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竜珠の花嫁  作者: 理子
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2

 ヴァレリー・リブタークは城内へ入った途端に馬から飛び降り、そのままの姿で王のいる執務室へと足早に向かった。

 衛兵が数人がかりで静止するのも聞かずに重厚なドアを勢いよく開け、部屋の中へとずかずかと足を踏み入れた。


「―――王!」


 肩を上下させながら息を整えつつ唸るように声を絞り出す。窓辺に立ち、外を眺めていた初老の男は微笑みながらゆっくりと振り返った。


「ヴァル。せめて湯あみしてから来なさい。部屋が汚れるだろう。それより今回の討伐は案外手こずったみたいでご苦労だったな」


 のんびりとした口調にヴァレリーは怒りを抑えきれず執務机まで歩み寄り、ドン、と机を強く叩いた。


「今はそんなことはどうでもいい! なぜすぐに私に知らせなかったんです!?」


 執務用の机をはさんで二人の男は視線をぶつけ合った。

 しばらく双方とも口を開かなかったけれど、やがて王がふ、と目を伏せた。


「はて。何の話かな」


 何も知らないといった顔で、そっけなく答えながら椅子に腰かける。


「はぐらかすな! イリーナの竜珠を持っている人間がいたというのに!」


 ヴァレリーの悲痛な叫びに、王は眉を動かした。


「イリーナの竜珠? …おかしいな。あれはとうの昔に返上されて盗難届は出されていないはずだが」

「…っ!」


 ヴァレリーは王にそう言い返されて口ごもる。激昂するあまり、つい口を滑らせてしまった。


「そういえば今朝、王都の役所に刻印のない“黒の竜珠”の持ち主を調べたいと言ってきた人間がいるという報告を受けたばかりだ」


 王は机に肘をつき、顔の前で指を組んだ。そして心の底まで探るような目つきになる。

 ヴァレリーはというと、先ほどまでの勢いがなくなり、気まずくなったのか目を横にそらした。


「なぜ、黒の竜珠がすでに存在していて、誰の手に渡ってしまっているのか、こちらが聞きたいぐらいなのだが」


 王はあえて言葉を区切りながら質問を投げかけるが、ヴァレリーは目をそらしたまま答えない。

 王は答えを待つまでもなく、机の上に置いてあった書類に手を伸ばした。


「竜珠を作ったのは…いつだ?」


 確信した口ぶりで王が問うと、ヴァレリーは重々しく口を開いた。


「…10年前。先の大戦の時にイリーナへ…」


「イリーナにはフェルディナンドという婚約者がいただろう。それでもか?」


 小さな消え入りそうな声でヴァレリーが言葉にならない何かを呟くと、王は書類をヴァレリーの方へ投げてよこした。


「お前がイリーナのことを想っていたのは知っていた。だが、淡い気持ちだけなのだと気にも留めていなかったが、竜珠を作ってしまったのなら話は別だ」


「覚悟はとうの昔に出来ています。イリーナへ竜珠を差し出した時から」


 ようやく視線を王の方へ向けて、ヴァレリーがきっぱりと答えた。


「…何が覚悟だ、馬鹿者。そんなものは覚悟じゃない。無謀なだけだ」


 辛辣な返しを受け、ヴァレリーは唇をかみしめながら俯いた。


「黒の竜珠はお前が思っているよりも数段、扱いが難しい代物だ。それを今、得体の知れない人間が持っているわけだからな。よもや10年前の大戦時の惨事を忘れたわけではあるまいな」

「…一日たりとも、忘れたことはありません」

「ふん、いい心がけだな。黒の竜珠の件はこちらで対処する予定だが、気が向いたらその書類に書いてある住所へ行ってみるといい」


 ヴァレリーは受け取った書類に目を落とし、来たときとは打って変わり、ゆっくりと頷くと一礼をして部屋を出て行った。

 一人残された王は再び、窓の方へと顔を向けた。


「…今の話聞いていたか? セドラーク宰相」


 ほどなくして続き部屋のドアが開き、奥から出てきたのはまだ年若い宰相だった。


「申し訳ありません、陛下。隣室まで声が響いてきましたもので」

「ヴァルが暴走しないよう、さっきの書類の人物及び関係者に見張りをつけておいてくれ。その中に怪しい者が居ればその者の報告も頼む」


「御意」


 セドラークは早速手配の準備に取り掛かるため、部屋を出て行った。


 王は再び窓の外へと目をやり、厳しい表情のまま庭を見下ろしていた。




 ヴァレリーは城内の居室へ戻り、湯あみを終えると渡された書類に目を通した。

 アルマンド・オーサー。職業はコックと書かれていた。全く接点のない男がなぜ問い合わせをしてきたのだろう。

 大通りで見つけたあの女の知り合いなのかもしれない。だが、イリーナの竜珠を持っているにも関わらず持ち主を役所で探そうとするだなんて、考えが浅すぎる。


 怒りのせいで忘れていた疲れがどっと押し寄せてきたような気がした。ベッドに横になり、目をつむる。

 呼吸を深くして、心臓の鼓動を落ち着かせていくと、どこからか緩やかな竜珠の気配を感じ取れた。

 優しい声で子守唄を歌うような。

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