19 疑問、質問
自然竜ブラネードをほぼ一撃で倒したエルへの喝采が鳴り止まない。
時折、「女装癖」「男の娘」などの合いの手が入るが、恐らくエルに嫉妬した骨夫だろう。
後でシメておかねばな。
そんな中、妾は自分の体がプルプルと細かく震えるのを止める事ができずにいた。
恐怖ではない……歓喜の為だ。
勝てる……エルの協力が有れば、勇者の系譜に勝てるぞ!
生け贄として拐ったのはいいが、返り討ちにあって泣くほど怖い目に会わされた、あの化け物達の顔を思い出す。
体の震えが歓喜から恐怖に変わっていく感触を味わいながら、それでも拳を握って心を奮い立たせた。
父上……もうすぐ、あの不埒な勇者の系譜達を倒して、復活させてあげますからね……。
そんな決意を新たにしつつ、竜殺しの功労者であるエルの元へと、妾は歩を進める。
無論、彼を労い癒すためだ。
っていうか、めちゃめちゃ抱き締めてやりたい。あと、頭も撫でまくるぞ!
「エ……」
「エルー!」
妾が声を掛けようとした瞬間、妾の横をすり抜けていく影が一つ!
恐慌状態から回復したアマゾネス・エルフのカートが、エルに向かって猛ダッシュしていく!
そのままタックルでエルの体を転がすと馬乗りになり、興奮したようにエルに語りかけた。
「すばらしい……すばらしいですよ、エル!」
「あ、ありがとうございます……」
「まさか貴方がこれ程の力をもっていたとは、夢にも思いませんでした。これはもう……子作りをするしかありませんね!」
「え、ええっ!? な、何を言ってるんですか!状況を考えてくださいよ!」
「大丈夫、私は見られて感じる……」
「お前は何を言っておるのかっ!」
完全に変なスイッチが入った(むしろ壊れた?)カートに、思いきりドロップキックをかます!
吹っ飛んだカートは「ぐえっ!」と一声鳴いて、地に転がった。
どうやら気を失ったようだな……危険人物の成敗完了!
邪魔者を排除した妾は、改めて真っ正面からエルに向かい、ガッと肩を掴む。
見つめ合う形になり、ほんの少し照れ臭くはあったが、彼の顔を見据えながら口を開いた。
「エルよ、お主の……」
言いかけたその時、ピリリッ……と絹を裂くような音が響く。
……あれ? 胸の辺りがなんか涼しい?
対面のエルの表情が、一瞬驚きに染まり、次いで真っ赤になっていく。
あー、はいはい。ドレスが破れて胸が露出しちゃったの……って、おいっ!
本能的な物なのか、エルの視線は妾の胸にロックオンされたまま微動だにしない!
あわわ! な、なんとかエルの視線を遮らねばっ!
……その時、妾は少し混乱していたのだろう。次の瞬間、反射的にエルの頭を思いきり抱き寄せたのだから。
硬直する彼を胸に埋めながら、「見てはならん、見てはなりませんぞー!」と落ち着きを取り戻すまで、繰り返し叫ぶしか出来ない妾であった……。
──人はかくも幸せそうな顔で気を失えるのかと思えるほど、にこやかな表情で失神していたエルが目覚めてから数時間が経った。
今現在、アマゾネス・エルフの村は大宴会場と化している。
それというのも、目を覚ましたエルが「アルトさんにお礼をしたいので、料理を作ります」とブラネードを捌き始め、エルフ達がめでたいからと酒を持ち出したせいだ。でも、お礼とはいったい……?
何はともあれ、竜を食材として作られる彼の料理は素晴らしく、エルフが醸造した酒の出来も見事だった。
あーもう、こんなの楽しむしかないわー。
「オラオラ、こちとら村を救ったくださった英雄エルのお仲間ですぞー! おねがいだから優しくしてくだされー!」
先程、みっちりシメてやったにも関わらず、変な酔い方をしてエルフ達に絡む骨夫の声が聞こえる。
うんうん、まぁ酒の席での失態だしな。後でめっちゃ痛くしてやろう。
そんな事を考えていると、
「少しお時間をよろしいでしょうか?」
そう言って眼鏡の秘書エルフが妾に話しかけてきた。
「うむ、何かな?」
妾が応じると、秘書エルフはペコリと一礼して対面に座る。
「実はお聞きしたい事がいくつかありまして。アルト様……でしたよね。よろしければ、フルネームを教えていただいてもよろしいですか?」
「アルトニエル……姓は訳あって伏せておる。魔界のとある貴族とだけ言っておこう」
訳ありと告げておいたので、秘書エルフもそれ以上は追及してこなかった。
「エル様とはどのようなご関係ですか?」
エル……様? ついさっきまで呼び捨てだったのに。
まぁ、村の危機を救った英雄みたいな物だし、様付けになってもおかしくはないか。しかし、関係ねぇ……。
「共に旅をする仲間であるな。……後はまぁ、妾はエルにとっては理想の女性であり、憧れのお姉さんと言った所かな?」
酒が入っているせいか、普段なら言わぬ事をつい口にしてしまう。
んー、でも仕方が無いよなぁ、エルが妾の事を大好きなのは事実だし?
何て言うか、そういうの解っちゃう。
だからお前らにはやらないからな。
エルの貞操を奪おうとしていただけに、その辺は釘をさしておいた。
……なんで、「あー、はいはい」みたいな顔をするかなぁ。
「最後に……なぜ、この村へたどり着けたのでしょう」
聞けば、この村はアマゾネス・エルフにのみ感知できる特殊な道しるべを辿らねば、決してたどり着けぬようになっているらしい。
だからこそ、妾達が突然現れた事は今後の安全性を計るためにも確認しておかねばならないとの事だった。
フッフッフッ……ならば教えてやろう。
「簡単な事だ。お主らに拐われる前、エルに骨夫の一部を持たせておいただけよ」
それを聞いて、秘書エルフがハッとした顔付きになる。
そう、転移魔法が使える骨夫の一部(この時はあばら骨の一番下)を持たせることで、それを目印に転移してきたのだ。
本来なら一度行ったことのある場所にしか転移できないのだが、自身の体の一部を感知させるこの方法なら、初めての場所でも問題ない。
まさに、アンデッドである骨夫の特性を生かしたナイスな作戦と言うしかないだろう。
考えたのはエルだけど。
「……答えてくださって、ありがとうございます。おかげで疑問が解消しました」
はぁ……と感嘆の息を漏らして、秘書エルフは俯いた。
だが、そんな彼女に妾も聞きたい事がある。
「あの女王は一体、なんなのだ?」
妾の問いに、秘書エルフの肩がピクリと動いた。
「何やら『禁じられた力』とやらのせいであの姿になったと言うが、あれは元からエルフではあるまい」
しばし無言の秘書エルフではあったが、諦めたように大きくため息を吐く。
「お察しの通りです……ですが、詳しい説明は明日にしても良いでしょうか?」
ふむ、酒の席でする内容では無いということか。
「ああ、もちろん構わぬよ」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
再び頭を下げて、秘書エルフは感謝の言葉を口にした。
多分、脳筋ばかりのアマゾネス・エルフ内において気苦労が絶えぬのであろうな。
訳ありとはいえ、ゴリラを頭に頂いてるし。
「ほれ、おぬしも少し飲むといい」
妾が酌をしてやると、恐縮しながらも秘書エルフは杯を受けとる。
そして、それをグイッと煽ると、頬を桜色に染めて小さく息を吐く。
「ブラネードから我々を救っていただいたご恩は必ずお返しいたします」
そうか、その心意気や良し。
「ですがとりあえず、あちらの骨の人のセクハラを止めていただいてよろしいですか?」
はい、すいません。
酔って近くにいるエルフ達の胸や尻を触りまくる、そんな骨夫への全魔力の供給を、妾はそっとカットする。
その途端、奴は倒れて動かなくなった。
「おい、骨夫」
返事がない。ただの屍のようだ。
うむ、これで静かに飲めるな。
秘書エルフと酒を酌み交わし、エルの作る竜料理に舌鼓を打ちながら、夜はふけていくのであった……。