~ウィグ 01~
アシハラサクヤ。なんて不思議な人なんだろう。
ぼくはこの人に会って、いままで出会った人たちとはなんか違うって思った。“よくしゃべる割に表情があんまし動かない”っていうのもあるけれど。
なんていうか、妙に引き込まれるのだ。なんだか腑に落ちないっていうか、なんだかこの街とは場違いな感じがするのだ。
まあぼくや呂師父もこの街の中で浮いてるほうだと思うんだけど、この人の場合はダントツで奇妙なオーラを感じる。
うさんくさい、って感情に似ている。なのにそんなに怖い感じがしない。
なんだが自分でも不思議なんだけど、なんとなくこの人を信用できてしまうのだ。
たしかに人当たりはいいけど、それ以上になんかこの人のかもし出す「安心感」に、なんだか無性に自分を預けたくなる、そんな気分にかられてしまう。うさんくさいっていうのとなんか矛盾してるけど。
街を案内してるあいだとりとめのないことばっか話してたけど、ぼくはすごく楽しかった。
サクヤさん、もといサクヤもなんだか楽しそうだった。なんかお互い気があるのかもしれない。でも出会ったばっかで口説くのもおかしいからとりあえずガマンガマン。
そう思ったけど、話が世俗粛清計画(この言葉を聞いたとたんにサクヤはいやな顔したけど、ぼくもこのヒビキは大っキライだ)におよんだとき、ホントはこんな話をしたくなかった。
この話を初めて聞く人は、たいていものすごく怒るからだ。ぼくだってそうだった。
でもサクヤは、この話を聞く権利が……じゃなくて義務がある。そんでもって早く事実を知ってほしい。だからぼくはためらわなかった。
ぼくは落ち着いて話を切り出した。
「ぼくらメイジは、いろんな手段を使って地上の人たちを監視してる。地上の人たちが決してバカなマネをしないように。特に核戦争なんかゼッタイにイヤだからね!
でも地上は、あまりにも人が増えすぎた。ぼくたちメイジはあんまり数を増やせないから、みんなを監視するにももう限界が来てる。
じゃあどうすればいい? ぼくらは一生懸命考えた。そこで、ある人がとんでもないことを言い出した」
サクヤは目を見開いて、ツバを飲み込んでいる。次の言葉を言うのはイヤだったけど、ぼくもその気持ちを飲み込んだ。
「……つまり、“あんまりに地上にフーリッシュが増えすぎたのが原因だから、その数を減らしてしまおう”と考えたんだよ。
ぼくらには天候をうまく操る技術がある。それを使って地上を攻撃したら、だれもぼくらのせいだとは思わない。それで人間の数を減らして、残った人たちを直接支配するか、それとも隠れて見守っていくか。それは後になってから決めようってことになった。
実はこの計画はずっと前から決まっていて、いまでは強硬派って連中が慎重派を圧倒してる」
そこでサクヤはよりにもよってぼくが一番聞かれたくない質問を返してきた。
「……もちろん、あんたはこの計画に反対なんだよな」
ぼくは言い返せなかった。この人にウソはつけない。サクヤの目の色が変わった。
「まさか、賛成だって言うんじゃないよな!?」
ぼくはつい、言葉を荒げて返してしまった。
「ぼくだって最初は大反対だったんだ!
でもダメなんだよ! どうしてもやらなきゃいけない理由があるんだよ!」
サクヤは当然、納得のいかないという顔をしていた。
「……なんでだよ?」
「『氷河期』ってわかるでしょ? 今の時代は氷河期と氷河期の間で、後数十年もしたらまた氷河期がやってくるんだよ……」
「聞いたことはある。いまある『間氷期』はそう遠くないうちに終わりを告げて、また再び氷河期がやってくるらしいな。
だがそれがどうした。お前らの力で、何とかならんのか?」
その言葉を聞くと、ぼくはひどく気が落ち込んでついうつむいてしまった。
「ダメみたい、あんまり自然を無理やり操ると、絶対よくないことが起こるし」
僕はサクヤのおびえる瞳を見つめて、思い切り言い放った。
「地上の人たちに警告したとしても、氷河期はある時期から急速に進むから、なにをしても絶対に間に合わないんだっ! するとどうなると思う!?」
サクヤは重く口を開いた。
「……“地上で争いが起き、多くの人々が犠牲になる”」
「……だから最近は夜の時間帯を狙って、大規模に人工的な氷河期を起こす計画になってる。
せめてみんなが、何も知らないうちに……」
「だがそれでもあんたは、その計画に納得していない。そうだな?」
ぼくは心底おどろいた。なんてカンのいい人なんだろう。
「よく……わかったね。
そう、ぼくの両親はせめて、たくさんの人たちに知ってもらおうと“わざと情報を流そうとした”んだ。この話を信じる人たちには、生き残る権利があると信じて」
「だが実行にはいたらなかった」
「そう、ぼくたちの計画は失敗した。そしてぼくの、ぼくの両親は……」
急に言葉に詰まったぼくを見て、サクヤはその意味がすぐにわかったみたいだ。
「まさか、この街の北東にあるのは……」
「そう、この街の監獄。『デモンズゲイト(鬼門)』って名前がついてる」
「……そうだったのか」
気がつくとぼくの眼は涙であふれていた。あのときの出来事を思い出すといまでもつらい。胸が張り裂けそうになる。それでもぼくは気合いを込めて行った。
「でもぼく自身は、まだあきらめてない。何とかしてこの事実を知ってもらいたいと思ってる。
実際に、ぼくの正体を知ってる友達には、この事実をありのまま伝えてる。あまり多くの人たちには口外できないけど、せめて大切な人たちだけでも助けたい!」
すべて話し終えて、サクヤはぐったりと疲れたみたいだ。うつむいたまま動かない。
そう思っていたら、この人はいきなりとんでもないことを言い出し始めた。
「……してやる」
「えっ? いまなんて……」
ぼくは聞き返した。よく聞こえなかったんじゃなくて、その意味がわからなかったからだ。
「その計画、“俺が阻止してやる”っっ!」
そう言って真っすぐぼくを見上げた。ぼくはあわてて彼を引きとめた。
「ちょっ! なにを言い出すんだよ! そんなことできるわけがないでしょ!?
それに万が一できたとしても、地上の人たちはどうするんだよ! 彼らが苦しみながら死んで行くのを、黙って見ているとでもいうの!?」
「そんなことなんてないっ! 何とかなるかもしれないだろっ!?」
それから彼は急に冷静になり、石のテーブルにもたれてこんなことを言い出した。
「それにウィグ。あんたとはなんでも話が合うと思うけど、こればっかりは意見が噛みあいそうにないね。
残念だけど、俺はこの世に生まれてきた以上、人間はたとえどんな苦痛を受けたとしても、“最後まであきらめずに生涯を貫く義務がある”と思ってる」
それから、サクヤは目をそらした。
「おそらく、そのことだけはあんたとは価値を共にすることができないってことも、わかってるつもりだ」
そういうとサクヤはいきなり立ち上がり、どこかへと歩き出した。
ぼくはなぜサクヤに不思議な感覚をもった理由がわかった気がした。
この人はものの根底から、ぼくらと考え方がちがう!
どんなに苦しくてもだって!? だって本当の本当につらい目にあった時くらい、ぼくらは死に甘えてたっていいんじゃないの!?
そんなことを考えていると、突然サクヤは戻ってきた。
「わりい。さっきはあんなこと言っちまったけど、あんたとはそれ以外はなんでも気が合うと思う。よかったら連絡先を交換しないか」
ぼくは急変したサクヤの態度にあ然とした。だけど内心そんなに引いてないのに気づいて、あわてて笑顔を作った。
この人は変わってるけど、めちゃめちゃいい人だ。
それを見てサクヤも不敵に笑った。まるでタチの悪いイタズラを思いついたみたいに。