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竜珠の花嫁  作者: 理子
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 連れていかれたところは小さな集落だった。

 家の明かりはついているけれど、外を出歩いている人間はいない。

 ゆっくりと集落の中を進み、ブルーノはその中でもひときわ大きな家の門の前に馬を止めた。

 大きな家と言っても粗末な平屋ばかりの小さな家が点在する中、一つだけ二階建てになっている建物というだけで、王都のクレールの屋敷とは比べ物にならない。


「王子は俺の部屋に。マルコが見てやれ。お嬢さんはこっちな」



 馬から降りて、家の中へと促される。

 男の後ろをついて部屋の中へ入ると、部屋の中は気持ちが安らぎそうな柔らかい明かりがついていた。

 暖炉と壁に作り付けになっているランプの明かりが揺れている。

 その明かりではっきりと男の素顔がはっきりと見て取れた。

 背は見上げるほどに高く、すらりと伸びた手足から見て、全体的に均整がとれている。

 瞳の色は黒で、睡蓮を見つめるギラギラとした視線はそのままだったけれど、ヒゲで隠れていない目元やすっと通った鼻筋などを見ていると、ヴァレリーにも国王陛下にも似ているように見える。

 どことなくヴァレリーを連想させる男だ。睡蓮はすぐに視線をずらし、ヴァレリーのことを脳裏から追い出そうと頭を軽く振った。


「ニコル、お茶くれ」

「はーい」


 ニコルと呼ばれた女はのんびりとした口調で台所らしき方へと消えていった。

 目の前には向かい合わせにソファがあり、そこへ座らされる。


「あんまり緊張するなって。まずは自己紹介といこうか。俺はブルーノ。国王の下で働いてる」


 国王陛下のもとで働いているということは、部下ということだろうか。でも言葉だけじゃ到底信じられない。うっかり信じてしまわないよう細心の注意を払って男の言葉に耳を傾ける。


「お嬢さんはいろんな名前があるらしいが、どう呼んだらいいかな。レン、リリー、それとも睡蓮?」


 本名を言い当てられ、思わず体が強張る。


「胡散臭い男に名前なんて言いたくはないわなあ。まあいいか。で、こっちは正直に言って欲しいんだが、なんでフィンダル王子と行動を共にしてる?」


 信用できない人間に、トゥシャンに向かうため旅の一座に紛れて出国しようとしていたとは言えない。

 何より、知らないうちに旅の一座からは離れてフィンと二人きりでトゥシャンに向かうことになっていたのだから、最初から予定通りに進んではいなかった。

 そんな睡蓮の無言の葛藤を、言いたくないと受け取ったのかブルーノは少し荒めのため息をついた。

 その瞬間、男に殴られる、と睡蓮は体を小さく縮こませた。


「質問を変える。森で誰かに会わなかったか?」

「……追手が…来ていたみたい…です」

「何人だった?」


 そう尋ねられ、目の前で絶命した男以外に何人いたんだろうと考える。フィンは何も話さなかったし、睡蓮もわざわざ話を掘り起こすこともないと、黙っていた。


「ふーん。お嬢さんがどうして王子と一緒にいるのかわかったような気がするなあ」

「……どういうことですか?」


 少し馬鹿にされているような口調に、睡蓮は知らず知らずのうちに声のトーンが低くなっていた。


「いいか? 別の角度から物事を考えてみろ。森で会った人間は、王子からお前さんを助け出そうとしていた人間だったとは考えられないか?」

「え……?」


 フィンはセドラーク宰相の追手だと言っていた。もしそれが嘘で、この男の言うことが正しかったとしたら…?

 目の前で殺された男は、本当は自分を助けに来てくれた人間だったかもしれない?


「本当にお嬢さんを狙ってる追手もいたようだから、何とも言えないがね。宰相とイリーナが表面上は手を組んでいたように見えたけど、水面下ではどう思っていたのやら」


 ブルーノという男は推測だけで人の感情を揺さぶるのが好みのようだった。

 睡蓮は男からの軽口には答えずにずっと俯いたまま唇をかみしめていた。


「ごめんね、ボスが手荒くてさ」


 お茶を淹れたニコルが戻ってきて優しく声をかけてきた。


「そうだ、ついでに首の傷の手当てもしてやれよ」

「ついでって。女の子に傷つけちゃって、あとで陛下にどやされるよ?」

「うーん。ローガンよりもヴァレリーに殴られるかもしれないなあ。あいつ、怪力だからな。本気出されたら俺、死ねるかも」

「殺しても死なないくせに何弱気になってんですか」


 目の前のブルーノという男は国王陛下やヴァレリーのことを気安く呼んでいる。

 顔立ちも似ていると言えば似てる気がするので、もしかすると血縁者なのかもしれない、とふと思う。


「…あなた方は、本当に国王陛下の部下なんですか?」


 睡蓮が不躾に尋ねるとニコルはそうだと頷いた。


「ついでに。ボスは時代が許せば国王陛下だった人だよ」

「……え?」

「昔は竜の血が強く出た王族は臣籍降下させられたのさ。歳を取らない化け物が王様だなんて国民は恐怖でしかないだろう。でも今のローガンの治世では竜の血が濃く出たヴァレリーに王位を譲る予定でいるらしいけどな」


 ニコルはお茶をテーブルに置くと、部屋を出ていった。

 果たしてこの人の実年齢はいくつなんだろう。外見は髭でよくわからないがそんなに歳を取っているようには見えない。国王陛下を呼び捨てにするぐらいだから、実年齢はそれ以上なんだろう。


「だから、俺は元王族なんで竜珠の花嫁が決めたことは極力尊重するが、そうでない場合は遠慮しないからそのつもりで」


 言葉の行間に色々な要素をこめながら、とんでもないことをさらりと言う人だと思った。

 本来なら、王族の婚約者候補を他国の王子が寝取ったとしたら戦争になってもおかしくないんだろう。下手をすると、戦争が起こるよりも前にフィンの命が危なくなる可能性だってある。

 これは尋問の前に言うべきことは言っておかなければ、と睡蓮は慌てて口を開いた。


「フィンは最初、私を暗殺する予定だったって言いましたっ」

「……ほぉ」


 ブルーノが興味を持ったような目つきになり、無言のまま先を促すように顎をしゃくった。


「……でも、途中で気が変わって、わ、私のこと…す、好きだって」

「甘いなあ。それも嘘の演技だとは疑わないのか」

「私は、私のことだけを好きだっていう人と結婚したいんです」


 付き合うかどうかの話を飛ばして、結婚という単語まで出してフィンの身の潔白を証明しようとしていたけれど、いざ言葉に出してみたら、ずっと胸の中でモヤモヤしていたものが形になっていくような気がした。


「……王子のことがそんなに大事か」


 ブルーノの真っすぐな視線に、思わず俯いてしまった。

 次に自分が発する言葉は、ブルーノに何かの決断をさせてしまいそうだったからだ。


「命までは奪ったりはしない。あんなのが城の中をうろちょろしていたら危なっかしくて仕方ないからお仕置きくらいはするけどな」


 嘘だ。この人は絶対にフィンの息の根を止めるつもりだ。

 睡蓮はブルーノのことを信用していなかった。

 表面上は軽い口調ではあるけれど本質には冷淡さを兼ね備えている人間だと思っている。


「……大事です」


 顔をあげてきっぱりと言い切ると、ブルーノは参ったな、と一つため息をついた。


「お嬢さんが誘拐されたと言われたから、助けに来たつもりだったんだがなあ。お嬢さんが王子を選んだんなら仕方ない。ローガンにはそう言っておく」


 人の首の皮を切っておいて何を言うんだと憤るが、国王陛下のことを呼び捨てにできるほど位の高い人だということを思い出し、平常心になろうと深呼吸する。


「本当は王子の尋問なんかそんな大したことしないのさ。要はあんたの気持ち次第の話だからさ」


 その時、ニコルが薬草と包帯の布を持って入ってきた。

 首筋にかすかにハーブの香りが漂うのを感じながら、ふと思いついた疑問を口に出す。


「……元王族なら、あなたにも竜珠の花嫁が?」


 睡蓮の質問に、ブルーノの視線が一瞬きつくなる。

 地雷を踏んでしまったのかと内心慌てるが、彼はすぐに視線をそらしてしまった。


「……ああ、いたよ。昔な。俺が殺したけど」


 ぼそりと物騒なことを言って、ブルーノはお茶をぐいっと飲み干した。


「ちょっとボス。もうちょっと言い方ってもんがあるでしょ? 怖がらせてどうするの」

「うるせえ。俺の恥ずかしい過去話なんざ、詳しく話してられっか」


 彼はそう言って立ち上がり、足早に部屋を出て行ってしまった。


「あの人、言葉の選び方が独特でね、あんまり言葉通りに受け止めなくていいから。ボスの竜珠の花嫁は私の祖母だったんだ。でもね、ボスが祖母を見つけた時には既に他の男と結婚していて、二人は添い遂げることはなかったの。その後、疫病が流行ってね、長く苦しむぐらいなら安楽死を選ぶ人が多い時代だったんだ。それでボスが幇助したってだけ。ボスって見た目は怖いけど義理堅い男でさ、それから私を含む祖母の血筋を引く人間を見守ってくれてるんだよね」

「そう…だったんですか…」

「だからあんたもさ、ヴァレリー様の竜珠の花嫁なんだろうけど、王子を選んだんだから他の人のことなんて気にしないでいいんだよ。それに普通に恋愛してたって振った相手の将来のことまで考えてられないよ」


 ニコルのフォローの気持ちは嬉しかったけれど、どこか睡蓮の気持ちを抉るようなものに聞こえていた。普通の人なら振られたって再び他の人へ目を向けられるだろう。でも、竜の血を引く人が想う相手は生涯ただ一人だと言っていた。一生でたった一人の人間を早い段階で失くしたら、その後の人生は恋愛がすべてというわけではないけど、味気なくて色褪せたものに見えないだろうか。

 そんなことを思いながらも、表面上は笑みを浮かべて頷いておいた。

 フィルを助けるために、ヴァレリーを切ると決断したことは正しかったのかどうか、睡蓮にはわからなかった。

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