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会場に入ると、まばゆい光に一瞬目がくらむ。
自分もモンターク家の侍女たちに一生懸命化粧やドレスアップに時間をかけてもらったおかげで、ここにいる女性たちがそれぞれ競い合うかのように精一杯着飾って来ているのがわかる。
貴族は見目麗しい者同士で婚姻を結ぶ風習もあるようで、必然的に美男美女が多い。
そして格別に外見の整ったヴァレリーの横にいるせいか、遠慮のない視線が突き刺さってくるように感じて居心地が悪かった。
「本日は我が騎士団の祝宴へお越しいただき誠にありがとうございます」
すぐさまクレールとオリバーが睡蓮の前にやって来て、オリバーが挨拶の言葉をかけてくる。
慌てて睡蓮もドレスの裾を掴み、礼をする。
膝をついて手を差し出されなくて良かったと安堵する。
こういう場では、位の高い人間から挨拶をするのが慣わしになっている。
遠巻きにしている人間は、クレールたちの挨拶が済むまで睡蓮に声をかけられない。
「堅苦しい挨拶はこれくらいにして。ヴァレリー殿。エスコートありがとう」
オリバーが笑みを浮かべ、すっと睡蓮の手をとった。睡蓮は不意に触れられてびくりと体を震わせた。
「オリバー。彼女に不用意に触れると…」
ヴァレリーがほとんど誰にも気づかれないようなくらいに睡蓮の小さな怯えたような態度に気づき、オリバーに注意を促そうと声をかけるがクレールに諫められる。
「ヴァル。今日のリリーのエスコートはオリバーの役目だ」
「だが…」
「団長命令だ」
団長命令と言われては大勢のいる中で反論できない。それでなくとも騎士団長から一介の騎士へと降格させられたのだ。
クレールと話している間に、睡蓮はオリバーと歩いて行ってしまった。
「こういう言い方するしかなくてすまない。それとヴァル。お前に伝えてないことがある」
クレールが一段と声を低くしてヴァレリーにだけ聞こえるように耳打ちする。
「お前が辺境警備に行ってる間にイリーナらしき人物が見つかった。今日のゲストにリストアップされてる。まもなくこの会場に現れるだろう」
ヴァレリーはイリーナと聞き、目を見開いた。
だがイリーナが竜珠を持っていないからか、今どこにいるのか気配が読めない。
睡蓮が持っていた時は、王都に入る前から気配を感じられたというのに。
それに本当に彼女なら聞きたいことが沢山あった。
「…不思議なことに十年前とほとんど容姿が変わってなかった」
「彼女に会ったのか?」
「まあな。本人確認できるのが俺ぐらいしかいなかったしな。外見は変わってなかったけど、10年経つと中身は変わるんだろうな。俺の知ってるイリーナとは少し違ってた」
「…そうか」
「会場に現れたら、お前自身が確かめろ」
ヴァレリーは黙って頷いた。彼の表情からは今どう思っているのかは読み取ることが出来なかったが、竜珠の本当の持ち主と今の持ち主が同じ会場に出くわすように仕向けた王に対しては、少しばかり恨めしく思ったのだった。
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「すまない。今日のエスコートを変わってもらうよう、クレール殿にお願いしたんだ」
シャンパンを片手にテラスまで出てくると、オリバーがそう切り出した。
「ヴァレリー殿の竜珠を受け取ったと聞いている。初めて会った日、飛竜たちが落ち着かずに厩舎の方を見ていたのも合点がいったよ」
「…そうですか」
合点がいった理由がわからないが、睡蓮は曖昧に相槌を打っておいた。下手に話を広げると墓穴を掘りかねないと思ったからだ。
「あまり負の感情を溜めこまないように。ヴァレリー殿は貴女の感情に引きずられてしまう。十年前の悲劇が再び起こらないよう、彼には誠実な態度で接して欲しい」
以前、クレールにも同じようなことを言われた記憶がある。
誠実にと言われてもお金で雇われている以上、その役割を果たすのは当然だと思っていたが、よほど信用がないんだろうと落胆してしまう。
「そんなに私は信用がないように見られているんでしょうか?」
お酒の力も借りて、オリバーに思い切って切り返してみた。オリバーは反論してくるとは思ってもいなかったようで、少し意外だという顔をして睡蓮を見下ろしていた。
「…いや。失礼な言い方をしてこちらこそすまなかった。俺は飛竜使いの血筋の者で、竜には少しばかり詳しいんだ。竜珠はヴァレリー殿の心の一部だというのはご存じだろうか?」
睡蓮はこくりと頷いた。オリバーはその返事に頷き、先を続けた。
「十年前、隣国のイシュト帝国が滅ぼされたのは、ヴァレリー殿の竜珠の行方がわからなくなったのが原因だと言われている。竜珠を手放したばかりの心身共に不安定な時期に、自分の一生を捧げた竜珠の花嫁が消えたんだ。理性の箍が外れ、黒竜となったヴァレリー殿は狂ったようにイシュト帝国を破壊しまくったそうだよ」
オリバーの言葉に、睡蓮は何も答えることが出来なかった。
実際に見たわけではないけれど、ヴァレリーが咆哮するたびに天から雷が地に落ち、森が焼け野原になっていく様が目に浮かぶようだった。
「竜の血を引く者は、一生に一度、本当の伴侶を見つけたらその人以外愛せなくなるものなんだ。それをどうか覚えていてほしい」
オリバーの言葉は睡蓮にエールを送ったつもりなのだろうが、容赦なく睡蓮の心をえぐった。
いくら睡蓮が恋い焦がれようとも、ヴァレリーが本当に気持ちに応えてくれることはないと言われたようなものだ。
「…わかりました。心にしかと留めておきます」
震える声になってしまったけれど、なんとか返事をすることが出来た。
「オリバー様も竜の血を引く方なのですか?」
負の感情を溜めないように、と言われたばかりなのだ。話をそらすために質問で返すことにした。
「ああ、ヴァレリー殿ほどではないが、飛竜の気持ちを汲み取れるくらいには竜の血は濃いよ」
「本当の伴侶という方は見つかりました?」
睡蓮からそんな質問が来るとは思ってもみなかったのだろう。オリバーは目をそらした。
「貴女は謙虚そうに見えるが、結構切り込んでくるんだな。…見つかったけれど、まだ告白はしていない」
「オリバー様ほどのお方なら、どなたでも首を縦に振りそうなものなのに」
「俺のことを兄としか見てくれていないのだ、彼女は」
「…それは辛いですね」
アビゲイルは家柄が釣り合わないと、最初からオリバーを諦めているし、オリバーはオリバーで本当の伴侶を見つけてはいるが、気持ちを伝えられていないようだった。
「ところで。貴女は初対面の時と名前が異なるようだが、何か理由でも?」
厩舎で出会った時にアビゲイルが計画を知らず、つい本名を伝えてしまったため、早めに訂正しておかなくてはいけないと思っていたのだった。
「厩舎で名乗った名前は、私の母国での幼名なのです。ツェベレシカ風に発音するとリリーとなるため、デビュタントではリリーと名乗ることにしました」
オリバーの探るような視線が痛い…と思いつつ、睡蓮は笑顔を顔に張り付けながら続けた。
「それに、ヴァレリー様には私の本当の名前を既にお伝えしております。特に問題はありません」
これ以上詮索してくれるな、とシャンパンを口に含んだ。
「口当たりが良いからと言って、あまり口にしているとダンスの時に目を回してしまう」
ぎゅっと掴んでいたはずのシャンパングラスをするりとウェイターに戻され、オリバーが手を差し伸べる。
「?」
「…おしゃべりはこれくらいにして、ダンスを一曲どうだろう?」
睡蓮は会場の方をちらりと一瞥し、微かに笑みを浮かべて頷いた。
「今度、王城の竜の巣へ招待したい。飛竜たちが貴女に会いたがってるんだ」
「素敵! 私も飛竜に会ってみたいと思っていたんです」
たわいもない話をしながらダンスフロアの方へオリバーに誘導されて歩いていくと。
視線の先にヴァレリーと赤金髪の若い女性が二人で話をしている姿が映った。
思わず立ち止まり、二人を凝視してしまう。
オリバーが何か声をかけてくるが、睡蓮の耳には雑音にしか聞こえなかった。
ヴァレリーに向かって笑顔で話しかけている女性の顔は、自分の母親にそっくりだったからだ。
―――お母さん!?




