~03~
外に出ると、残りのヤクザが全員集合していた。
銃口を向けてくるのはたった2人、これなら何とかなりそうだ。
スキンヘッドがうずめの体を掴んだまま叫ぶ。その手には何も持っていない。
銃の腕に自信がないのだろうか。よけい都合がよくなった。
「記憶を失のうたそうやな。悪いがワイにはどうでもええことや」
俺は眼だけをきょろきょろと動かして質問に答える。
「俺が何をやったか知ってたほうがやりがいあるだろ。
念のため言ってみてくれ、何か思い出せるかもしれん」
俺が佐久弥とかいう人間と入れ替わってるってことは本来ありえないことなんだが……
だいたい、俺は人様の悪行にまでいちいち興味を持つ性格だっただろうか。
「ワイはおまんにメンツをつぶされてもうてから、ずっと復讐の機会をまっとったんや!
せやけどおまんがフーテンだったせいで今まで足取りがつかめへんかった!」
そしてうずめの体をぐっと前に押し出し、宣言する。
「しかし神様っちゅうのはいるところにはいるもんやな、わざわざワイのもとにおまんを連れて来なはった!」
そしてスキンヘッドは銃を持っている奴に向けてあごを突き出した。
これは撃つ寸前だなと直感し、俺は手に隠し持った小石を両手に分け、ビュッと左右に投げつけた。
2つの小石は銃を向ける男たちに向かって真っすぐ飛び、見事それぞれに額に命中した。
そうしているうちに4人の男たちが飛びかかってきた。
俺はそのうちの1人に小石を投げ付ける。またしても顔面ヒットでどんもり打って倒れた。
俺は残った小石を人差し指と中指のあいだにはさむ。
そして振りかぶってくる角材をかわし、小石を1人のみぞおちに打ち込む。
それを次々と繰り返すだけで、残った3人はあっという間に伸びてしまった。
「佐久弥はんっっ!」
うずめの警告のおかげで、俺はさっと身をかわすことができた。銃弾が宙をかすめる。
「手に持ったもんを捨てんかいっ!」
俺は言うとおりにした。どうやらまんまと時間稼ぎされてしまったらしい。
スキンヘッドは俺に銃口を向けている。倒れた舎弟から拾ったようだ。
さて、どうする。俺はスキンヘッドに問いかける。
「彼女を離せ」
「ええやろ、どっちにしろチェックメイトやしな」
しゃれた表現ではあっても相変わらず笑いのセンスには欠けている。
奴はすぐさまうずめを突き倒すが、さすがに警戒してか近寄ってこない。こうなると対処が難しい。
「ずっとこの日を待ってたんや」
眼を血走らせながら、スキンヘッドが狙いを定める。
ちょうどそのとき、俺はまたしても予感を覚えた。
今俺は何も武器を持っていない。丸腰だ。
なのに、俺はこいつを攻撃できる。俺は本音を隠して呼びかけた。
「待ってくれ、うずめに一言だけ言わせてくれ!」
「佐久弥はんっ!」
うずめの反応を待って、俺はゆっくりと右手を挙げた。スキンヘッドが警戒する。
俺はそこで顔の力を抜いた。
「……うずめ。どうやら助かったらしいぞ」
そういって右手をスキンヘッドに向けた。すぐさま右手から何かがほどばしる。
スキンヘッドは「うっ」とうなって、そのまま仰向けに倒れた。
うずめが驚愕した顔で立ち上がり、すぐさま俺に近寄ってきた。
「な、なにしたんっ!?」
「なんかの忍法じゃね?」
俺は自信があるふりをして、伸びているヤクザたちを眺めた。
……これを、俺ひとりで? 全く実感が湧かない。
バカ力や忍術は百歩 譲って良しとしよう。
しかしオールバックから体力を見る見るうちに奪ったのは? スキンヘッドに当てた光は? 自分の身に何が起こったのか全く理解できず、自分の両手を眺めた。
そんなことはいい。連中は完全に伸びているとはいえ、いつ起き上るかもしれない状況だ。俺はうずめの手をとってその場を抜け出そうとした。
「……やっと見つけた。今まで一体どうやって隠れ続けてたんだ?」
ちょうどそのとき、前から声が聞こえた。俺はとっさにうずめをかばう。
「今度はなんやのっ!?」
うずめの問いかけに、廃屋の向こうから2つの人影が飛び出した。
それを見て、俺はまたしてもめまいを起こしそうになった。
2つの人の姿は、全体が“対照的な白と黒”に分かれていたのだ。
「久しぶりだな。何年振りだ? でもお前が無事でよかったぜ」
白いほうの影がうれしそうに声をかける。参った。
よく見たらこいつら全身対照的な色合いの服を着てやがる。しかも2人とも顔の下半分をマスクで隠してやがるのだ。
しかも……なぜだ。あきらかに白いほうは日本語をしゃべっていないのに、なぜその内容が手に取るように把握できる?
……『エスペラント』。世界共通語を目指して作られた人工言語だ。
まさか、習ったこともないのにそんな知識まで頭の中に入ってる。俺はいったい何者なんだ。
「あんたたち誰やの!? そんなヘンチクリンなカッコして、佐久弥はんに何する気!?」
うずめが納得いかないと言わんばかりに男たちを問いただす。
こんな状況で冷静さを失わないのは見事なものだ。対して俺はもうパニック寸前である。
すると黒い男が、うずめに突然手のひらを向けた。よく見ると、そこからオーラのようなものが発せられている。男はカタコトの日本語でつぶやく。
「お前ハ何も知らナイ。今日起こっタ出来事ハ、すべて忘れるンダ……」
物静かな口調で言われた後、うずめは地面に崩れ落ちた。俺はびっくりして叫んだ。
「何をしやがるっ!」
白い男がいぶかしげに聞き返す。
「何って、記憶を消してるんじゃねえか。
今の出来事を話したところで信じる奴はどうせ誰もいなだろうが、念のためな」
いまのを見てはっきりとした。
どうやら葦原佐久弥はただの忍者ではなく、本当に超能力まで備えているらしい。だから左手で相手の体力を奪い、右手で光を発して相手を気絶させることができるのだ。俺はもう1つ質問を投げた。
「あんたたちも、俺と同じ超能力者だな?」
「は? 何言ってんだお前」
唖然としながらも、白い男はすぐになにか思いついたように続ける。
「……それってまさか、記憶喪失か?」
俺は静かにうなずく。そして白い男は後頭部だけの髪をかきむしった。
「まいったな。アフターケアもしなくちゃなんないのかよ。
いいか、お前の名前は葦原佐久弥。おれたちのれっきとした仲間だ」
「それが『今の体の持ち主の名前』なのは、彼女から聞いている。
問題は自分が何者なのかということだ」
俺の言い方に、白い男は若干首をかしげるが、すぐにかぶりを振った。
「詳しいことは後だ」
そのあと、黒い男に向かって告げた。
「おい、ついでにヤクザのほうもたたき起して記憶消してくれ。悪いけど全員だ」
「は? 全員?」
するとさっきからずっとめんどくさそうな態度をとっている黒い男が、白い男につっかかって言う。
「目撃者以外はほっとけよ。めんどくせえ」
「おいおい、連中の記憶が残ってると、辻褄が合わなくなっぞ」
白い男が両手を広げて抗議するが、黒い男は全く悪びれない。
「葦原の『アビリティ』発動シーンの目撃の部分だけ消せばいい。そうすれば少人数で済む」
すると白い男が眉にしわを寄せた。人差し指を突きつけたしなめる。
「おい、『筍 』。ふざけた発言すんな。
そうしたら事件を起こした記憶だけが残って、何も覚えてないゲイシャにまた襲いかかるかもしれねーだろ」
それを聞いて、突然黒い男は倒れているうずめの姿に視線を落とした。
そしてとんでもないことを言い出した。
「こんな『カス』のことなんかほっとけ」
「筍、彼女に対してカスはないだろうカスは。人種差別だ」
これには白い男もケンカ腰にガンつける。それを見ても相手は動じない。
「カスはカス以外の何物でもない。
地上でアホみたいに増殖してる『ゴミ』のひとつくらい、ほっといてもいいだろうが。むしろエコ活動だ」
「……もういっぺん言ってみろ」
こうして人種差別主義者の黒と、人権 擁護主義者の白の口ゲンカが始まった。
しかし何なんだこいつらの風体は。全身黒の男も変だが、白い男も相当おかしい。
背丈は子供みたいなのに眼つきはひどく大人びている。清朝の中国人みたいな辮髪(後頭部、あるいは頭頂部以外の髪を剃り上げ残った髪を束ねる髪型)は信じがたいぐらい真っ白だ。
おまけに服はうっすら龍の刺繍がしてある真っ白なジャージ(よくみたらそでとすそにうっすら2本のラインが銀色で入ってる)、顔には医療用の人工呼吸器のようなマスクまで装着してやがる。息をするたびにマスクが白くなるのがいやらしい。
しばらくいい争いになったあと、俺は白い服の男に先導された。
広めの草場まで出たところで、白い男は指をパチンと鳴らした。
すると、広場の中心がぼやけた。かなりの広範囲だ。
見上げると、ぼやけが次第に色を帯びてくる。気がつけば、目の前にはピンク色の巨大な宝石型の物体が俺の前にドカンと現れた。俺はまたも仰天する。
「なんだこりゃあ!」
「そんなことも覚えてないのか!
こいつは『リア・ファル』。おれたちがよく移動用に使っている飛空艇さ」
そして宝石の中央部がパカッと下に開いて、そこに階段が現れた。俺はそのまま奇妙な形のUFOに乗せられた。
中に入ると、これまた全体ピンクの内装で、角ばった外見とちがった丸みを帯びたゆったりとした座席やコクピットが目に焼きついた。あとから機内に乗った白い男が尋ねる。
「さっきお前、『それが今の体の持ち主の名前』っていったよな。
ありゃどういう意味だ。記憶喪失なら、『それが俺の名前』ってなるだろ普通?」
男は眉にしわを寄せて聞いてくる。あの壮絶な口ゲンカのあとで、そんなことよく覚えてるな。
俺は冷静に答えた。
「今の俺にその男の記憶がない。
顔は確かにそいつのものかもしれないが、今俺の頭の中にいるのは別人のものだ。別人の記憶が頭の中にあるんだ」
すると突然、男は眉のしわがなくなってマスクのなかの口をポカンと開けた。
いま言ったことが全然わかっていないようだ。俺も一瞬わけがわからなくなって言った。
「なんだ? 俺の言ってることが信じられないのか?」
相手は首を軽く横に振って応える。
「言ってる意味がよくわからねえ」
「驚いたな。不思議の国の住民がそんなことを言うなんてな」
マスクの男が再び眉間にしわを寄せた。
「そりゃどういう意味だ」
俺は人差し指を上につきたてた。
「いいか。
ある日自分の体がまるで別人のようになって、そんで突然超能力が使えるようになって、そんでもって見えない船がやってきて中から宇宙人がやってきたら、『もうこの世のなか何が起こっても変じゃない』と思うのは当然のことだろ。普通の人間ならパニックになりまくりだ」
腕を組んで男が答える。
「その割にはおとなしいじゃねえかお前」
「『森がうごめき、女の腹から生まれたものにしか殺されることがない』と信じ込んで、そして死んでいった奴の話を聞いたことがあるからな」
「シェイクスピアの引用なんてよく言うぜ。まあ性格は変わってねえようだけどな」
俺は男の顔を覗き込んで言い放つ。
「悪いがしばらく声をかけないでくれ、なんだかんだ言って頭の中がまだ消化不良なんだ。
どうせついた先で尋問が待ってるんだろ? どっかで休ませてくれよ」
男はあごで後ろ側を指した。俺はそこにあった座席に座り、しばらく眼を閉じた。
一度落ち着いてみると、急に頭の中がクルクルと回転し始めた。
たしかに信じられないことの連続だった。しばらくたっても混乱は消えず、俺はつい額を手でおさえ始めた。
体が平衡感覚を失い、地面が徐々に近づいているように思えた。