~06~
「世俗粛清計画。案内人から聞いた!」
俺は思い切りドアを開けて中に入った。
呂洞賓は顔に驚きを浮かべながらつぶやいた。
「はやいな、一気にそんなところまで聞いたのかよ。
ついでに言うと、その計画を思いついたのはおれの師匠であり同僚でもある『漢鍾離 』だ。
かつてオレたちは『八仙 』と呼ばれてたが、いまは議会の中心にいてそこは『風水院』と呼ばれてる」
ここに来る前、俺は太極塔にある奴の執務室の案内をうけた。秘書が女でないのは残念だったが、まあ美人はさっき十分堪能したから不満ではない。
……と、そんなことはどうでもいい、俺は奴の前の机をたたいた。
「そんな豆知識はいらん! あんた自身もこの計画に賛成なのか!?」
落ち着いてまわりをみると、彼の執務室はいかにも中国風の調度品にあふれている。
だが、ちょうど部屋に入ってきたときに卓上には、何やらホログラムのようなものが浮かんでいたのを思い出した。時代錯誤のようなこの部屋のつくりにも、しっかりとメイジのテクノロジーが働いているらしい。あわてて切ったらしいが、どちらにしろ俺にはどうでもいい。
奴は後ろに手を組み、毅然として言い放つ。
「ウィグも反対できないくらいだから、メイジ社会同一の意見と考えたほうがいいぜ」
とぼけたかのような呂の返答に、俺は激昂する。
「ふざけるな! 人の命をなんだと思ってるんだ!」
「ふざけるなだって? おいおい、もっと頭冷やせよ。ほっといたって、奴ら勝手に殺し合いを始めるんだぜ?」
そういうと奴は俺に向かって指を突き出してきた。そして続ける。
「いいか、さっき言ったヴェフェリムって奴らは、『大量 殺戮者』だ。
しかも奴らは、相手をすぐには死なせず、ゆっくりと拷問にかけて嬲り殺す、“究極の変態殺人鬼”が大半を占めてやがる。これがどういうことかわかるか?」
奴らが氷河期に何を望んでいるのか……
「……奴らはフーリッシュ同士のむごたらしい殺し合いを望んでる」
彼は上を向いて両方の手のひらを天井に向けた。
「そう、今回の計画を中止したら、まさに奴らの思うつぼってわけさ。それはお前だってヤだろ?
それともまさかそんな連中の肩をもつ気なのか?」
「あいにく俺は、あんたらとそいつらの両方に反対だね。そんなのは全部俺が止めてみせる」
相手は眼を丸くして神妙な顔つきになった。
「は? いきなりなんなの? 『なんとかならないのか?』じゃなくて、『俺が止めてみせる』!?」
そういうと彼は額に手をあてて、突然大笑いし始めた。
「……ぎゃはははははははっ! なに言っちゃってんのお前!
今日おれらの街に来たばっかだってんのに、なにそんな自信満々のこと言っちゃってんの!?」
すると奴は少し表情を変えた。どこか嬉しそうな顔だ。
「それとも、あれかっ!?
やっぱり記憶喪失ってのは真っ赤なウソで、ホントは佐久弥の記憶がちゃんと残ってんじゃねえのか!?」
「葦原佐久弥なら信用するのか?」
呂は笑いを必死でこらえて、真面目に説明する。人差し指が俺に向けられる。
「さっきは全員賛成っつったけど、たった1人だけ例外がいんのさ。
佐久弥、お前自身さ。まえにお前の意見を聞いたときと、まったく同じ意見だった。その詳細までは言わなかったけどな。
なあ、なんでおれにウソをつくんだ。記憶喪失ってのもその計画の一部なのか?」
「例えば脳の一部分だけを切り取って、別の人間のものに移し替えるとか」
そしたら彼はまた同じ笑い方をしだした。
「ぎゃはははははははっ! お、おまえ、いくら空中都市の人間だからって、そんなことまでできるわけねえだろ。
ははは、ヴェフェリムにもぜってームリッ! あいつらの科学力があったって、できるわけねえもんっ! ぎゃははははっ、ああ、腹いたいっ!!」
さすがにそんな外科手術はできるわけないか。だがそれでも信じがたかった。
「そんな話はともかく、俺は1人でも勝手にやらせてもらう。そしたら俺を捕まえるか?」
「ひい、ひい、いや、やるんならご勝手にどうぞ。どうせ何もできやしないんだからあはははははは……」
「まあ見てろ。そのうちギャフンと言わせる計画を見せてやるよ」
「め、名案が浮かんだら教えてくれ、別に止めはしないから。いひひひひひっ!」
そうやって笑い転げる奴を尻目に、俺は部屋を出て行った。