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竜珠の花嫁  作者: 理子
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 今日はプラーミャ・リツカ(火を敬うお祭り)です。これから課外授業へ出かけましょう。

 ショートカットの教師が午前中最後の授業を始める前にそう告げると、生徒たちはわぁっと声を上げて喜んだ。

 睡蓮にはプラーミャ・リツカがお祭りのことだということは、今朝ダフネから聞いて知っていたが具体的にはどんなお祭りなのかわからなかった。そういえば学校へ来る途中に乗合馬車から外を見ていた時、心なしか街中が浮足立っていたような気がする。


「広場で何食べよう? 夜になったら温かい葡萄酒も楽しみ!」

「私は旅商人の持ってくる異国の珍しい商品が欲しいわ」

「吟遊詩人の物語も捨てがたいね」


 移民の生徒たちはほぼ全員お祭り初体験なので、口々にお祭りでやりたいことを話しあう。手早く荷物をまとめてみんなで乗合馬車の乗り場へと向かう。

 お祭りの市場は王都の中央広場で開かれている。図書館から中央広場まではおよそ馬車で15分ほど。わくわくしながら馬車の中からお祭りの雰囲気を味わう。

 中央広場へ着くとにぎやかな音楽とともに空腹にはたまらない香ばしい肉を焼いた香り、甘いデザートの香りなどがごちゃ混ぜになって漂ってきた。


 睡蓮はケイナと共に昼食を取りに出かけた。手早く食事を済ませてからお店を見てまわろうという話になったので、屋台で揚げた魚のサンドイッチを買って食べることにした。

 レモンによく似た酸っぱい柑橘類の切れ端をもらい、魚の上でぎゅっと絞り出す。すっきりとした香りが一瞬漂うも、すぐに消えてしまった。


「それで結局婚約者の話はどうなったの?」


 あの後のことを何も知らないケイナが興味津々といった顔でたずねてくる。


「ダフネさんたちは喜んでくれてるよ。婚約者が見つかってよかったねって。ただ…」

「ただ?」


 昨晩、言葉が通じなかったり、自分の態度の悪さで彼を怒らせてしまったことを思い出す。

 ランプの小さな灯りの下では、顔の陰影がはっきりしていて、少し怖い顔をしただけでも普段の何割か迫力が増す。


「やっぱりあの話はお断りしようと思う。ダフネさんたちには婚約破棄したことにする。ねえケイナ、あなたと同じ職場で私も働けないかな?」

「だめよ!」


 唐突にケイナが大きな声で叫んだので、睡蓮は目をぱちくりとさせた。


「あ、ご、ごめん。実はお城で働くのは身元が確かな人間しか入れないの。私は南のトゥシャン国から行儀見習いとして来ているのよ。侍女として働くのは行儀見習いの一環なの」


 近隣諸国からツェベレシカ王国へ行儀見習いに行くということは、この国での貴族と同等ランクの富裕層の娘が結婚前に行う作法の一つなのだという。そんな理由でなんの後ろ盾もない睡蓮には到底城の侍女の仕事は紹介出来ないから、おとなしくヴァレリーの婚約者の振りをしていた方が楽だと諭される。

 確かに王様の近くで得体の知れない人間を働かせるのは無謀だと睡蓮も仕方なく納得した。


「私、用事を思い出したから少し抜けるわね。先生にはうまく言っておいて」


 ケイナはサンドイッチを大きな口でサンドイッチをほおばると、荷物をまとめてさっと歩いて行ってしまった。

 彼女は自分の意見をはっきり言うし、行動もてきぱきとしている。

 少しは見習わなくちゃな、と思いつつも、睡蓮も一人で黙々と食べているのはつまらないので、慌てて残りのサンドイッチを飲み込むようにして市場に開かれているお店を覗くことにした。




 異国のアクセサリーやスカーフを置いているお店が目についた。建物の影になってひときわ寒く、お客があまり集まらない場所だった。

 市場にはまだ空いているスペースがあるのだから、もう少し人の集まるところに出店すればお客が集まるだろうにと思いながらも、珍しいアクセサリーを一つ一つ手に取って眺めていた。


「これはドゥルノの角を削ってピアスにしたもの。こちらは海の底にいるササリの甲羅を加工したペンダントよ」


 店番の女性が睡蓮が手に取ったアクセサリーを一つずつ丁寧に説明をしてくれる。女性は頭にスカーフを巻き、目の周りをきっちりと隈取していて目鼻立ちがはっきりとした美人だった。

 頬にも手の甲にも薄茶色の染料のようなもので何かの模様が描かれている。袖を動かすたびにふわりとお香のような良い香りが漂ってきた。


「あなたのお国では手の甲にそういうお洒落をするんですか?」


 店番の女性の手の甲のデザインが綿密で豪華なものだったので、睡蓮もそれをしてみたいと思ったのだ。もし出来るならやってみたいと申し出る。


「これは私の国では婚約の証なの。こちらの模様は国の神様である鳥の紋様、左右それぞれに嫁ぐ先、元々の家の家紋が描かれているのよ」


 両方の手の甲を見せてもらうと、言われてみると翼を広げた鳥をデフォルメしたような模様の下にそれぞれ違う花の模様が描かれていた。花の模様が家紋なのだろう。


「素敵な伝統ですね」

「ありがとう。あなたも竜珠をつけてるということは婚約中よね?」


 店番の女性がにっこりと笑っていう言葉に他意はないのだろうと思う。けれど睡蓮は曖昧に笑顔を作って相槌を打つしかできなかった。


「おやおや。珍しい首飾りをしているね、お嬢さん」


 杖をついて近づいてきた老婆がしわがれた声で話しかけてきた。目が開いているのか閉じているのかわからないほど深いしわがたくさん顔に刻まれている。

 店番をしている女性と同じようにスカーフを巻いている。店番の女性はテーブルの下から簡易椅子を取り出し、老婆に差し出した。


「珍しい?」

「ちょっと近くで見せてもらえないかい?」

「おばあちゃん! お客様に失礼よ」


 店番の女性が老婆をたしなめるが、睡蓮はそれくらいならとネックレスの金具を外して老婆に手渡した。

 老婆は懐から大きな虫眼鏡を取り出して、黒真珠をいろんな角度から観察していた。


「ほんに…珍しい。刻印のない竜珠は生まれてこの方、見たことがないよ」


 やがて震える手で睡蓮にペンダントを返すと、睡蓮に顔を近づけるように手招きをする。睡蓮が体をかがめると老婆はさらに顔を近づけて小さな声で囁いた。


「黒の竜珠を持つ者、天の翼を地に縫いつける者。この言葉を覚えておきなさい。それと…あまりその竜珠を人前に出しちゃいけないよ」


 老婆はそれだけ言うと、首を何度か頷いて睡蓮の腕を押して返した。

 その時の睡蓮は老婆の言葉の真意がわからないまま、その場を後にしたのだった。


 *********


「睡蓮一人? ケイナはいないの?」


 一人でお祭りを見て回っていたら、クラスメイトたちがおずおずと話しかけてきた。

 いつもケイナが横にいて話しかけづらかったと告白される。先生が二人いるみたいなんだもの、と誰かが言う。

 確かに、ケイナはちょっと怖いお姉さんみたいな感じだな、と睡蓮も苦笑する。

 一人でお祭りを見て回るより、みんなで一緒にいたほうが楽しいよと誘われ、一緒に回ることにした。


 とある天幕の前に人だかりができていたので、何をやっているのか覗いてみる。

 白塗りのメイクを施して素顔がわからない手品師が帽子の中から鳩を出す手品をやっていたり、サイコロを3つのコップのどれかに隠してお客に当てさせるゲームなどが行われていた。

 絶対にこのコップだとみんなが思っているはずの中にはお約束どおりサイコロは入っておらず、別のコップの中に入っていたりして、みんなからぶうぶう文句を言われるが、手品師はニコニコ笑っているだけだった。


「そこのお嬢さん、ちょっと前に来て手伝ってもらえませんか?」


 手品師は次の出し物の相手役に睡蓮を指名した。一番間近で種明かしをしてみたいと思っていた睡蓮は、喜んで人の隙間をぬって簡易な木箱がおいてあるだけの舞台にのぼった。


「さあみなさん! 今からこのお嬢さんに催眠術をかけまぁす! お嬢さんは今から目が見えなくなり、耳が聞こえなくなり、言葉が話せなくなります。1、2、3! はい!」


 手品師の掛け声がかかると、辺りは真の闇となり、静寂が訪れた。


 上下がわからなくなり、浮遊感に耐えられなくなってどこか掴まれるところはないかと手を伸ばす。


 ―――睡蓮?


 小さな声が聞こえたかと思うと、急速に色と音が戻ってくる。


「目は見えますか? 耳は聞こえますか? 話せますか?」


 目の前の手品師がわざとらしく心配そうな顔で睡蓮に話しかけてきた。


「周りを見てみてください? 何か違いませんか?」


 手品師に言われて観客の顔を見渡すが、何が違うのかわからない。無言のまま首を横に振る。


「あらら、わからないですか? じゃあこれをご覧ください!」


 手品師は新聞を開いて見せた。一面の大きな見出し、小さな見出しが日本語を読むように理解できる。


「あれ? 文字が読めます!」


「ご名答! でも残念かな! 催眠術は必ず解かなくてはいけないんですよ。そこのお友達と一緒に勉強頑張ってくださいね!」


 手品師がパチン、と指を鳴らすと新聞は再び読めない文字の羅列に戻ってしまった。


 舞台から降りてクラスメイトのそばに戻ってくると、みんなが催眠術ってどんな感じだった? と聞いてきた。

 睡蓮はあっという間だったからよくわからないと答えた。内心、ずっと催眠術がかかったままだったら良かったのにな、と思う。

 もし普通に文字が読めていたなら、言葉も通じてた―――?

 脳裏にヴァレリーの顔が浮かぶが、睡蓮は頭を振ってその考えを心の片隅に追いやった。

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