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竜珠の花嫁  作者: 理子
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 飛竜から降り立ったヴァレリーの顔は、怒りを堪えているように見えた。

 そんな彼からすぐさま視線をそらして両手でドレスを強く掴んだ。

 掴んだ手が震える。

 何もこんなに怯えなくても。

 そうだ。

 いちいち彼に許可を取って外出しなきゃいけないこともないんだし、と心の中で必死に言い訳をしてみる。


「睡蓮」


 すぐ近くまでやってくると、気持ちを落ち着けようとしているのかヴァレリーの呼吸が少し荒い。

 けれど睡蓮は何と言っていいのかわからず、うつむいて黙っているしかなかった。頭上でヴァレリーが小さく唸った。


「勝手な行動をしてくれるな、頼むから」


 怒りを押し殺して絞り出しているような声だった。睡蓮はますます顔を上げられずにうつむいたまま、自分のドレスを掴む指に力を入れた。


「…勝手な行動?」


 睡蓮も恐怖を飲み込みつつ、今の自分が出せる精一杯の声で反論をした。実際には蚊の鳴くようなかすれた声だったのだけれど。


「私は逐一あなたの許可を取らなければどこへも行けない、誰とも話せないの?」


 即座にそうだとも言えない立場であるヴァレリーは、睡蓮の反論に一瞬口ごもった。だがすぐに大きく溜息をついて先ほどとは打って変わった弱々しい口調になる。


「…すまない。これは単なる八つ当たりだ。あいつが勝手にここに連れてきたのは分かってる。でもノコノコ竜の巣に付いていく君も君だ」

「ノコノコだなんて。竜の巣に行ったのは確かに浅はかな考えだったかもしれないけど。あっという間に飛竜に乗せられて連れてこられた挙句、ヴァルにこんな風に言われる筋合いはないよ」


 一気に言いたいことを伝えると、何を言い返されるか怖くなり、俯いて彼の言葉を待った。

 けれどしばらく無言のままだったので恐る恐る顔を上げてみると、ヴァレリーは片手で目のあたりを覆っていた。

 その手が微かに震え、手の甲に黒い鱗が現れ始めている。

 睡蓮が声をかけようとすると、ヴァレリーはそのままくるりと背を向けて飛竜の方へと歩き出した。


「まだ、ここに居て平然としていられる自信がないんだ。早く乗ってくれないか」


 そうだ。ここはヴァレリーが滅ぼした国だ。そしてイリーナさんが失踪したと言われる場所でもある。

 いまだに復興がきちんとされていない野ざらしになった荒野を見て、この人が何にも思わない訳がない。

 睡蓮がヴァレリーの背中を見つめながらそんなことに思いを馳せていると、飛竜が羽を広げて途端に暴れだした。

 ヴァレリーの竜化が進んで怯えているのだろう。ヴァレリーがなんとか宥めようとするが一向に収まらない。

 睡蓮は一瞬頭を左右に振り、ヴァレリーの方へ足早に近づいた。


「怒ってばかりだと誰もついてこないよ。ほら、飛竜も怯えてる」


 そう言って、ヴァレリーの手の甲の鱗にそっと手を寄せた。

 飛竜が後ずさりして、今にも自分だけで飛び立とうとしていたが、睡蓮が近づいてきたおかげで少しは落ち着いて羽を閉じたけれど、まだ警戒を解いていない様子だった。


「…また、俺は酷い顔になってるだろうからこっちを見ないでくれ」


 頑なにこちらの方を見ないようにしているヴァレリーを横目に、睡蓮は突然しゃがみ込んでお腹を押さえて叫び始めた。


「いたーい! 痛い痛いっ!」

「どうした⁉︎」


 ヴァレリーが慌てて屈み込む気配がするや否や、睡蓮はパッと顔を上げてヴァレリーの両頬を押さえた。

 教会で見た、竜化の進んだ顔。

 目元には黒いエラのような模様が浮かび上がり、顔のいたるところには鱗が現れており、耳まで裂けた口には大きな牙が生えている。


「ばか! 今更そんな気を使うことない! ヴァレリーはどんな姿だってヴァレリーなんだから!」


 ヴァレリーは目を見開いて睡蓮を身動きしないまま見つめていた。


「陛下のされるがままについて来ちゃったのはごめんなさい。私も私で自分が竜珠の花嫁だって主張したかったから、今回、こんなことになっちゃったんだけど、ええと、ヴァルの隣に居られるようにするにはどうしたらいいか、私も色々考えて行動していたつもりなの!」


 そこまで一気に言ってしまうと途端に恥ずかしくなって、真顔でこちらをじっと見つめているヴァレリーから離れようと手を引っ込めようとした。が、急に視界が真っ暗になって息苦しくなった。


「うわっぷ!」


 息苦しくて、ヴァレリーの胸の中で抱きしめられているのに気づくのに少し時間がかかった。


「俺は出来損ないなんだ。本当ならたった一人の女性しか目に入らないはずなのに、同時に二人の女性を手に入れようとしている」


 睡蓮が身じろぎをしてゆっくりとヴァレリーの顔を見上げた。

 ヴァレリーの表情に乏しい竜化した顔でも、寂しげな瞳で彼もまた沢山の葛藤があるのが見て取れる。


「竜珠の花嫁になるには、相当の覚悟がいる。国の正妃っていうだけじゃないんだ」

「知ってるよ。ヴァルと一緒に長い人生を送ることになるんでしょう」


 ヴァレリーは黙って睡蓮を見下ろしていた。


「違うの…?」


 不安げに問うと、ヴァレリーは睡蓮を抱きかかえたまま立ち上がった。


「会って欲しい人がいるんだ」


 そう言うと、睡蓮を抱きかかえたまま飛竜に飛び乗り、空に舞い上がった。

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