20 新たなる支配者の誕生
翌朝。
昨夜の酒がまだ残っているなか、寝ぼけ眼のままエルフ達に案内され、気がつけば玉座に座らされていた。なんで?
隣に即席で置かれたソファには、エルと骨夫が座っている。
まぁ、それはいい。
しかし、妾達に対してずらりと平伏しているアマゾネス・エルフ達(ゴリラ達も含む)……あらためてなんだ、この状況は?
「あー、説明が欲しいのだが……?」
妾が声をかけると、スッと一人が立ち上がる。
眼鏡のアマゾネス・エルフこと通称秘書エルフだ。
……そういえば、何となく名前を聞きそびれていたな。
そんなことを考えている間に、秘書エルフは集団の中から妾達の方へと歩いてきた。
「突然の事で驚かせたと思います。申し訳ありません、アルトニエル様」
……うん?
「アルト」の愛称ではなく、「アルトニエル」と呼ばれて少し戸惑う。
なんであろう、妙に改まって……。
「昨夜、お約束いたしました通り、我等アマゾネス・エルフの現状を、全てお話させていただきます」
ああ、そういえばそんな事を言っていたなぁ……。
でも、確かに秘書エルフの話し方は丁寧だったが、今日はさらにばか丁寧で、こう言ってはなんだがちょっと気味が悪い。
「まずは今更ながら名を明かします、我が身の無礼をお許しください。我が名はティアーム・アーデ・タフィアノス。前女王であるローネル・ローラ・タフィアノスの妹に御座います」
ほほぅ、これは驚いた。
ただの秘書ではないと思ったが、まさか彼女も王族とはな。
「アルトニエル様がお見抜きになられた通り、こちらのゴリラは姿が変わった女王等ではありません」
その一言に、アマゾネス・エルフ達がざわついた。
え? まさか、本当に女王がゴリラになったと信じておったのか?
チラリとエルフ達に視線を向けると、皆が皆、汗をかきながらプイッと顔を逸らす。
マジか、こいつら……。
妾の足元で「自分で言ったものの、なんで信じちゃうかなぁ……」といった顔をしている秘書エルフから、脳筋を統べる苦悩が手に取るようにわかるようだ。
「と、ともかく、事は前女王の失踪から始まりました……」
失踪か……。何があったのだろう。
──事の発端は自然竜ブラネード。
奴がこの周辺を縄張りとし始めた為、満足に狩りもできなくなった状況に絶望した前女王は、繁殖奴隷の男の一人とバックレたらしい。
……駆け落ちではないかな、それ?
よそ様の事情とは言え、立場ある者としてそれはどうなのか。
「そうですよね……っの、ッソ姉が……」
ポツリと漏らした言葉と共に、クールなティアームの顔に憎々しげな表情が垣間見えた。
やだ、ちょっと怖い……。
しかも、ローネルはその逃避行の際に、他の捕まっていた男達もほとんど逃がしてしまったという。
アマゾネス・エルフには男が産まれない……故に種の危険を回避するため、男を確保する必要があった。
そんな訳で、ブラネードを刺激しないよう、わざわざここから離れた人間界と魔界を繋ぐ街道で略奪と誘拐をしてたらしい。
あとは、ローネルのやらかしを隠すため、かのエルフの王族だけが使用できる妖術『パワー・オブ・ゴリラ』で召喚したゴリラを女王の代わりにしていた……と。
なるほど、話しは解った。
でも、そこはティアームが素直に女王の座を継げばよかったんじゃないのか?
「実務ができる者がいれば、そうしていたのですが……」
そう言って、ティアームはくたびれた笑みを浮かべた。
ゴリラを女王だと疑わない連中ばっかりだしなぁ、細かく現場指揮を取れる者が必要か……うむ、納得。
それに、ローネルの一件を話せば不満から内部崩壊する危険性もあったし、事を公にはできんか。
「ですが、エルトニクス様のご活躍により、ブラネードは排除され、この周辺の安全性は確保されました。そこで我々より、是非ともお願いしたい事があります」
そう言うと、ティアームは再び頭を下げてひれ伏した。
「どうぞ、アマゾネス・エルフ一同、アルトニエル様の配下に加えていただけませんでしょうか」
……んん? なんでそう来る?
「ご覧のように、我々の種族の規模はもはや一集落程度の物となっております」
うむ、確かにリーダーを『女王』とは言っているが、ここの規模からすれば『村長』と言っても差し支えなさそうだ。
「それゆえ、今後は『女王』の号を排し、我々を魔法の一撃で下した強きお方の配下となって存続していく事を切望しているのです」
ふむ。確かに妾はアマゾネス・エルフを一蹴して見せた。
しかし、より強い者……その理屈なら実質ブラネードを倒したエルの下に着きたいのではないのか?
「確かにエルトニクス様を頭として、ハーレムを築いていただく案もありました」
あったんだ。しかし、ハーレムって……。
チラリとエルに視線を向けると、彼は「無理です」といった感じで小さく首を振る。
「昨夜それとなく打診したところ、エルトニクス様は『僕はただの一般市民だし、王なんてむりですよ。でも、アルトさんなら魔界の貴族ですから、そういった話しは受け入れやすいかもしれませんよ?』と、おっしゃいました」
ティアームがエルの口調に似せて話す。
どうでもいいけど、モノマネ上手いな、こやつ。
「エルトニクス様の強さ……あれはまさに、人間界の伝説にある『勇者』もかくやと言えましょう!」
「と、と、と、と、とんでもない! ぼ、僕が勇者だなんておこがましいです!」
エルがバタバタと全身を使って謙遜しながら否定する。
確かに彼の強さは格別だろう。
しかし、エルを『勇者』なんかに例えるとは……縁起でもない。
「ですが、アルトニエル様が我々を蹴散らしたあの強さもまた、古の『魔王』の如しと感じました!」
「と、と、と、と、とんでもない! 妾が『魔王』などと、千年早いわっ!」
妾も全身を使って否定してみせる。
突然、何を言うのかね、君は!
……大丈夫だよね? 妾が魔王の娘だとバレたりしてないよね?
ドキドキしながらエルの様子を伺うと、よくわかっていないのか、にっこりと笑いかけてきた。
まぁ、バレてないならよし。
しかし、どうしたものであろう。
妾はアマゾネス・エルフを配下に加えることのメリットとデメリットを即座に計算する。
正直に言えば……領地と配下が増える分、メリットの方が大きいと思う。
しかし、この脳筋集団をちゃんと制御できるかあやしいものだ。
間違った命令でもガンガン進んで、取り返しの付かない事になったりしそうで怖い。
「アルトニエル様の危惧している辺りは、私が何とかできると思います」
妾の胸中を読んだように、ティアームが力こぶを作るようなポーズを取る。
それと一緒に、大小のゴリラが似たようなポーズを取った。
あら、頼もしい……。
「……よかろう。ならば、我がアルトニエル……ちょっと訳あって姓は明かせんが、この名に誓って妾が汝らの王となろう!」
そう宣言すると、アマゾネス・エルフ達から歓声が上がる。
アルトニエル・チョット・ワケアッテセイハアカセンガ様、ばんざーい!
アルトニエル・チョット・ワケアッテセイハアカセンガ様、ばんざーい!
……それ、名前ではないわっ!
文脈読めよ! 想像以上にダメな子か、お前らは!
見れば、ティアームは頭を抱えつつも、「めっちゃ肩の荷が降りましたわ」といった顔つきである。
少し早まったかもしれないと、妾の内から早々に後悔の念がにじみ出して来るのを感じていた……。




