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竜珠の花嫁  作者: 理子
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 手を引かれながら、さっきよりはゆったりとしたペースで森の中を進んでいく。

 お互いに自分のことをぽつりぽつりと話しだしていく。


 フィンの母親も異世界からやってきたのだと言った。

 だから、睡蓮の言うことをとりあえずは納得した様子を見せた。


「俺の母親は、外見がトゥシャン人に似ていたから特に不自由はなかったらしい」


 トゥシャンで保護されていたところを、フィンの父親に見初められ側室になったけれど、正室の逆鱗に触れてフィンが小さな頃に毒殺されてしまったんだそうだ。

 貴族の後ろ盾もない、どこの馬の骨ともわからない女の子供と言うことで、フィンの地位も王室内では低く、正室の娘で姉でもあるタレイアからはいつも見下されていた。

 フィンが母親と共に殺されなかったのは、側室の子供でも唯一の男の跡継ぎであったから。

 加えて正室には次の子供を設けることができなかったこと、更に別の側室を取ることに反対していたせいでもあった。

 

「…でもだったらなんでお姉さんの命令をちゃんと聞こうとするの?」


 可愛がられていたならともかく、虐げられていたのだったら離れてしまえばいいのに、と睡蓮は疑問に思った。


「なんなんだろうな。俺もよくわからないんだけど…。きっと姉上に認められたい、好かれたいっていう気持ちがあるんだろうな…。半分は血がつながってるわけだし」

「そういうものなの?」

「時々、母親を殺した女の娘だと思って殺意も沸いたりするんだけど、でもそれ以上に笑顔や愛情をこちらに向けてくれたら…という気持ちの方がわずかに強い」


 フィンの姉に対する気持ちは複雑に入り組んでいるんだろうと察した。

 幼い頃に十分な愛情を得られなかった代償なのかもしれない。


「その…フィンのお父さん…王様や王妃様は今はどうしてるの?」


 睡蓮がおずおずと質問をすると、少しだけ寂しそうな顔をして言った。


「イシュト帝国の王族は単なるお飾りみたいなもんで、実権は帝国軍が握ってた。けど、10年前にクーデターが起こってその時に身内に処刑されたよ」


 ヴァレリーがイシュト帝国を滅ぼしたのと同じ頃、フィンの国では大変なことが起こっていたのだと知る。

 なんていえばいいのかわからず、困っているとフィンが握っている手を少し強く振って口調を明るく変えた。


「クーデターが起こっても、黒竜に滅ぼされちゃ話になんないけどな。俺の話は湿っぽくなるからまた今度。レンの元の世界の話も聞いてみたい。トゥシャンには母上の遺品が残ってるから後で見せるよ。レンと同じ世界のものだったら嬉しい」


 フィンの派手な外見を見れば、絶対に母親はアジア系ではないと予測できる。トゥシャン人に似ているとしたら中近東あたりのエキゾチックな顔立ちの美人なのでは…と思う。


「母上は毒殺されたけど、遺体は川に流された。異世界からの人間はこの世界に埋葬することなく、元の世界に魂を返すという意味で川に流すんだ。母上は元の世界に戻って生きているかもしれないって思えるように」

「…じゃあ私も死んだら川に流してくれるの?」


 元の世界に戻れない場合、難しいかもしれないけど国王陛下に見つからずに寿命を全うできたら…と思う。

 本当に永遠に近いような長い寿命を与えられたらおそらくきっと、精神が持たない。

 そうなる前に、魂だけでも帰りたい。

 でも。帰っても私を待っている人なんていない。

 本当に私は帰りたいの?


「レンが本当に帰りたいならそうする。でも希望としては一緒の墓に入りたいなあ」

「何それ。おじいさんみたいなこと言わないでよ」

「いや、本気だから」


 フィンの笑顔は胸が痛くなる。どこか罪悪感を思わせるような。

 睡蓮はヴァレリーの面影を脳裏から振り払うように頭を左右に振った。


「レンの住む国はツェベレシカみたいなとこなのか? 外見はツェベレシカ人の特徴を持ってるよな。背も俺とあまり変わらないぐらいに高いし、その髪や瞳の色は一般人には多い」


 フィンの指摘に睡蓮はふと、自分はもしかしたらこちらの世界の人間なのではないかと思い至った。

 母親の刺繍には大陸共通語で睡蓮と書かれていたし、イシュト王家の子守歌を知っていたというのも何故だろうと思う。

 日本人に見えない外見の母親と自分。どうして日本で暮らしていたのか。そして父親はどこの国の人間だったのか。


「……そうだね。私もいろいろわからないことが多いんだ」


 トゥシャンは魔術に精通している国だと聞く。

 ケイナの師匠に会って異世界から来た住人のことを聞けたら、自分の母親に関する何かしらの情報を得られるかもしれない。

 早くトゥシャンに着いて、いろいろと調べられるといいのにと強く思う。

 けれど徒歩で森を抜けるのはまだまだ当分先で、歯がゆく感じるのだった。


 *********


 フィンは洞窟で夜を共に明かした時以来、夜は毛布にくるまって一緒に眠ってはいるけれど、睡蓮に性的に触れようとはしてこなかった。

 あの時は特別に感情が高ぶっていたというのもあるけれど、今のところはまだはっきりフィンと付き合おうという気持ちにはなっていない。

 だから、フィンの紳士的な対応にだいぶ救われていた。

 返事は待ってくれていると言っていたから、トゥシャンに着くまでには気持ちの整理をして今後どうするかを決めようと思っている。

 本当は、考えて決めるものではないと心の中では思っているのだけれど、あえてそれは見ないふりをする。

 どうしたって今の睡蓮には、ヴァレリーのことが頭から離れない。

 何かあきらめなくてはいけない決定打のようなものがなくては、彼から背を向けて一人で歩いていける自信もない。


「あと少しで谷に出る。死と再生の谷ってところだ。聞いたことはあるか?」


 フィンが小休止中に地図を取り出して、現在地と目的地を指し示す。

 二人で歩いてきた森は改めてみるととても広大で、地図上では谷はあと少しに見えるけれど一日歩いてつくだろうかと言うぐらいの距離だった。


「前に行ったことがある。イリーナさんが失踪した場所だって聞いた」


 フィンは少し目を瞠ったが、それには何も答えずに言う。


「…その谷の湖に流れ着く川に、異世界人の遺体を流すんだよね」


 え、と睡蓮は思わず顔をあげた。


「その谷の湖の底に沈むと、異世界に戻れるって話。俺の母上もここまでたどり着いたかわからないけど、結局、底なしの湖の底に沈むなら、異世界に戻るっていうのも眉唾ものかもしれないな」

「…そうなんだ」


 国王陛下はどういう条件下で異世界に戻れるかまでは知らない様子だった。

 でも、そこが異世界との連絡口というなら、湖の底に何かがあるのかもしれない。


「…ねえ、フィン。その谷から湖に入れる?」

「浅瀬ならね。言っとくけど本当に底なしっていうぐらいに深いから、溺れたら助からないよ」


 フィンは睡蓮の指先を掴んで口元に運んだ。指先を軽く噛まれる。

 上目遣いの瞳は心配と怒りが入り混じった色が見える。


「そんなんじゃないって。どんな風に元の世界に戻れるのかなって近くから見たいだけ」

「本当?」


 子供っぽい表情で、さらに顔を近づけてきた。犬に懐かれているような気分になる。


「ほんとほんと。フィンは心配性だね」

「そりゃ心配するよ。目の前でいなくなったらさぁ」


 フィンはゆっくりと近づいてきて、睡蓮をそっと抱きしめた。

 耳元に息を吹きかけるようにしてそっと囁く。


「…ねぇ。俺とのこと考えてくれてる?」


 突然耳に息を吹きかけられて、睡蓮はぞくりと体が震えるのを感じた。


「俺、ほんとはあんまり気が長い方じゃないんだよねぇ…」

「え、ちょ…、何…」


 しどろもどろになりながら、抱きしめてくるフィンを自分から離して顔を見ると、少し傷ついたような表情で見つめられていた。


「…俺のこと、見込みないならばっさり切ってくんないかな。生殺し状態は正直キツイ」

「フィン…」


 返事は待つと言ってくれたけれど、二人きりで何日も過ごしているのだ。どこかしら期待を持ってしまいそうになるだろう。

 睡蓮からは特に甘えたり好意があるようには振舞っていなかったからか、フィンも不安になってしまったようだった。


「…トゥシャンに着いたら! 絶対に返事するから! それまでこのままっ…って調子良すぎでごめんね、でも」

「わかった。絶対ね」


 凄みを増した美形の笑みを至近距離で見た睡蓮は、思わずその美しさに腰が砕けそうになった。

 ……私なんて、今まで特にモテた意識なんてないのに。

 どうしてこんなキレイな男の人にここまで思われるようになったんだろう…。


 少しだけ上機嫌になったフィンを横目に、睡蓮は心臓がバクバクするのを落ち着かせるのに必死だった。

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