21 魔界の街、ドゥーエにて
『緑の帯』を貫く三つの街道の一つ、人間界側のリオールの街と繋がる、魔界側の終着点ドゥーエの街。
そこに骨夫が繋げた転移口を潜り、妾達は無事、とある建物の前に到着した。
ここは例の街道で、人や物資を運ぶ乗り合い馬車を経営している会社の魔界側受付口だ。
なんでここに来たかと言えば、アマゾネス・エルフの襲撃で倒れた冒険者達とそれ含めたこの会社の人間を送り届けた際に頼まれた事があったからである。
正直に言えば、あの時は早くエルを助けに行く事ばかりに気が早って、詳しい話を聞いてはいなかった。
だが、エルを救ったら報告に来ると約束してしまった以上、それくらいは守っておかねばなるまい。
変に捜索隊とか出されても、後々面倒だしな。
「あ、アルトさん!」
乗り合い馬車の護衛を勤めていた、冒険者チームの一人が妾達の姿を見つけて声をかけてきた。
……ええと、こやつの名前ってなんだっけ?
「あー、エル君だ! それじゃあ、上手いことアマゾネス・エルフから助け出せたんですね!」
妾が名前を思いだそうとしている間に、エルの姿を見つけた彼女はトコトコと歩みよっていく。
「やー、エル君!無事で良かったねぇ。皆、君に助けてもらったから、心配してたんだよ」
「いえいえ、そんな……。ご心配、おかけしました」
冒険者A(名前を思い出すのは諦めた)に、エルは頭を下げる。
うーん、お主がこやつらを救ったのは本当なのだから、もっと堂々としておってよいと言うのに……なんて思っていると、頭を上げたエルが付け足すように言葉を繋いだ。
「でも、あの時にアルトさんが皆さんを送ってくれると約束してくれたから、僕は少しも不安は無かったんです。今、こうして戻ってこれたのも、彼女のおかげですしね」
……んもう、解っているではないかっ!
よしよしと頭を撫でてやると、人懐こいネコみたいな表情でエルはされるがままになっていた。
「アルト様、ズルいです。私もエル様をナデナデしたいです」
そんなことを言いながら、転移口を潜って最後の一人が姿を現した。
「ゲェーッ!」
途端に、冒険者Aがすっとんきょうな声を上げる!
「ア、アマゾネス・エルフ!」
震える指で示された彼女の前には、アマゾネス・エルフのカートが立っていた。
まぁ、その反応も無理はないか。殺されかけた訳だしな。
だが、そんな彼女に、カートはにこりと笑みを返す。
「な、な、な、なんで……」
頭に大量の『?』を浮かべる冒険者A。
こんな所で固まってられても面倒なので、ザッと事情を説明してやる。
「アマゾネス・エルフを支配下に……マジで?」
マジ中のマジである。
ちなみにカートは、それなりに腕が立つことと、転移魔法への適正があった為にそれを学ばせるつもりで同行を許したのだ。
決して、エルにちょっかいを出させる為に連れてきた訳ではないので、その辺は弁えるように。
「はい! アルト様が一番で、私が二番ですね!」
何の順番かは知らんが、自分の立場を弁えたならまぁよい。
さて、まだ愕然としている冒険者A。そんな彼女達の雇い主である、乗り合い馬車経営会社への取り次ぎを頼むことにする。
いまだに不信感はあるものの、とにかく事態の報告もしなければと、彼女は会社の事務所に向かって走り出していった。
「あの、少し時間があるみたいなら、僕も着替えてきたいんですけど」
言われて見れば、エルはまだ少女の格好のままだ。
これはこれで大変良いものだが、その気のない本人からすれば確かに早く着替えたいだろう。
「うむ、妾達の荷物はあの会社に預けてある故、向こうで着替えて来るとよい」
「では、私がエル様のお着替えをお手伝いしますわ」
しおらしい事を言いながら、ちゃっかりエルについて行こうとするカートの肩をがっしり捕まえる。
こら、お前はここに居れ。ギラついた目付きをしおってからに……。
「そ、そんな……たんにエル様が脱いだ服の香を、堪能しようと思っただけですのに」
充分、有罪だ馬鹿者!
見よ、エルもドン引きしているではないか。
それに、この会社を襲っていたお前がその辺をうろついていたら大事になるわっ!
言われてから、カートはハッとしたように口元を抑えた。
改めて残念な奴らだな、アマゾネス・エルフってやつは……。
「まったく、いい加減にしてくれよ、お前は」
さすがの骨夫も真面目な表情でカートに睨みを効かせる。
「そういう発言ばっかりされると、私のキャラと被っちゃうでしょ! 自重して!」
カートに負けないくらい残念な事をぬかす下僕に、妾は無言で振り上げた拳を叩き落とすのだった。
少しひきつった笑みを浮かべるエルを行かせ、カートと骨夫を正座させて冒険者Aが戻って来るのを待つ。
やがて、会社の職員を連れた彼女が戻ってきた。
カートの姿に一瞬、職員は警戒したようだったが、彼女の敵意はありませんよ的なポーズ(テヘ顔ダブルピース)や、正座を強いている妾とカートの間に上下関係が成立している様子にホッとした表情になる。
「では、アルト様にお連れの方々。事務所の方でお話を聞かせていただきますので、こちらへどうぞ」
うむ、よかろう。
冒険者Aにエルへの伝言を頼み、妾達は職員へと案内されて事務所へと向かった。
「これはまさか……驚きました」
通された事務所で妾達を待っていた、ここの所長である魔族の男が、妾達と連れ立っているカートの姿に複雑な表情を浮かべる。
まぁ、今まで被害を被ってきた立場からすればそうであろうな。
「警戒する気持ちは解るが、すでにアマゾネス・エルフは妾の支配下にあるので安心してほしい」
妾の言葉を肯定するようにカートが頷く。
それを見て大丈夫と判断したのか、とりあえず座って話し合うべく応接用のソファへと腰をおろした。
「さて、所長。改めて報告させてもらおう」
口火を切った妾は、アマゾネス・エルフの村であった事の一部始終を語って聞かせる。
最初は真面目に聞いてた所長だったが、後半になると「んな、バカな……」といった表情になる。
まぁ、確かにエルが一撃で殺した事こそ伏せはしたが、竜殺しなんてなかなか出来るものではないからな。
しかし、妾がカートを従えているい以上、アマゾネス・エルフを降した事は認めたようだ。
そして、話はここからが本番である。
「そんな訳で、これからは彼女らに襲われる事はあるまい」
「それはありがたい事です。社を代表してお礼を申し上げます」
「うむ。それでな、ものは相談なのだが……どうだ、アマゾネス・エルフを護衛に雇うつもりはないだろうか?」
唐突な妾の提案に、所長はポカンとした表情を浮かべた。
「……いま、なんとおっしゃいましたか?」
マゾネス・エルフを護衛に雇うつもりはないか……そう言った」
妾の言葉を、聞き間違えた訳ではないと理解した所長が、額に手を当てて表情を隠す。
「それは……さすがに難しい。彼女らから被った被害額は決してバカになりません。それを雇い入れるなど……」
「いやいや、まずは条件を聞いてみぬか?」
「条件?」
少し興味を示した所長に、アマゾネス・エルフの現状と欲している物を伝える為、所長に断りをいれてから骨夫に転移魔法を発動させる。
すると、部屋の中に出現した転移口を通して一人のアマゾネス・エルフが姿を現した。
「はじめまして、アルト様の名代としてアマゾネス・エルフを指揮しています、ティアームと申します」
イメージとは違う知的な彼女に戸惑いながらも、所長は彼女と握手を交わした。
さて、ここからは現場責任者同士の話し合いだ。妾は最終合意を見届けるだけの簡単なお仕事よな。
バチバチと交渉の条件を交わすティアームと所長、話についていけずにウトウトと船を漕ぎだしたカートと骨夫。
そんな連中を尻目に、妾は魔王城を占拠しているであろう勇者の系譜たるチャルフィオナ達に思いを馳せる。
決戦の時は近い。
父上……今度こそ、必ずあ奴らを生け贄にささげ、父上を復活させてみせますからね!