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竜珠の花嫁  作者: 理子
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 いざミレーヌと二人きりになると、何から話せばいいのかわからず口ごもっていると、ミレーヌが溜息をついて静かに口を開いた。


「言いづらいのも無理ないわね。将来、私のようになるかどうか知りたいのでしょう?」


 言いたいことはそういうことではなかったけれど、ミレーヌの外見に少なからずショックを受けていた睡蓮はこくりと頷いた。


「そもそもの発端は、王家の竜の血筋が段々と薄くなっていったことが原因なの」


 ミレーヌは視線を外し、ゆっくりと語り出した。


「ローガンには竜化もしなければ、竜の本能で花嫁を選ぶ能力も起こらなかった。けれど跡継ぎが必要な彼には公爵家子女の私が選ばれた」


 ミレーヌが目を閉じ、言葉を選んでいる様子が見てとれる。ヴァレリーの両親は相思相愛の夫婦ではなく貴族同士の政略結婚だったのだ。


「そして結婚して三年経ったある日、私は既に主の亡くなったリブターク家に嫁ぐことになったの。朽ち果てるしかない貴族の戸籍に私を追いやり、世間から隔離したのには訳があったのよ」


 睡蓮は視線をずらすことなく、じっとミレーヌを見つめていた。


「当時、私は妊娠していた。妊娠しているその時から尋常ではない老化の兆候があった。まさか国王陛下の竜珠の花嫁が、そんなことになると国民に知れたら大変なことになる。ここでひっそりと内輪のみだけで生活し、ヴァレリーが産まれた。そしてあの子が一歳を迎える頃には私の顔は中年に差し掛かっていたわ。これでわかったでしょう? 私は長命という竜珠の恩恵を受けられずにヴァレリーに生命力を吸い取られていったのよ」


 ミレーヌはそこまで一気に話すと疲れたのか目をつむってため息をついた。


「寵愛を受けられない竜珠の花嫁にはなるものじゃないわ…。でもあなたは違う。私だって一時、竜の子を身に宿していたからわかるのよ。私にはあなたがれっきとした竜珠の花嫁だとわかる。…でもね。長く生きて友人知人全てを見送る側になる覚悟はおあり? 断るのなら本気で拒否しなさい。ヴァレリーの寵愛を受け入れなければ竜珠の気配は消えてなくなるだろうから」



 **************


 ベッドが大きく揺れ、睡蓮はまぶたを開いた。部屋の中はまだ暗い。

 ヴァレリーがこちらに背を向けゆっくりとベッドから起き出す。足音を立てずにカウンターテーブルに近づくと、水差しからコップに水を注いでいた。

 ぐい、と一気に飲み干すと、ヴァレリーはため息をついて睡蓮の方に向き直った。カーテンからは柔らかい月明かりが差し込んでいて、ヴァレリーの表情は見えなかったけれど、睡蓮が目を覚ましているのはヴァレリーには見えていたようだった。


「悪い、起こしたか?」


 睡蓮の視線に気づくと、ゆっくりとベッドに近づいてベッドのふちに座る。


「ううん、考え事をしてたから大丈夫」

「…そうか」


 そういうと、しばらく二人とも無言になった。

 ヴァレリーが何か話したいような雰囲気だったので、睡蓮もそのまま言葉を待った。


「…母上の様子はどうだった?」

「…お元気そうだったよ」

「そうか」


 寂しそうな表情なのか、薄暗くてよくわからない。


「ヴァル…?」

「…いや、なんでもない」


 ヴァレリーはそう言ってベッドの中に入ってきた。自然な動作で睡蓮の方へ手を伸ばし、自分の方へ抱え込んだ。

 緊張して身じろぎせずに身を任せていると、すぐにすうすうと寝息が聞こえてきた。

 微かに身をよじってヴァレリーの無防備な寝顔を見つめているうちに、涙が出てきた。


 ヴァレリーはおそらく、私が覚悟を決めずに城を去る方がいいと思っているんだろう。だから今日、ここへ連れてきたんだ。

 私はただの代理。竜珠の気配がなければ何の魅力もない。

 本当なら。

 私がこの世界で生まれ育った人間なら、ヴァレリーは一生知り合うこともない雲の上の存在の人なのだ。

 鼻を少しすすると、ヴァレリーが身じろぎをして再びしっかりと抱きなおされる。


「泣いてるのか」


 ヴァレリーの確信めいた問いに無言のまま返事をしないでいると、彼は溜息をついて話し出した。


「…今、こんなことを言うタイミングじゃないかもしれないが」


 かすれた声でヴァレリーが頭の上から囁いた。


「俺は睡蓮にずっと傍にいて欲しいと思ってる、けど」

「…?」

「睡蓮が離宮に入ったら、俺は薬を止める」


 …薬?

 睡蓮が怪訝な顔をして顔をヴァレリーの方へ向けると、目を細めて睡蓮を見つめていたヴァレリーの視線とかち合った。

 ヴァレリーの指が睡蓮の目じりのあたりをそっと撫でる。


「跡継ぎの問題があるから貴族の独身男は不用意に子供が出来ないように薬を飲んでる」


 後から知らないところで生まれた跡継ぎ候補が出てきたら困るものだしね…と、納得しながらヴァレリーの次の言葉を待った。


「離宮に入ったら、俺の…子供を産むことになるから」


 どくん、と心臓が跳ねる音が聞こえたような気がした。

 ヴァレリーは私に選ばせようとしているのだ。一緒にいるのか、それとも去るのかを。

 本当に、なんて残酷で…ずるい人。

 睡蓮は失望めいた気持ちのなか、こくりと頷いただけだった。


「夜中にこんな話をするものじゃないな。…もう寝よう」


 今度こそ、ヴァレリーは眠りについたようだった。

 睡蓮は疲れていたけれどなかなか寝付けなくて、明け方にようやく眠りについたのだった。

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