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竜珠の花嫁  作者: 理子
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 竜騎士団の執務室の机につっぷするような形でクレールはうめき声をあげた。


「ヴァルよ…。お前はいったい俺に何の恨みが…?」

「…すまん」


 ヴァレリーはソファに座って苦笑めいた顔で口先だけにしか聞こえない謝罪の言葉を口にする。


「俺に何度始末書を書かせれば済むんだよ…。今回はまだ訓練中の飛竜を勝手に長距離飛ばしてよ。使い物にならなくなったらどうするって、オリバーがめちゃくちゃ怒ってるぞ」

「…ほんと、言い訳も出来ない。悪かったって」


 じゃあ始末書の下書きして…と半ば本気で書類をヴァレリーに押し付けると、クレールは大きく溜息をついた。


「…屋敷にレン連れてったんだろ? 今朝、うちから迎えの馬車が出てったから。叔母上に会わせたのか」

「…ああ。何の話をしたのかはわからないが…。少なくとも、本当の竜珠の花嫁じゃないとああなる、ということだけはわかっただろう」

「で? レンは怖気づいて辞退したか?」

「答えは聞いてない」

「かーっ! お前は!!」


 クレールはそこまで言って、また前回のようにヴァレリーを刺激しすぎて竜化が始まったらまた始末書もので洒落にならない…と思い直し、一つ咳払いをして話の方向を変えることにした。


「先日、バレージ隊長が登城したんだ」


 バレージという名前を聞いて、ヴァレリーの顔が強張る。イリーナの婚約者だった男で、当時はお互いにあまり近づかないようにしていた。竜騎士団団長であり、隣国の姫を無事に祖国へ帰す作戦の隊長でもあり、人並みには尊敬はしていたが、別の感情が心の中の多くを占めていたのだ。


「何のために…?」

「決まってるだろ? イリーナの件だ。隊長はイリーナは死んだって言ってたけど、実際、お前から見て彼女、どう思うよ?」

「いや…決定打がなくて…今のところは何とも」


 そう言って俯くヴァレリーに、クレールは首の後ろに手をやりながらはぁ、と大きく息をついた。


「竜の血って竜珠の花嫁を見つけたら、もっと何が何でもっていう感じで猪突猛進じゃねーのかよ…」

「…それを言われると困る…」

「まぁ、いいや。隊長曰く、イリーナは妊娠してたんだと。もっと早くわかってたらタレイア姫の侍女の話を受けさせなかったのにって悔やんでた」

「…妊娠…。そうか…妊娠…」


 ぶつぶつと呟きながら一人の世界に入り込んだヴァレリーに、クレールは少し言うのをためらう素振りを見せたが、意を決して口を開いた。


「なあ、ヴァル。俺思うんだけどさ、レンはツェベレシカに居たら自由が効かないだろ? 昨日みたいに陛下が彼女に何をしでかすかわからねえし。国家機密を知りすぎてる人間をそう簡単に野放しにはできないじゃないか。離宮に迎え入れるにしたってお前がまだ即位するには時間はある。彼女に今後の身の振り方を考える時間をやるつもりでトゥシャンに連れ出したらどうかと思うんだが。後見人はケイナの家に頼んだ。もちろん監視も兼ねてな。宰相が何か言ってくる前に行動に移した方がいいと思うぞ」

「トゥシャンに?」

「ああ、行儀見習いって形で出国させれば表面上は文句ないだろ。ちなみにアビーも一緒に行儀見習いに出す。側室候補の護衛騎士としてはあいつは役に立つし、それに」


 それまでスラスラと話していたクレールが突然言いよどむ。ヴァレリーは怪訝な顔をして首をかしげた。


「それに…なんだ?」

「まあ…その…なんていうか…。オリバーがいよいよ結婚相手を選ぶらしくてな。当分落ち着くまでアビーを遠くにやっておきたい」

「ああ…、オリバーも伴侶を見つけたのか。でもなんでアビーが出てくるんだ?」


 ヴァレリーが羨ましそうな顔でそう呟くと、クレールは苦虫を噛み潰したような顔になった。


「お前、とことん周りの人間関係に疎いな」

「…ほっとけ」

「これはこっちの問題だから気にすんな。とにかく1週間時間をやる。レンをトゥシャンに連れていく案はよく考えておけよ?」

「…わかった」


 **********


 ヴァレリーは竜の巣へ出向き、疲れ切って眠りこけている飛竜の前でそっとしゃがみこんだ。


「…無理させてごめんな」


 首のあたりをぽんぽんと優しく叩き、持ってきた木の実の一部を飼い桶の中に入れて立ち上がった瞬間、背後に人の気配を感じる。

 振り返ると作業服姿のオリバーが腕を組み、不愉快な顔を隠さずに出迎えた。


「…以前も勝手に飛竜を連れ出すなと申し上げたはずだが?」

「今回の件に関しては申し訳ない。お詫びと言ってはなんだが飛竜の好きな木の実を持ってきた」


 オリバーは渋々といった様子で木の実の入った袋を受け取る。

 竜の巣にいる他の飛竜たちはヴァレリーが来たことと、木の実の匂いを嗅ぎつけ、そわそわしながら首を長くして待っている。


「そういえば、結婚するんだってな。さっきクレールから聞いた」


 世間話のつもりでヴァレリーがその話題に触れると、オリバーの目が更に厳しいものに変わる。


「口が軽いな、そちらの団長は」

「祝い事なんだからそんなに突っかからなくてもいいだろう。竜珠の花嫁が見つかったんだったら良いことじゃないか」


 ヴァレリーがそう言うと、オリバーはふい、と顔をそらし、返事もせずに飛竜たちに木の実をあげだした。


「…そっちこそどうなんだ? 二人も竜珠の花嫁候補が居るなんて前代未聞だ」

「お前から見たらそうだろう。ただ、少し複雑で厄介なことになってて見極めているところだ」


 オリバーは煮え切らない態度のヴァレリーに内心呆れながらも彼の方へと向き直った。


「ヴァレリー殿。今のあなたは自分のことばかり優先させているように見える。相手のことをもう少し思いやったらどうだ?」

「手厳しいな、オリバーは。クレールにも似たようなこと言われたばかりだ」


 ヴァレリーは何故普段そんなに親しくもしていないオリバーにここまで話をしているんだろうかと、怪訝に思いつつも話すのを止められないでいた。

 既に自分一人ではどうしたらいいのかわからなくなっていて、さらに竜の血を引き継いでいる男が目の前に居て竜珠の花嫁を見つけているとなれば、何かヒントのようなものが得られればいいとすら考えている。


「お前の竜珠の花嫁は幸せだな」


 自嘲気味にヴァレリーが呟くと、オリバーは寂しげに笑った。


「そうでもないさ。俺はヴァレリー殿の方が羨ましいよ。王族っていうだけで相手がどんな身分であれ結婚を許されるんだ。俺みたいな王族ではないのに竜の血を引く人間は、身分を超える結婚は出来ない。俺は竜珠の花嫁とは違う女性を娶るんだ。家の存続のためにな」


 オリバーの告白に、ヴァレリーは息をのんだ。

 オリバーの先祖は王家とは別の竜の血を先祖代々受け継いできた一族だった。風を読み、飛竜と意思の疎通を取って共存し、自由を好み、政治には口を出さずに山岳地帯の自治区で暮らしてきた。

 けれど、王家の竜の血が薄まってきたことを危惧した王家の周囲が、近年、少しでも竜の国を強固するため貴族の位を与え、王家を守るための飛竜の騎士団まで作り上げたのだ。

 オリバーに同情の気持ちが芽生えるが、咄嗟にうまい言葉が出てこずに結局当たり障りのない言葉しか出てこなかった。


「…軽率な言葉を発してしまって悪かった…」

「いや、お互い様さ」


 何でもないといった風のオリバーにヴァレリーは小さく頷き、竜の巣を後にした。

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