 マタイチがひれ伏して、そう申し出る。

「そちらのエルフに敗北した以上、追い出されても文句は言えないにゃ……しかし、願わくば我々に安住の地を与えて頂きたく、伏してお願い致しますにゃ」

 端から見れば伸びをしているだけにも見えるが、この場に集まった猫達が全員同じポーズを取っているから、ちゃんと頭を下げているんだろうなぁ。

 そんな唐突な申し出に戸惑う妾を、ちらりとマタイチが盗み見る。うーん、どうした物か……。

 確かに情報収集に長けたこやつらは役に立つだろうが、戦闘力が皆無なだけに、あっさり捕まったりすれば逆にこちらの情報漏れる場合もあるだろうしなぁ。


「よいではありませんか、アルト様。彼等にもアルト様の元で力を尽くしていただきましょう」

 意外な所からマタイチ達を援護したのはカートだった。

 ハッとしたように、猫達がカートを見上げる。

 ふふふ、さては戦う事で何が友情めいた物が芽生えたかな?

「いざという時の捨て駒には丁度良いですし」

 その一言で、全員の視線が凍りついた。

 涙目で「捨てられてしまうの?」と妾に無言の問い掛けをするマタイチ。

 いや、そんなつもりは無いけれど……。


「なんなら非常食でもいいですよね」

 再び、怯え、すがるような目で妾を見る猫一同。

 いや、食わんよ!?

 ていうか、カートはなんでそんなに猫に(きび)しいのだ?

「私達、森に住むエルフにとって、一番の天敵が『グリーン・パンサー』や『ジャングル・黒ヒョウ』といった猫科の魔獣なんです。ですから、猫科の奴等を見ていると、狩ってしまいたく……」

 目に変な光が宿ってきたから、慌ててカートを止めた。

 なるほど、『 緑の帯』での生存競争に由来するものか。それならば、こやつらに酷しいのも理解出来なくはない。

 狩らせはしないがな。


 ──結局、マタイチ率いる魔界ネコの一団を妾の配下とすることで話は収まった。

 決め手はエルの一言で、「これからの魔界の状況を知るためには、猫の手も借りたいのでは?」と言われた為だ。

 そんな事言われたら、部下にするしかないではないか……。

 ちなみに、その時マタイチがエルに対して「上手いこと言うじゃにゃいか、小僧」と生意気な口を叩いた為、教育と称してカートから再び『首相撲からのチャランボ』をお見舞いされるという、ささやかなエピソードがあった事を表記しておこう。


「よーし、お前ら! まずはこの城の中を(自分達の寝床にする為に)お掃除するにゃ!」

 何か含みがあるのを感じるが、マタイチの号令に従って大量の猫達が城内に散っていく。

 掃除に人手(猫の手)が駆り出せるのは、確かにありがたい。

 そうして猫達が掃除をしている間に、エルは食材の調達を兼ねて近くの森へ出かけ、骨夫はカートに転移魔法の基礎を教える。

妾はといえば……やる事が無い。


 ううん、トップの人物が暇そうにしているのはあまり体面がよろしくないな……。

 よし、エルについて行こう。

 べ、別に二人きりになりたいとかじゃなくて、エルはまだ魔界に慣れてないからな。迷子とかになったら困るし!

 そんな訳で、出かける前にエルを捕まえようとしたのだが……すでに城から出たそうだ。

「狩りが得意なハンターキャッツが着いていったから、安心ですにゃ」

「ああ……そうであるか……」

 猫の説明を聞き、予定が狂った妾は悪目立ちしないよう自室に戻った。ちぇっ、つまらん……。


 しばらくして帰って来たエル達が仕留めてきた獲物は、『グランド・ピッグ』と『ギガ・スネーク』だった。

 グランド・ピッグは大地を揺るがす程の巨体を誇る野生の豚で、肉の量も味も申し分ない。

 対するギガ・スネークは独特の臭みがあったり、意外に小骨なども多いのであまり好まれる食材ではないのだが……。

「魔界の森は良い食材が多いですね! すぐに美味しい料理を作りますから、待っててくださいね!」

 キラキラと目を輝かせるエルの様子から、彼に全面的に任せてよさそうだと判断できた。

 まぁ、自然竜なんて変わり種をああも美味しく出来るんだから、心配は要らないだろう。


 その後、出された料理はやはり絶品で、もうこの子に任せておけば大丈夫だわと改めて感じる。

 猫達がいつの間にかエルを『様』付けで呼んでいた事からも、彼の料理が心と胃袋を掴んだ事がよく解るというものだ。


 食事を終え、後は各自解散の流れで各々が休むなり、後片付けなりでバラバラに散っていった。

 妾は自分の寝室に戻って寝間着に着替える。

「ふぅ……」

 そうして、小さくため息をついた。

 のんびりしていられたのは今夜まで。明日からは忙しい日々になるだろう。

 『焔の竜王』の縄張りがどうなるか、他の種族はどう動くのか、勇者の系譜は何処に行ったのか……気になる事は山ほどある。

 猫達を放ち、情報を集めてあらゆる決断を下さねばならない。

 正直なところ、重圧もある。父上もこんな決断を何度となくしていたのかと思うと、頭が下がる思いだ。


「だが……妾がやらねばな」

 魔王の娘として、皆の上に立つものとして。

 だから、今夜はさっさと寝てしまおう。

 明日への英気を養う為に、妾は眠り馴れたベッドへとダイブして、ゆっくりと目を綴じた。


 ……………………………眠れない。

 おかしい、気が昂っているのだろうか?

 ゴロゴロとベッドの上で転がりながら、眠らねばと思うのだが……やはり眠れない!

 眠く無いわけではないのだ。ただ、眠りにつくためのキーワードが足りない気がする。


 そんな時!

 突然、妾の寝室のドアを激しくノックする音が響いた!

 な、何事かっ!

「ア、アルトさん! 助けて下さい!」

ドアの向こうからきこえて来たのは、切羽詰まったエルの声。

「ど、どうしたのだ!」

 慌ててドアを開け放つと、廊下にいたのは半裸のエルと、その下半身にしがみつきながら下着を脱がそうとしているカートだった。

 ……なにやってんの、お前ら。


「た、助けて下さい、アルトさん! カートさんが僕を襲うんです!」

「エル様が悪いんです! 蛇肉なんて精のつくものをお出しするからっ!」

 ああ、要するにギガ・スネークの肉で昂ったからエルを襲ったと。

 それは仕方がない……なんて、言うか!


「とりあえず、離れんか!」

 エルにしがみついているカートに対し、エルには影響が(・・・・・・・)出ないように(・・・・・・)して電撃の魔法を使う!

「ぐええっ!」

 痙攣し、焦げたような臭いをさせながら、カートが床に崩れ落ちる。

 この程度の魔法なら、しばらく行動不能になる位だろう。

 そう思っていたら、「無念……」と一言だけ言い残して、床に展開された転移口に沈み込むようにして姿を消した。

 まだ、習い始めたばかりだろうに、ずいぶんと器用な転移魔法を使うな……。


「あ、ありがとうございました」

「とりあえず、中には入るがよい」

 安堵するエルを、妾は寝室の中に招き入れる。

 時間を置かねば、またカートが夜這いに来るかもしれんからな。

 椅子を勧めると、少し緊張したように辺りをチラチラ見回しながら、エルは腰かけた。

 こらこら、あまり女性の寝室を見回すでないぞ。

「す、すいません。女の人の部屋なんて初めて入った物で……」

 ほう。まぁ、そういう事なら、異性に興味が芽生え始めるお年頃……気になるのも仕方あるまい。

 エルの『初めての瞬間』を一つ手に入れて、妾は内心にんまりする。

 そんな感じで少しの間、二人きりで他愛もない雑談に興じていると、不意にあくびが漏れてきた。


「あ、すいません。そろそろ、僕は行きますね」

 そう言って、立ち上がろうとしたエルの手を捕まえる。

 ふと、思うところあった妾は、赤くなるエルの手を引いてベッドに引きずりこむ。

「ア、ア、ア、アルトさん!?」

 動転するエルを余所に、妾より小柄な彼の体をぐいと抱き寄せた。

 ………これだ。妾の安眠には、抱き枕(エル)が足りなかったのだ!

 エルの体温、柔らかな髪の肌触り、太陽を思わせる彼の香り……人間界の宿屋で初めて感じたエルの感触はそのままで、何か懐かしさすら感じる。


 そうして、しばらく同じ体勢でいると、「アルトさん……眠れそうですか?」と腕の中のエルが訊ねてきた。

 うむ……。良い加減だ。

「僕がアルトさんが眠るまで一緒にいますから……ゆっくり休んで下さい」

 くっ……なんて良い子なんだ!

 何か嬉しくなって、彼の髪に頬擦りしながら妾は目を閉じる。

 エルを抱き締めていながら、エルに包まれているような……不思議と温かい感覚を感じながら、妾の意識は心地よい眠りに落ちていった。

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