24 嵐の前
半身に構え、軽くステップを刻むマタイチを前に、無造作に歩み寄って行くカート。
「ふふふ、構えもせずに我が『肉球拳』を受けられるとでも……」
ビタン! と派手な音が響き、ノーモーションでいきなりビンタされたマタイチがキョトンとしながら頬を押さえた。
しかし、戸惑う奴に構うことなく、カートはマタイチの頭を抱え込むようにして首を固める!
「ま、待つにゃ! 無言でやられるのは怖い……にゃぐっ!」
脇腹にカートの膝蹴りが突き刺さり、マタイチは苦痛の声を漏らす!
『ゲェーッ! あ、あの技は!』
「知っているのか、ハミィ!」
驚愕の声を上げる魔剣に、骨夫が尋ねる。
『間違いない……あれは古式エルフ格闘術、「首相撲からのチャランボ」!』
「な、なにぃ!」
『かつて太古のエルフが弓を失った際、最後の手段として編み出したと言われる幻の格闘術……まさか、アマゾネス・エルフに継承されていたとは……』
「フッ……私は今、神に感謝している。カートと敵では無かった事にな……」
……お前ら、そのノリはなんなんのだ?
芝居じみたやりとりをする二人に訪ねたが、どっかの男を磨く私塾ではそんな会話がなされているそうだ。
女の妾にはさっぱり解らん話だな……。
さて、二人がそんな小芝居をしている間にも、カートの膝蹴りはマタイチの脇腹を抉る。
三発目の膝が入った時、マタイチの口から「ギブアップ」の言葉と、きれいな謎の汁が溢れて戦いは決着した。
こう言ってはなんだが、所詮は猫。相手にも成らなかったな。
──この城の本来の主である妾(父上の代理だが)は玉座に座り、先程まで無礼を働いていたマタイチを含む猫達を見下ろす。
器用に正座するマタイチにも少し驚いたが、それよりも驚いたのは猫達の数だ。
魔獣と呼ばれるような種も入り交じった、多種多様な猫の群れは、神妙な顔つきで妾達をチラチラと見上げていた。
「さて……なにゆえ貴様らがこの城に住み着いていたのか、経緯を聞かせてもらおうか」
妾の問い掛けに、猫達の視線がマタイチに集まる。
やがて、観念したように奴は語り始めた。
「わ、我々がこの城に入ったのは、つい先日の事だにゃ……」
先日って……その割には、馴染んでおったな。
「何故、我々が此処に来たかと言えば、この魔界で争乱が起きそうなので安住の場所を求めていたからだにゃ」
争乱? 一体、何を持ってそんな話をするのか……?
「それというのも、『焔の竜王』が死んだからにゃ」
「なにぃ!」
「そんな馬鹿な!」
妾と骨夫がほぼ同時に声を上げた!
その剣幕に、エルとカートはおろか、猫達もビクリと体を震わせる。
「ま、まだ情報は拡散されてはいませんが、本当の話ですにゃ。我々はそれで争いが起こりそうだから、安全な場所を求めてここに来たのですにゃ」
ううん……確かに、魔界ネコの一族は高い諜報能力を持っていると聞くからなぁ……。
なんせ、仮に密談をしている奴等に見つかったとしても「なんだ、猫か……」と見逃されるのだから、情報は集まり易いそうな。
「あの……その『焔の竜王』っていうのは、何者ですか?」
驚き、戸惑う妾達に、エルが恐る恐る聞いてきた。
「焔の竜王は、かつて魔界の四大勢力と呼ばれた魔王達の一角で、ドラゴンを統べる者だ……」
骨夫の解説に、皆が息を飲むのがわかった。
「魔界の四大勢力……」
「そう……『鋼の魔王』、『焔の竜王』、『山の巨人王』、『暁の獣王』『どっかの重撃王』……」
「……五人いるんですけど」
「そこまで含めてのネタだからな!」
ついツッコんでしまったエルに、してやったりと言った顔で骨夫が勝ち誇る。
まぁ、いま名が上がった中で、『どっかの重撃王』だけは縄張りをもたずに神出鬼没だったから、四大勢力の五人目として数えられたという魔界ジョークなのだがな。
ちなみに、それらをまとめたのが我が父上である『鋼の魔王』。
その存在は、やはり群を抜いていると言っていいだろう。
さて、その中でも紛れもない実力者であった『焔の竜王』の死亡原因はなんなのか。
竜族の中でも、上位の者は「殺されるまで死なない」と言われるくらい長寿を誇る。
そんな奴等の王が、並大抵の理由で死ぬはずがないのだ。
「焔の竜王は……人間に殺されましたにゃ」
人間に!? そんな馬鹿な!
「一体、どういう事か!詳しく聞かせよ!」
「は、はいですにゃ……」
そうしてマタイチは語り始めた。
「元々、竜族は他の種族を見下してましたが、『鋼の魔王』が封印されてからは、その傾向がさらに強くなりましたにゃ」
うむ、奴等の強さは認めるが、その思想は不愉快だな。
「今は魔界と人間界も交流が盛んにはにゃりましたが、竜族はそれを受け入れずに、人間を拐っては奴隷みたいに扱ったりしていましたにゃ」
勿論、他の種族から一斉に避難されぬようにアンダーグラウンドで……との事だった。
まぁ、魔族の中にもいまだに新しい時代を受け入れられない者もいるだろうから、それを強くなりましたに咎める者も居なかったのだろう。
「そんか時ですにゃ、何処からともなく現れたオスとメス、二人組の人間が焔の竜王を倒してしまったんですにゃ!」
たった二人で? そんな真似ができる人間がこの世にいる訳……あ。
妾の脳裏に浮かび上がる、一組の男女。そういえば居たわ、竜王を殺せそうな勇者の系譜が。
骨夫に拐わせた、アルリディオとチャルフィオナ夫妻。
勇者の力を受け継ぐあいつらなら、焔の竜王も倒すかもしれない。
え……でも、ちょっと待ってほしい。
そうなると……もしかして、これから起こるであろう動乱の遠因は妾達?
それってヤバくないだろうか!?
これは下手をすれば父上復活どころか、周辺魔族からフルボッコにされかねない案件なのでは……?
最悪の事態を想像すると、ダラダラと冷たい汗が流れ落ちていく。
ふと、隣をみれば何故かエルまでダラダラと汗をかいている。
はて……ハッ!
そ、そうか、エルの両親を拐ったのが竜王の手の者かもしれないのだ!
そして、その親玉が死んで無秩序状態になってるかもしれない……そう考えると、不安や心配が募るのも無理はない。うんうん。
「安心せい、おぬしの両親は妾が見つけ出して見せるわ!」
「その事じゃないんですけど……はい、お願いします」
やはり内心では気が気ではないのか、妙な言い回しではあったが、エルは妾に頭を下げる。
うむ、大船に乗ったつもりでおるとよい。特に宛は無いけれど。
妾がエルを安心させるようにその頭を撫でていると、なにかを決意したようにマタイチが妾に話しかけてきた。
「お願いがありますにゃ……」
そう言って膝立ちの姿勢で近づいてくるマタイチ。そして、次に飛び出してきた言葉は、なんとも意外な物であった。




