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竜珠の花嫁  作者: 理子
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 トゥシャンの領域に入ってしばらくすると、上空の空気も暖かいものに変わってきた。

 徐々にブルーノが下降しはじめ、振り返ってみるとすぐ後ろからオリバーと飛竜も高度を下げてついてきた。

 視線を前に戻し、そろそろ目的地が近いのかと思うと、テレビで見たことがある中近東のどこかの国のような街並みが眼下に広がっているのが見えはじめた。

 全体的に茶色ばかりの建物が並ぶ中、ひと際ひらけた敷地のある屋敷が見えてくる。

 ブルーノはそこへ降り立とうとしていた。


 その敷地の上空で二、三度旋回すると、ゆっくりと敷地内に降りていく。

 できるだけゆっくりと降りようとしていたけれど、かなりの土埃が舞って目に砂が入り、喉もむせてしまう。

 オリバーの飛竜も籠を地面に置いてから、すぐ着地した。

 飛竜が羽を閉じ、土埃が落ち着いた頃、屋敷からケイナとアビーが飛び出すようにして駆け寄ってきた。


「……レン! 無事で良かった……!」


 オリバーに手を添えられて地面に降り立つと、へなへなと腰が砕けて思わずペタリと地面に座り込んでしまったけれど、アビーは服が汚れるのも構わずにぎゅうっと力強く抱きしめて、なかなか放してくれなかった。


「……籠の中にフィンダル王子が居るんだが処遇はどうする、ケイナ」


 オリバーが苦々しい顔で籠を顎で指し示す。ケイナは途端に眉間に皺を寄せた。


「この屋敷には誰も脱走できない部屋があるから。そこに連れて行くわ」


 ケイナがそう言うのと同時に、屋敷の使用人らしき男性が数人現れて、籠の中からフィンを連れだして行く。

 フィンは両脇を男たちに抱えられながらも飄々とした涼しげな顔で睡蓮を見遣り、そのまま連れられて行った。


「ブルーノ様は竜化でお疲れでしょうから、湯の間へ。レンはお待ちになっている方がいらっしゃるからそのままこちらへ」


 テキパキと指示をしていくケイナに連れられて、睡蓮は建物の中に入っていく。

 ふと後ろを振り返ると、オリバーとアビーが二人きりで向き合っていた。


 オリバーさんとアビーが上手くいくといいなと思いながら、睡蓮はケイナの後を歩いていく。

 広くて長い廊下を歩いている間、ケイナは俯いたまま無言でいた。


「……あの、ケイナ?」


 睡蓮が無言に耐えられずに声をかけると、ケイナはとある部屋の前で立ち止まり、胡乱な目で睡蓮を見返した。


「……今回の件は、私たちの落ち度だったの。本当にごめんなさい」


 ケイナが改まって頭をさげると、睡蓮は慌ててケイナの肩に手を添える。


「ケイナのせいじゃないよ、謝らないで」

「だってそのせいで取り返しのつかないことになってしまった」


 顔をあげたケイナは今までに見たことのない、泣き出しそうな顔になっていた。


「レンがフィンダル王子を選んでしまった……! ヴァレリー様の竜珠の花嫁なのに」

「ケイナ、あのね」


 睡蓮は老婆との会話をかいつまんでケイナに知らせることにした。

 トゥシャンで竜珠が見てきた過去を見せてもらえること、それを見たら城に戻るつもりだと伝えると、少しばかりほっとした顔になる。


「……じゃあ、レンは竜珠の花嫁の資格を放棄したわけじゃないのね?」


 睡蓮はその問いには小さく笑みを浮かべて頷いた。

 ケイナはたった今この時も、自責の念に潰されそうになっている。仕方ないとはいえ、宰相の下で動いた結果、自分が守るべき対象が命の危険にさらされ、おまけに別の男に奪われようとしているという状況だったのだから。

 だから、彼女の気持ちが軽くなるのなら、このくらいの嘘はついててもいいだろう。


「ヴァレリー様に勝手が過ぎると怒られるのは承知の上だよ。でもケイナのせいじゃないから」


 ケイナはその言葉に少しほっとした顔で笑みを浮かべて背後にあった扉を指さした。


「ここはツィエッラ様のお屋敷なの。大魔術師様の魔術を施す部屋にはレンしか入れないから」


 そう言って扉をゆっくりと開いた。

 中はベッドがある何の変哲もない客間のようだった。


「……本当にここ?」


 部屋の中を覗き込んだ後、ケイナに振り返って尋ねるとこくりと真面目な顔で頷かれる。


「魔術を施す部屋があからさまにそう見えていたら泥棒に狙われてしまうでしょう? 魔術で普通に見せているだけよ」

「そういうものなんだ」

「……じゃあ、終わったらゆっくり食事でもしましょう。きっとお腹が空くだろうから」

「うん、また後でね」


 笑顔で部屋の中へ入り、扉をゆっくりと閉める。

 すると今まで単なる客間のように見えていた部屋の中が瞬時に薄暗くなる。


「え!?」


 まるで小さな天幕の中にいるように急に狭い空間に移動したかのようだった。


「驚いてないで、早くお座りよ。頭がつかえちまう」


 目の前には小さな炎を手に灯したまま座っている老婆が現れた。


「おばあさん…」

「このくらいの広さが、3人で秘密を共有するには丁度いいのさ」

「3人?」

「お嬢ちゃん、私、竜珠さね」


 老婆は皺だらけの顔で笑顔を作る。

 睡蓮がその場で体育座りをすると、老婆の手のひらにあった炎はフワフワと上昇していき、天幕全体を照らす明かりになった。


「さあ竜珠よ、出ておいで」


 老婆が声をかけると、睡蓮の左斜め前辺りにぼんやりと霧のようなものがゆらゆらと揺れながら人の形になっていくのが見えた。


「お前さんが言葉が足りないために、お嬢ちゃんに中途半端に話を内緒にするから色々こじれてしまった。そのこじれを正すために過去を覗くよ」

「……私の本体であるヴァレリーが言葉が足りないの。それは仕方ないでしょ」


 体をゆらゆらと揺らせて霧は言葉を発した。

 初めて頭の中からでなく、耳から声を聞くと不思議な感じがした。


「ふん、まあいいさ。じゃあ今からお嬢ちゃんは竜珠の力で過去を見る旅に出るよ。見聞きすることは出来るけど、過去の人物に話しかけたり、過去を変えようとすることはできないから歯がゆいこともあるだろうが、そこはじっと我慢だね」

「……はい」


 竜珠が見てきた過去をこれから見る。

 それはもしかしたら見るのが辛い出来事もあるかもしれない。

 でもきっと避けては通れないのだろう。


「睡蓮。……ほんとに大丈夫?」


 竜珠の声音が心配そうに響いてくる。

 人の頭らしきものが見えるから、その辺りに視線を向けるけれど、目がないからなんとなくその方向に向かって笑みを浮かべた。


「辛くて最後まで見ていられないという時にはこの鈴を鳴らすように。鈴の音が聞こえたらすぐにここに戻ってくるようになってるからね」


 老婆からはテーブルに置くような小さな真鍮の呼び鈴を持たせられた。

 持ち手の頭の部分が竜の頭になっている。


「大丈夫です。最後まで見届けるつもりでいますから」


 はっきりと告げると、老婆は大きく頷いた。


「それじゃ、始めるとするかね」

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