最終話 魔王の娘と勇者の子孫
───────ん。
小さく呟くように、声を漏らしたアルトはうっすらと目を開く。
穏やかな日の光が注ぎ込み、柔らかな風が室内を撫でている。あまりにも心地よかったために、いつの間にか彼女はうたた寝をしていたようだ。
「夢……か」
いまだ少しぼやける頭を軽く振り、夢で見ていたあの日の事を思う。
世界を滅ぼすという神話の魔物・千頭竜。
かの者との戦いから三年が経っていた。
人間界と魔界の者達が協力しあい、共に千頭竜を倒しはしたものの、その後の処理はかなりバタバタした物となっていて、ようやく半年前に全ての決着がついた程だ。
しかし、世界を巻き込んだ大仕事が僅か二年半ですんだと思えば、逆に早かったのかもしれない。
そんなスピード解決に至れたのは、頼もしい仲間達のお陰だ。
「もう、アルト様ったら。お話の途中でしたのに」
アルトの後ろで髪を整えてくれていたリーシャが不満を口にする。しかし、口調は穏やかで最後は「お疲れでしたものね」と労ってくれた。
あの戦いの後、魔界との窓口となり様々な取り決めを行ったのはリーシャだ。
千頭竜との戦いでもっとも前線に立ち、華々しく活躍した彼女の発言権はかなり大きく、人間界では王族に次ぐ女傑として八面六臂の活躍を見せている。
もっとも、本人はエルに会う時間が減っていることが大いに不満らしいが。
また、魔界でも大きな変化があった。
人間界との取り決めを行うに当たって、盟主となる者を決めなければならない。
そのため魔王達によるトーナメント戦が行われる事となり、激戦の末にアルトの母であるルフィナが優勝を飾って、見事に初代魔界の盟主となった。
だが、そのルフィナは娘であるアルトに全権をぶん投げて、さっさと盟主の座を降りてしまったのだ。
結界の無くなった『緑の帯』の開拓や、竜族から離れた竜人達の移住問題、そして様々な魔界に住む種族達の交流の後押しなど、やることは山積みであり、そのためアルトもまた忙しい日々を送っていたのである。
やりがいは有りつつも、地獄のような忙しさを思い出していると、部屋のドアをノックする音が響いた。
どうぞと声をかけると、部屋に入ってきたのはアルトが思っていた通りの人物。
「アルトさん」
にこやかな笑顔を浮かべ、白いタキシードに身を包んだエルと、ぴったりと彼を護衛するようなハミィが現れた。
少し背も延びたエルはキラキラした瞳でアルを見つめる。
「アルトさん……すごく綺麗です」
「ふふ……お主も素敵だぞ」
エルに誉められ、ウェディングドレス姿のアルトも幸せそうに微笑んだ。
そう、今日は二人の結婚式。
十五歳を迎えて成人となったエルと、ようやく魔界の状況に一段落つけた盟主アルトが結ばれる日である。
式が始まる前に顔を会わせた二人は、少しだけ照れ臭そうに笑い合う。
「……おめでとうございます」
エルの背後に控えるハミィが、ちょっと不機嫌そうな表情でお祝いの言葉を述べた。
「うむ、ありがとう」
勝者の余裕的な物を漂わせながら、アルトはハミィに返礼する。
「もう、ハミィさん。おめでたい席でその顔はいけませんわよ」
アルトの着付けを手伝っていたリーシャは、拗ねてるハミィに注意した。
「まぁ、気持ちはわかりますけれど……」
「そうですよね!」
大好きなエルが正式にアルトと結婚するとなれば、二人にとって面白くない気持ちが沸き上がるのも仕方がない事だろう。
だが、そんな二人に対して、アルトはむっ! とした表情になる。
「お主ら、そんなことを言っておるが、リーシャはエルの第二夫人、ハミィはエルの近衛になるのが決まっているではないか!」
そう、アルトの言う通り、二人は今後もエルの側にいるために計画を練っていたのだ。それもかなり強引に。
アルトに遅れて数週間後にはリーシャとエルの式もセッティングされている。
いくら活躍した勇者の子孫の元へとはいえ、領主の娘が妾のような……などという声もあったが、「私はエルもアルト様も大好きですから」とリーシャはガンとして譲らなかった。
今や人間界の重鎮、さらに親である領主トーナンもOKを出してしまったので、その結果もはや反対する者もいない。
そして、エルの近衛となるハミィは、その役柄上つねにエルと共に行動する事になる。
夜となく昼となく、四六時中エルと一緒にいることになるのだから、下手をすれば共に過ごす時間はアルト達よりも長い。
「むしろ妾の方がお主ら遠慮しろと言いたい所だがな」
「それはそれ、これはこれですわ!」
「そうです、そうです!」
まったく悪びれない二人に、アルトも呆れてしまう。
「さ、三人とも落ち着いて!」
ゆらりとアルト達の間の空気が揺れ始めた辺りで、エルが慌てて制止する。すると、三人の目がいっせいに彼の方へと向けられた!
「……まぁ、決まった事は仕方がない。だが、最初にエルと子を儲けるのは妾だからな」
「いいえ、おそらく人間同士の方が子は成しやすいハズです」
「多分、一番相性がいいのはあーしだと思いますけどね」
正妻の座はアルトに譲りつつも、最初に愛の結晶を宿すのは自分であると言い張る女達。
幸せではあるけれど、これからも大変になりそうだとエルは彼女達に悟られないように小さくため息をついた。
その後も、何人かの来客があった。
エルの両親やルフィナ、各魔王達(巨人王だけは窓の外から)に顔見知りの冒険者達。
しかし、アルトの父である鋼の魔王だけは姿を見せなかった。
勇者一族との確執が……ということではなく、単に愛娘が嫁ぐのが辛いからということらしい。今は酔っぱらって骨夫に絡んでいるそうである。
「式の開始までには酔いを覚まさせとくから、安心しなさい」
握りこぶしを作る母に、アルトは苦笑しながらお手柔らかにと忠告した。
「では、そろそろ私達も会場の方へと向かいますわ。時間になったら迎えの者が来ますので、もう少し待っていてください」
リーシャに仕切られ皆がゾロゾロと式場へと向かう。
最後までエルの側にいようとしたハミィも、チャルに首根っこを掴まれて引きずられていった。
部屋に残ったのはアルトとエルの二人きり。
なぜか妙に緊張してきたエルに、アルトは声をかけた。
「のう、エル……」
「は、はい」
「これから妾達は結ばれる訳だが、一つ言っておく事がある」
真面目な顔つきでエルの目を見つめながら話すアルトに、エルもまた神妙な面持ちで頷いた。
「今日これからは、妾に対して「さん」付けは無し。あと敬語も禁止とする」
「え……?」
「だ、だからほら! これからは対外的にの方が偉そうに見えてはお主が侮られるだろう? 魔界の盟主たる妾や、今後はリーシャも様々な者達と交流せねばならんのだから、その伴侶たるお主が舐められてはいかんし……」
キョトンとするエルに、アルトはちょっと赤くなりながら早口で理由を述べる。
そんな彼女をエルは制した。
「いえ、そうじゃなくて一つ言っておく事って言ったのに、『さん付け禁止』と『敬語禁止』の二つを言ったから……」
「気にするのはそこかい!」
揚げ足を取るようなエルの発言に、思わずアルトは突っ込みを入れる!
一瞬、シン……とした静寂が流れ、次いで二人は同時に笑いだした。
ひとしきり笑った後、係りの者がドアをノックしてくる。
「それじゃあ、行きましょ……んん! ……行こうか、アルト……」
「はい、あなた」
少しぎこちない口調でエルが差し出してきた手に、アルトはそっと自らの手を重ねる。
お互いの気持ちを確かめるように手を繋いだまま、二人は扉を抜けて歩みだす。
魔王の娘と勇者の子孫。
彼女達の新しい物語は、これから紡がれていく事だろう。
これにて「魔王の娘と勇者の子孫」は終了となります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
なお、新作「異世界の 黄昏時往く モンスター」を投稿開始いたしますので、よろしければまたお付き合い下さい。




