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竜珠の花嫁  作者: 理子
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「……飛竜が到着したみたいだな」


 屋敷に戻り、リビングでくつろいでいたブルーノが窓の外を見やりながら呟いた。

 睡蓮はつられて窓へ視線を向けたけれど、何も見えなかった。


「お嬢さんを確保する前に前もってここへ飛竜を寄こすよう、ローガンに伝えておいたのさ。本当はこのまま城へ戻るつもりだったが、飛竜の準備が出来次第、トゥシャンに行く。それでさっさと謎解きを終わらせちまいな。じゃないと考えがまとまらないんだろう?」

「……ありがとう、ございます……」


 ブルーノという人は本当は優しい人なのだと感謝の気持ちを抱きつつ、おずおずと頭を下げると、ブルーノが少しばかり意地悪い顔になった。


「…礼を言うのはまだ早い。飛竜に乗れる人間は限られてる。さあ、ここに誰が来てるんだろうな。ヴァレリーだったら面白いな。王子と顔合わせして修羅場だろうなあ」


 うわぁ、酷い人…と、思い切り思っていることが顔に出ていたようでブルーノが苦笑した。


「ないない。ヴァレリーは絶対来ねえよ。今頃教会の中で反省でもしてんだろ」

「教会?」

「教会の意味、お嬢さんはわかってんだろう? あいつ、また暴走したんだ。だから俺らがお嬢さんを探しに来たってわけなんだが」


 暴走って、何が起こったのかと尋ねようとした時、背後で扉が開いた。

 ニコルが大きく扉を開けると居間へ入ってきたのはオリバーだった。

 一般市民と同じ質素な服を着ているため、一見して竜騎士とは見えない。


「……ブルーノ様。ご無沙汰しております」


 居間に入ってきてすぐに膝を折りながら頭を下げる。


「堅苦しい挨拶は要らねえよ。オリバー、お前が来たのか」

「はい。飛竜を二頭連れて来ました。……その、彼女を乗せる籠を用意したので」

「……そうか。まあ、そうだよな」


 二人の会話は意味深で、睡蓮は怪訝に思ったけれど、とりあえずオリバーに向かってお辞儀をする。


「お久しぶりです、オリバーさん」

「ご無事で何よりです」


 顔には小さく笑みを浮かべてはいるけれど、前とは違う、どこかよそよそしい雰囲気を感じる。


「お嬢さん、今の飛竜たちはあんたを竜珠の花嫁と認めていないから、背に乗せて飛ばない。あくまで荷物として運ぶから乗り心地の悪さは我慢してもらう」

「……え?」


 ブルーノはそう言って近くに置いてあった新聞に手を伸ばした。


「レン殿。あなたの気持ちが揺れ動いているのはわかります。ただ、飛竜たちは人間よりも本能で動く生き物ですので、ヴァレリー殿を、その……裏切る行為をした人間を竜珠の花嫁とは認めないのです」


 オリバーが言葉を選ぶようにして言いにくそうに伝えてきた。

 途端に睡蓮の顔が真っ赤になる。

 ここにいる人たちはもちろん、ヴァレリーにも私とフィンに起こったことがわかっている。

 竜珠を通じて私の強い感情が伝わると言っていたから。


「……ブルーノさん。ヴァレリーさんの暴走って……、私が原因ですか……」


 唇がわなわなと震えながらも問いかけた。

 違う、と否定してもらいたかったけれど、ブルーノは黙ったままだった。

 睡蓮はいたたまれなくなって屋敷を飛び出した。


 **********


 小さな村は、砂漠のオアシスのような存在だった。

 村から出るとすぐに岩ばかりの荒野が広がっている。

 そして少し遠くに突然林のような大きな木々が生い茂っている場所が見えたので、そちらへと歩いていこうとした時、背後からオリバーが声をかけてきた。


「レン殿! お一人で森へ行ってはいけない! 飛竜が待機しているので危険だ」


 睡蓮が振り返って立ち止まっているとすぐにオリバーが追い付いてきた。


「……今の私じゃ、飛竜たちに敵認定されてるってことですか?」

「敵というわけじゃ…。ただ、飛竜は裏切り者には厳しい」

「裏切り者……」


 好きな人と相思相愛になれないから身を引いただけなのに、裏切り者呼ばわりされるのはキツイ。

 不意に涙が出そうになるのをこらえ、オリバーから顔をそむけた。


「レン殿。何故俺が今回ここへ飛竜を連れてきた理由をお話しましょうか」


 立ち話もなんだから、と近くの岩場に睡蓮を腰かけさせてからオリバーは話し始めた。


「俺には政略結婚の相手がいたんですが、他に竜珠の花嫁にしたい女性がいると伝えたら振られまして」

「……え」

「それと同時期にレン殿を確保せよという指示が出て、渡りに船と思って城を出てきました。飛竜を二頭連れてきたのは、建前はあなたを城に連れ帰るためと言っておきましたが、本当は俺がトゥシャンへ行くためなんです」


 睡蓮が目を見開いてオリバーを見つめていると、オリバーは少し照れたように笑った。


「トゥシャンへ行ってアビーにプロポーズするんです。王家の血筋とは違い、俺の一族は長命でもないし、竜化するわけでもない。だがやはり竜珠の花嫁となる女性には負担がかかる部分が多いのも事実だ。なので、城に戻ったらクレール殿には殴られる覚悟は出来てます」


 その前に、アビーに振られる可能性もあると付け加えながらも、すがすがしい笑みを浮かべていた。

 その笑顔を見ると同時に、睡蓮はどうして自分は単純に考えられないんだろうかと落ち込みもした。

 ただ、短期間ではあるし、内心企みもあったかもしれないけれどフィンにも心が揺らいでいるのも事実だった。

 けれどそれも自分に優しくしてくれる人なら誰でもいいのかとも自己嫌悪に陥る。

 母親から受けた愛情は確かなものだとわかるけれど、父親からの愛情を知らないで育ったからなのか、異性からの優しさに流されてしまう自分がいることは否めない。

 一刻も早くトゥシャンへ行って、本物のイリーナさんと自分の母親についての疑問を解きたい。

 何もかもクリアになってから、自分の気持ちに向き合いたいと強く思う。

 知らず知らずのうちに涙がボロボロと零れ落ちていく。

 拭うこともせずに泣いていたため、オリバーは慌てていたけれど、泣き止むまでじっと傍にいてくれたのだった。


 **********


「お嬢さん、王子が起きたみたい。会う?」


 屋敷に戻ってくると、ニコルが出迎えてくれた。後ろを振り向いているオリバーの方を仰ぎ見ると、少しだけ肩をすくめて無言のまま屋敷に入っていった。


 睡蓮の目に涙がうっすらと浮かんでいるのに気づいて、ニコルは何も言わずにそっと背中に手を添えて屋敷の中へと促した。


 そしてすぐにフィンがいる部屋に通されると、ぼんやりとした顔のフィンが座っていた。


「……フィン! 具合良くなった?」


 睡蓮がフィンの傍に駆け寄ると、フィンは睡蓮をきちんと認識していないようだった。

 無意識なのか、睡蓮から距離を取ろうと体を少しずらす素振りを見せた。


「……フィン?」

「まだ記憶が混濁してるようだ」


 先に部屋にいたブルーノの言う通り、フィンの表情は出会ったばかりの頃のように、他人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していた。


「……こういうのは一時的だから、記憶は戻ると思うがな。トゥシャンへ行くのは明日だ。仕方ないからお前も連れていく」


 ブルーノはそれだけ言って部屋を出て行った。

 後に残された睡蓮は、フィンにおずおずと話しかけてみた。


「……私たちがトゥシャンを目指してるのは覚えてる?」


 フィンは無言で頷いた。警戒した目で先を促してくる。


「熱が出て記憶が混乱してるって聞いたけど……。あの、二人で数日間野宿してる間、フィンのこといろいろ教えてもらったんだ」

「……例えば?」


 警戒は怠らないけれど、返事はしてくれる。睡蓮は今までのこと、思い出せることは全て伝えた。

 あの洞窟でのことだけは口に出せなかったけれど。


「……本当に、あんたにいろいろと話してたんだな、俺……」


 フィンは自分の頭を抱えるようにして微かに呻いた。


「お母さんのお墓参りの後、一緒に暮らそうっていうのも覚えてないよね?」


 フィンは俯いたまま、こくりと頷く。けれどすぐにまっすぐに睡蓮に向かって顔をあげた。


「あんたは?」

「え?」

「あんたはそれに対して、俺になんて返事したんだ?」


 フィンの長い前髪の隙間から見える、まっすぐな視線に睡蓮はたじろいだ。


「……返事は、トゥシャンに着いてからって保留にしてある、よ?」

「そうか」


 そう言ってフィンは顔をぷいと横にそらした。


「保留ってことは、あの化け物のことを諦める気持ちもあるってことか」


 それについては睡蓮は何も言えないでいた。

 どっちつかずの自分には、言う権利なんてない。


「あんたが諦めてくれたら、姉上は晴れて竜珠の花嫁になれるから、こちらとしては願ったりだな」

「ねえ、どうしてフィンはみんなと行動を一緒にせずに私を拉致してトゥシャンへ向かおうとしたの?」


 話の流れを変えるために、常々疑問に思っていたことを口に出してみる。


「なんだよ、突然」

「だって変だよ。みんなと一緒にトゥシャンへ行くことにすれば良かったのに」


 フィンは少しの間黙っていたけれど、やがて少し言いづらそうに口に出した。


「……俺はあの旅芸人一座の中にいたら、あんたとの距離をなくすのが難しいと考えて二人きりでトゥシャンへ向かおうと計画した」


 フィンは俯いたまま当時の心境を語りだしていく。

 自分との距離……? と睡蓮は怪訝な顔でフィンの次の言葉を待っていた。


「二人きりで旅していくうちに、あんたの気持ちが俺に傾くかなと思ったんだ」


 旅芸人の一座にいるときに、フィンからの恋愛感情は全く感じられなかった。

 そういう素振りを全く見せていなかったから、フィンの告白にはすんなりと納得できない。


「……フィンって、私のこと好きじゃなかったよね?」

「ああ。何とも思ってなかった……最初は。今も覚えてないところがあるし」


 だけど、とフィンは続ける。


「……誰かに自分の母親の話をしたのは……あんただけだ。それくらい、あんたに心を許してたってことだろ。……今は熱のせいで一時的に記憶がないけど、きっとそうだと思う」


 そう言ってフィンは不意に睡蓮の頬に手を添えてきた。


「……ほら。お互いに嫌悪感なんておきないだろ? 俺、他人に触れたり触れられたりするのがすごく苦手なんだ」


 確かにそうだった。突然触れられても、フィンだったら何も驚いたりびくついたりしない。

 こちらを見上げるようにしてはにかむような笑みを浮かべるフィンを、まっすぐ見ていられなくて俯くことしか出来なかった。

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