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竜珠の花嫁  作者: 理子
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 扉を開けると、穏やかな光が礼拝堂の中に差し込んでいるのが見えた。

 窓の側にはその場に似つかわしくないベッドが置いてあり、近づいてみるときちんとベッドメイクされていた。

 ここにはもうヴァレリーはいないのに。


「いつこの場所に来ることになっても良いように、毎日侍女がやってきてシーツを変えてるらしい」


 睡蓮の疑問に答えるようにヴァレリーが背後から近づいてきた。

 睡蓮は後ろを振り返らないまま、ベッドを見つめていた。

 圧倒される気配の中に、何か重苦しいものが混ざっているような気がする。


「ひ、久しぶりだね。忙しいのに会うことを承諾してくれてありがとう」

「いや、構わないよ。今は騎士団の稽古をつけたり、国政について宰相と一緒に勉強するくらいであまりやることがないんだ」


 重苦しい気配とは裏腹に、ヴァレリーの声は低く落ち着いているように聞こえる。

 何かアンバランスで落ち着かない。


「そうなんだ。国政ってことはいよいよ王様になる準備を始めたってこと?」

「そうだな。いろいろと段取りがあるからすぐにはならないけどな」

「大変なんだね」


 睡蓮がそう答えると、ヴァレリーは返事を返さず無言になった。何か話さないと…と焦って話題を探そうとしていると、コツ、と頭を軽く叩かれた。

 反射的に後ろを振り向くと、ヴァレリーが無表情のまま睡蓮を見下ろしていた。銀色の瞳が無機質なもののように見える。


「そんなこと、わざわざ聞きに来たわけじゃないだろう?」

「うん…」


 ヴァレリーは腕を組み、首を少しかしげてくるが、睡蓮は何ていって切り出せばよいのかわからなかった。しばらく何かを言おうとする睡蓮をじっと待っていてくれたが、やがてヴァレリーの方から口を開いた。


「…この間は悪かった。こんなに簡単に謝ってすむ問題じゃないが、ここに二人きりでいて怖くないのか?」


 睡蓮は無言で首を横に振った。


「ううん。怖くないと言ったら嘘。まだちょっと男の人が怖い。でもヴァルは何かが変わったような気がする」

「俺が変わった?」


 ヴァレリーは少し目を見開き、驚いたような表情を浮かべた。いつもは大人びた無表情な顔ばかりなのに、こうしたふとした時に見せる子供のような表情を見たとき、睡蓮は胸がしめつけられるような思いを感じる。

 ヴァレリーのこんなあどけない顔を見るのは自分だけであってほしい。みんなが知らないヴァレリーの表情は私だけのものにしたい。

 そんな思いを心の底に秘めながら、睡蓮はさっき感じたヴァレリーの気配のことを口にした。


「ヴァルの気配はものすごく威圧感があってちょっとでも気を抜くと倒れそうなぐらい。この前までは何ともなかったのに」

「…ああ、それか。おそらく竜化が進んでるんだろうな」


 ヴァレリーの口から竜化という言葉を聞き、どきりとする。十年前から外見が変わらないイリーナと、竜化が進みはじめたヴァレリー。

 二人が通常の人の時間から外れ、共に長い時を過ごすことを想像するのはきついことだった。


「最近、よくあるんだ。しばらくすると収まるが」

「それは竜珠を持ってるから?」

「…今は持ってない」


 じゃあ誰が持ってるの? とは聞けなかった。それは言外にイリーナに渡したということだ。

 イリーナが竜珠を持っていれば、ヴァレリーの竜の気が収まるということなんだろう。


「あのね」


 それでも睡蓮は意を決して告白をすることにした。


「わたしね」


 ヴァレリーの銀色の瞳をしっかりと見据える。


「ヴァルが好き。この世で一番大好き」


 なんて子供っぽい告白だろうと思っても、自分の心の中にある言葉はこれしか出てこなかった。

 男の人に告白するなんて、人生で初めてだった。

 いつも誰かしらに告白されて、ほだされるような形で付き合ってきたけど、告白する側はこんなに緊張するものだということを今初めて知った。


「……え」


 睡蓮が告白した後、ヴァレリーは呆けた顔になり、今聞いた言葉が信じられないという表情になっていた。


「このタイミングで言うのもどうかと思ったけど。でも私の気持ちを知っておいてほしかったの」

「え…あの…睡蓮…、元の自分の世界に戻るっていう話は…?」

「戻らない。ずっとこの世界にいる。ヴァルのいるこの世界にずっといるから」


 自分の顔が赤くなっているのがわかる。でも言ってしまった後は言う前よりもそんなに心臓がドキドキしていない。


「今はまだ返事は聞かな……わっ!?」


 話している最中に突然ヴァレリーが近づいてきたかと思うと、息ができないほど強く、ヴァレリーの胸の中で抱きしめられていた。


「ヴァ、ヴァル!?」


 ヴァレリーの顔は自分の右肩のあたりにあって顔が見えない。

 こんな風に自分よりもずっと背の高い男性に抱きすくめられる経験がなかったため、睡蓮は慌てふためいてしまった。


「…睡蓮」

「う、うん?」

「睡蓮」

「…うん」

「…睡蓮…」


 背中に回された手が、微かに震えていることに気づく。睡蓮がおずおずとヴァレリーの広い背中に手を伸ばすと、ヴァレリーがびくっと体を強張らせた。

 背中をそっとさすりながらしばらくそのままでいると、やがてヴァレリーが少し体をずらすようにして離れる。


「…やっぱり、睡蓮に触れていると竜の気が落ち着くな…」


 優しい声でそう呟いた。名残惜しい気持ちでヴァレリーの顔を見上げようとすると、おでこにそっと口づけられる。

 至近距離にヴァレリーの顔があって、あまりにも近すぎてどんな表情をしているかよく見えない。

 まぶたに、頬にキスをされ、やがて両頬をヴァレリーの大きな手で包まれたかと思うとそっと唇に口づけられた。

 そっと触れるだけのキスを何度か繰り返し、そして次第に優しくも力強くなっていく深いキスを受け止めた。

 今までに体験したことがないほどの上手なキスに、腰が砕けそうになるとヴァレリーがしっかりと腰を抑えて囁いた。


「ちょうどここにベッドがあるけど?」


 ぎょっとした睡蓮が背後にあるベッドを振り返り、慌ててヴァレリーの方へ向き直るとニヤニヤと子供っぽく笑みを浮かべて睡蓮の反応を楽しんでいるようだった。


「…ばか!」

「冗談だよ。そこまで盛りのついたけだものじゃない」


 それでも、睡蓮の足ががくがくと震えていたため、ヴァレリーにベッドへと促される。

 ヴァレリーも睡蓮の隣に座り、睡蓮の頭を軽く押さえ、自分の方へと傾けた。

 二人とも無言のまま、礼拝堂の窓からから見える中庭をしばらくの間、ずっと見つめていた。


「はっきり返事が出来なくて…すまない」

「…ううん。私が言いたかっただけだから、いいよ」


 自分から好きな人の愛人になろうとするだなんて、ちょっと前までの自分だったら信じられなかった。

 どんなに好きな人であろうと、既に決まった人がいる人のことなんて、恋愛対象になんかならないと思ってた。

 でも、ヴァレリーに出会ってからそんな考えは吹き飛んでしまった。

 どうしたってなにしたって諦めきれない人がいることに、気づいてしまった。

 ヴァレリーが自分に向ける優しい目を、イリーナにも向けているのかと思うと心が張り裂けそうになる。

 でも、今こうやって自分の横にいてくれるだけで充分だという気持ちにもなる。

 こんな風に優しく接してもらえると、このままヴァレリーの傍に居続けたら、もしかしたら万が一にも自分に振り向いてくれるかもしれないとも一縷の望みも持ってしまう。

 本当に気持ちがないというのなら、気持ちをもて遊ばれるだけで用が済んだら無情に切り捨てられるだけだ。

 それくらいに竜の血は想い人への気持ちが強いんだろう。

 一生涯、その想い人にしか気持ちが向かないというのだから。


 でもその、何分の一でもいい。

 自分にその想いを向けてくれたらいい。


 睡蓮の本心は、本当は泣きたくなるくらいに辛かったけれど、先ほどまでの重苦しい気配がいつの間にか霧散されているのに気が付いて、ほっと安心してもいた。

 ヴァレリーを取り巻く妙な重苦しい気配が少しでも減ってくれたらいい。

 それはおそらくこれから国王となり、重責を負わなくてはいけないプレッシャーも含まれているのかもしれない。

 ちょっとでも、ヴァレリーのこれからの長い人生が、生きやすくなるための手伝いが出来ればいい。


 睡蓮はそんなことを考えつつ、ヴァレリーと一緒に礼拝堂の窓からきれいに手入れをされている中庭を見つめていたのだった。

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